それから孵化するモノ
この塵山からなにかが這い出るまで待っている。
虚は自分にそう誓った。
しかし現実は退屈である。
既に蠢いて自分へ憑いてくるほどに成長が進んでいるのであれば、思いのほかすぐに出てくるかもしれない。そう思ってその場で待機しようとしたところでふと思う。
『憑いてくるのなら移動しても問題はないのではないか』
そう考えた虚は少しその場を移動して背後を見る。
自分が歩いた道を自分と同じ程度の速度で憑いてくる塵山の姿を確認し、ひどく満足げな表情をした。
虚は飽き性だ。
興味を示したものには始めのうちは熱心に観察したり、情報を几帳面に纏めるなど勤勉な様子を示すが、少しでもそのことから意識が離れるのを自覚すると、急速にその物事への興味を失う。
何かを生み出せそうなことに関しては生前からの強い願いだったためなのか興味を失うことはないが、それの観察のために変化が起きるまで同じ場所で待機できるほど集中力が続くほどに熱中することは稀だ。
だからなのか、この女は移動しながら行える事が好きだ。
フィールドワークをしながらのデッサン、バードウォッチング、歩き読みなども好んでやる。
そんな虚にとって、奥地へ向かうことと孵化を見守ること、この二つが同時に行える事が嬉しいのだ。
孵化の為だけに同じ場所で同じ光景と共に待ち続けることもなく、個人的な調査の為に代わり映えの無い異形の肌を見続ける必要もなくなる。
まさに虚にとって最高の観察対象だということ。
「ここ最近は良い拾いものが多くて運がいい」
「この調子でいい喧嘩相手が見つかることを願うばかりだ」
そう言って塵山と共に群れの奥へと向かって歩き続ける。
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空に光が灯り、世界が徐々に照らされていく。
動きを止めていた異形たちは、全身に光が当たると、再起動する機械のように鈍い動きで全身を動かし、油が差されるように徐々に動きにキレが生まれ始める。
再起動からの最適化を済ませた異形たちは、正面に存在する人類が住んでいる基地へと向かう―――
―――ことはなく、背後の群れの奥へ引っ込むように移動を始めた。
本日、人類連合東部管理局は戦いが始まってから、初めて異形の侵攻を受けずに一日を終了した。
その時の異形の様子はまるで体内に菌が入った時の免疫細胞の様だったと、〈掃除屋〉の一人は語っている。
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「思いの外眩しいな」
「外套が欲しくなるくらいだ」
「このローブは真っ黒に見えて意外と透けるんだよな」
「まぁ、光除けくらいにはなるか」
強い空からの光を遮るように自分のローブを頭に被って進む虚。
昼間になった現在は塵山と大きく離れないように速度を調整しながら進んでいる。
何故かと言えば周囲に昨日以上の勢いで異形たちが殺到しているからだ。
「こいつらとは一応会話ができるという話ではなかったか」
「いまのところ意味のある言葉を聞いていないが」
「クリスが変な嘘を言うとは思えん」
「単に情報が違っていたか?」
軍本部にいたときに聞いた情報では、「人語を解し、会話が可能」との話であったため、声を掛けてみれば何かしらの反応が返ってくるだろうと対話を試みたが、実際はこの様だ。
襲ってくる異形たちの目に知性の光は見えず、濁り切った瞳で馬鹿の一つ覚えのように虚へ向かって攻撃を続けている。
大半の個体は飛び掛かってきたり、殴りつけようとするなどの物理攻撃を行おうとするが、ごく少数の個体は火を吐く、何かを腕から発射する、何かを投擲するなどという距離を取った行動をしてくる。
虚は飛び掛かってくる異形たちの攻撃から塵山を守りながら、遠距離攻撃を行ってくる異形たちの姿を観察する。
殺到してくる異形たちのせいで少々見通しが悪いが、虚がその目に捉えた異形の顔、その目には知性が宿っているように見えた。
その瞬間、遠距離攻撃をしてきていた異形たちが攻撃を止め、一目散に逃げていく。
虚が観察していたと分からなければ取らない行動。
この無数の知性の無い異形とは決定的に異なる行動パターン。
「見つけたぞ」
「アレがこいつらの特別な個体だな」
「あのタイプであれば昨日の戦場にもいただろうに」
「退屈に感じてしまって観察を怠っていたな、失敗だ」
逃げたモノたちを追う為に足に力を込めながら傍の塵山に声を掛ける。
「私はこれから移動するが、お前は憑いてこれるのか?」
「無理なのであればここに居ろ」
「父……母か?まぁいい。父との約束だ、いいな」
「まぁ、言葉が分かっていればの話だがな」
未だ孵化の様子を見せない塵山へ一言添えてから女は音を置き去りにして飛び出した。
そんな虚を追うように知性の無い異形が移動する。
異形たちは塵山へ一切興味を示さず行動していた。おかげで塵山が崩れるようなことはなく、虚が作り上げたままの姿でその場に佇む。
異形が居なくなったその場所で、その山は形を変えた。
周囲にある塵を集めるようにゆっくりと動き、そのおかげでさらに大きくなった山がぐにゃりと曲がり、固まり、塊となる。
山のような円錐状から楕円体へ。不安定なその形を支えるために土台を自身の下へ作成し、その上にごろりと転がった。
その形はまさに「卵」。
何かが産まれようとする予兆だ。
この先、星があるぞ
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