それが臨む
「いまもその知性無き者共は周囲に大量に居るが」
「私を襲う気はないようだな」
今も周囲に大量にひしめいている異形たちへと目を向け、飛び掛かってくる数体へ向かって手を振りかざし、塵へと帰す。
塵となった同胞が体に掛かっても、それを気にする素振りはなく、虚の目を真っ直ぐに見つめていた。
「なんだ、私に気でもあるのか」
「そうではナイ、そうでハないが……アナタヲ見ているト、荒立った本能ガ静かになってイクヨうな感覚があるのダ」
「私を見て落ち着くのか?」
「刃物を胸に抱いて心が安らぐと言っているようなものだぞ、それは」
虚は自分自身が危険な存在であることをわかっている。
寄れば壊し、触れれば壊す。壊して治して壊して治して……ようやっと虚が触れることが出来る存在が生まれるのだ。
破壊の面で見ても、誕生の面で見ても、まさに異常とも言えよう自身の存在をその目に写して、心が安らぐなどと言っているこの異形たちに興味を覚えた。
触れれば殺すだろう。体組織がそこらに転がっている知性の無い異形と全く同じであるならば、虚が触れた瞬間に崩壊し、その場に落ちる塵として生涯を終える。
虚が興味を持った存在を放っておくわけがない、野放しにしておくはずがない。
だから虚は――――――。
己が内にある衝動を理性をもって抑え、伸びかけていた腕を止める。
『何をしようとしていた……?』
『今、自分の為に殺そうとしたか?』
即座に抑えていた腕を引きちぎり、投げ捨てる。
自分を罰するつもりでとった行動も、腕が即座に生え変わってしまうことで、罰した事実自体が消え去り、行きつく先の無い黒い感情が心の内へと溜まり、沈んでいった。
腕を千切り飛ばした後、無表情よりも感情を感じられない表情になったかと思えば、即座にその黒々とした空気を霧散させるように顔を上げ、いつもの無表情へと戻る。
「失礼、乱心しただけだ」
「その腕は好きに使ってくれ」
「生命力の補充なり、食うなり、囮にするなり好きにするといい」
「コ、これヲ?」
「私の身体が生命力に溢れているというのなら、その腕にも活用方法はあるだろう?」
「思うように使うといい」
「ア、あリガとうゴザイまス!!」
「これデ、我らの種族ガ生きながらえるコトが出来ル。短命なこの命を伸ばすことクライは出来ようものダ」
腕を回収せずに再生させた為か、いつかの頭部のように体を離れた肉体はその場に残り、目の前の異形たちの資源へと変わった。
この腕を渡したことで種族全体にどのような影響を及ぼすのか、それが巡り巡って虚自身へどのような影響を与えるのか、そんなくだらないもしものことなど考えず、やりたいことをやった。
虚は、虚のままだ。
少しの違和感と胸の奥の感情を仕舞い込んで、知性の無い異形をなぎ倒しながら進んだ。
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『邪魔なこいつらは全員殺していくか』
異形たちは、若い知性を持った者が暴走し、管理局の人間を襲ったという。
そして、奴等異形が人類を襲うのは、他の知性の無い異形が知能を持つ異形達を同調させることで起きる現象によるものだった。
「だったら」
倒した傍から湧いてくるこの異形共を殺して回ればいい。
虚でなくても思いつく簡単な結論。
しかしそれを完遂させることが出来るかは別だ。
無数に現れ、駆除しなければ増える一方。通常の兵装では増やすことを塞き止めることは出来ても、それ以上に減らすことが出来ない。
それが、この終わらぬ戦争のタネ。
〈掃除屋〉が前線で戦っている間、虚は最前線のさらに前。群れの中心で破壊の嵐となって駆け回る。
「なぜ私はムキになってこいつらを殺している……」
「あの種族に、そこまで感情移入ができるような箇所はあったか?」
「無かったはずだ」
「ならばなぜ?」
異形共を殺して回りながら、虚は自分の心と体が噛み合わないことに混乱していた。
確かに知性の無い異形たちは邪魔だ。無限に湧き続ける生物らしからぬ生態を見てるからなのか、殺すことに対しての忌避感も少ない。
しかし、戦場に来た段階ではそこまで鬱陶しいと感じていたわけでもない。
群れの中に入った時もそうだ。邪魔で退屈だと感じたことは事実だが、欠片も残さず消してやろうなど考えなかった。
ならばどこが転換点か。
知性を持つ異形と出会った時だ。
あの異形達へ妙な感情を感じたときから、知性の無い異形たちが邪魔に思えて仕方なかった。
知性を持つ異形たちに腕を渡したのだっていつもの虚ならやらなかった。
渡すことまではしたかもしれないが、好きに使えとは言わない。
使い道を制限するくらいはするはずだ。対価も要求するだろう。
殺し続ける中で虚は思い至る。
自分が、あの知性を持つ種族に操られている可能性に。
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