それと総督
「管理総督、か」
眼前に見えるその人物は姿勢からみるに壮年の人物のようだが、遠目からでは性別を断定できなかった。
顔自体もよく見えず、管理総督との位置が高いということもあり、外見からどのような人物か判別することも難しい。
「あぁ、先月ぶりだなクリスティーナ大将」
「えぇ、そうですね」
「呼び出した用というのはだな」
そういってクリスティーナの後ろに立っている〈不死隊〉を見た、ような気がした。
「その後ろにいる者たちのことだ。クリスティーナ大将、あなた自身も含めてな」
管理総督の斜め前の席に座っていた書記官とも言うべき人物が立ち上がり、浮かぶウィンドウを開いて話し出す。
「発言失礼いたします。観測班による報告ですと、4カ月ほど前に出立した〈軍所属死地捜索特化部隊:不死隊〉の生体センサーの反応が約3カ月前に消失。
その後、現在より5日前に〈不死隊〉:隊長矢岸 晴久が軍部ライセンスを使用し、北西部ゲートより管理局内部へと入場。
駆け付けた菅原少将とその部下と相対しましたが、少将を気絶させたのちクリスティーナ大将の案内によって軍内部へと侵入。
クリスティーナ大将の執務室に立ち寄った後、大将閣下所有の研究所へ移動。内部で4日間を過ごして今に至ります」
「とのことだが、クリスティーナ大将が外部から招いた人間、ということはあるまいな。生体センサーが無い以上、クリスティーナ大将自身も本物か疑わしいものではある。事実、頭髪などの色が覚えているものと異なっているし、報告によれば研究所へ向かった後の4日間は研究所内部との連絡も取れておらず、音信不通だ。怪しい要素だけを上げればいくらでも出るな」
その言葉にクリスティーナは一筋の汗を流した。
全て把握されている。矢岸が管理局に入った後からすべて。
生体センサーの入っていない〈不死隊〉の位置情報を常に把握し続け、軍の中では上位の立場の人間であるクリスティーナと合流した後、研究所に入った時点からその一団を危険因子と判断されたのだ。
流石、この〈人類連合東部管理局〉の長をしているだけはある。
クリスティーナ自身は言い訳のための資料をいくつか持ってきてはいたが、反論のしようが無いほどに疑われてしまっていてはどうしようもない。
『ぶっちゃけちまった方が楽だな、こりゃ』
そう判断した。
「ふぅ、そこまで疑われてしまっては弁解のしようもありませんね。ご想像とは少し異なりますが、私はこちらの〈不死隊〉……いや、この女の一団に加わっております。呼び出しを受けていなければ部下に大将の任を任せて、軍を脱退させていただこうかと思っていた次第です」
「ふざけるな!!!」
クリスティーナのその言葉に反射的に声を荒げ、机を叩きながら立ち上がる男が居た。
その男には虚にも見覚えがあった。
この管理局に来てから初めにあった大男。書記官が名前を言っていた菅原少将だ。
「あなたは自分がこの軍という組織の中で管理総督に次ぐ立場にいることを自覚しておられるのか!!?」
「理解している。だから引継ぎと次の大将に負担がかからないように仕事をすべて片付けた状態でこの座を引き渡すつもりだ」
「そういう問題ではない!その椅子がどれだけの信頼と責任で出来たものなのかをもう一度再確認するべきだ!!」
クリスティーナは大きなため息を吐きながら、菅原少将へ向き合う。
クリスティーナ自身も、自分がいま座っている”大将”という立場が突出した実力と厚い信頼を持ち合わせた人物にのみ任せられる重大な立場であることは十分すぎるほどにわかっている。
それでも、虚によって人の域を外れてしまった自分という存在。虚に付き従い、虚の為に己の人生すらも捧げた部隊。そしてなにより、虚という存在自体を無視できない。
今の大将という権力と発言力を持ちえた立場を捨ててでもついて行かなければならないと判断した。クリスティーナもまた、自分の意志を曲げることをしない人物であったのだ。
「私が大将という立場に残ったところで、裏切り者かもしれないという疑いは晴れない。管理総督の話にもあったように、私の体内にあった生体センサーは機能しておらず、先ほど私が言った通り、この女の一団に私も加わっている。であれば不必要なわだかまりを残さないよう、この軍からクリスティーナ・アルギメスという異物を取り除いた方が将来の軍の為だと判断した、以上だ」
そこまで言ってクリスティーナは一歩下がり、自分がもう発言しないことを言外に示した。
菅原少将はクリスティーナの言葉を聞き、少なからず理解はしたのか、不満そうな顔をしながら席へと座った。
「そういういうことだ」
「クリス、そして〈不死隊〉の隊員たちは私が貰っていく」
「一度死んだ者たちを蘇生して再利用しようという話だ」
「誰に迷惑も掛かっていまい?」
自分が殺しているという事実を隠して、いけしゃあしゃあと宣う女。
虚が今度は自分の番だと、三歩前に進んだ。
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