それとの対話を犠牲無しに
「ご紹介に預かっ、てないな」
「こいつらの今の主人、虚だ」
「今後ともよろしくはしなくてもいい、出ていくからな」
席に座っている軍人全員に見せつけるように大袈裟に手を動かして自分の言葉を伝える虚。
一方的に話す虚に対して一瞬固まった管理局陣営だが、すぐに表情を引き締め不遜な態度を取り続ける女を真っ直ぐ見つめる。
何を考えているかが読み取れない真っ黒な瞳、見つめることによってそれが顕著に感じられるようになった。
何かを言おうとすれば黒い目が自分をジッと見つめて動かない。その圧で自分が何を言おうとしていたのかを忘れてしまう程に異質な眼だった。
「何か言おうとしていなかったか」
「どうぞ、好きに喋るといい」
「それとも敬語の方がいいかい、おっと失礼。いいですか?」
挙句の果てには言葉に詰まった書記官を煽る始末。
とても上等な教育をされてるようには思えない。
しかしこの女には、虚には有無を言わさずに自分の意見を通せると確信できる自信がある。
これがカリスマと呼ばれる素質なのか、それともこの得体の知れぬ女がそう思わせているだけなのかの判断はつかず、終ぞ書記官から言葉は出なかった。
「いえ……私からは、なにも…ございません」
出たには出た。敗北の言葉であったが。
そんな書記官を見て管理総督が動いた。
先ほどから虚から一切目を離さずに見つめ続けていたが、目を閉じ、目頭を揉んでから声を出す。
「虚殿の要求は、クリスティーナ大将と軍の小隊〈不死隊〉の譲渡だな」
「その通り。あ、です」
「だが〈不死隊〉はクリス大将殿から譲渡の承認を頂いていましてね」
「貴方たちはそれを素通りさせるだけでいいんですよ」
「何も迷惑はかけていないでしょう?」
確かに東部管理局は迷惑を掛けられているわけではない。
〈不死隊〉はそもそも使い捨て予定の部隊であり、大将を引き抜かれたとて代役を立てればそれで解決だ。幸いにも管理局の人では豊富なため、クリスティーナほどではないにしろ大将にふさわしい代えはいる。
それは問題ない、のだが。
それを無視してでも解決しなければいけない問題がある。それが目の前の女、虚である。
何処とも知れずに現れ、〈不死隊〉を飲み込み、クリスティーナ大将という上の立場の人間を引き抜いた。
この女がどのような目的で東部管理局に近づいたのかが分からない以上、はいそうですかと出て行かせる訳にはいかないのだ。
「ふむ、確かにその要求は問題なく通せる」
「では、「しかし」……また遮られたねぇ」
「虚殿、あなた自身が問題となって許可が出せない」
「私、ねぇ」
「何が望みなんだい?体組織ならやらんぞ」
「解析された途端に利用されるのが分かっているからな」
ハナからするつもりもなかった敬語を脱ぎ捨てて話す。
自分自身が問題となっていることが分かった途端に目つきが変わった。
虚とともにいる人間たちはよく理解している。いやという程、死ぬほどに。
『邪魔』を見る目だった。
クリスティーナは良く知っている。目の前で見せられた目なのだから。
鍛えられたクリスティーナや矢岸、射手を含めた〈不死隊〉ですらたじろいでしまうような敵意が込められた目線を、なんと管理総督は真正面から受け止め、平然と座っている。
そんな目線は見慣れているとでも言うように。
「体組織はいらない、気にはなるがね」
管理総督は小さな咳ばらいを一つして話し出す。
「我ら軍が警戒しているのは虚殿が人類に対して不利益をもたらす者なのではないかということ。決してあなたの何かを利用しようとしているわけではない、そこは理解してくれたまえ」
「ふむ、続けろ」
「ありがとう。現状こちらではあなたの存在を正確に認識できていないのだ。敵性生命体なのか、相互理解が可能な生命体なのかすらも分かっていない状態なんだ。それは分かってくれるな」
「あぁ、理解できる」
「だから、こちらで安全だと判断できるような証拠を出してほしいのだ。我らだって無暗に敵を作ることは避けたい」
そういって管理総督は虚を真っ直ぐ見据える。
自分と虚は対等であり、対話が可能な生命体であると信じているように。
「生命体生命体と、まるで未確認生物のような言い方をするじゃないか」
「事実あなたのバイタル情報は人間範疇生物のそれではない、言葉を選ばずに言うならまさしくバケモノだ」
「盗み見とは趣味が悪いな」
「解析部門の者たちが勝手に動いただけだ、私は何もしていないよ」
一瞬だが虚の緊張が解け、和やかな雰囲気に空気が変わる。しかしそれもすぐに緊張感のあるものへと戻る。
「それでこの仕打ちか」
「せめて銃を持った者たちは下げるのが正解だと思うが?」
「あぁ、確かに客人に対してなら正しい対応ではない」
「だがまだ君たちは客人ではない、侵入者だ。異物だ」
「悲しい事故を起こしたくないのなら証明を行ってくれるとこちらとしても助かる」
柔和な声音でありながら、その声に乗った圧はそこらの人間に出せるものではない。
最低でも殺し合いの世界に生きていた人間からしか感じることが出来ないものだと虚は判断した。
虚の若い部分が「戦いたい」と疼くが、理性でそれを押し込み、自分が軍にとって無害だと証明する手段を考える。
5秒程度考え、思いつかなかった虚は正直に聞いた。
「軍はどういった証明方法がお好みだ」
管理総帥は初めて歯を見せて笑った。
「戦争だ」
この先、星があるぞ
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