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それが荒野を歩いたら

初日ですし、ね

 知らない場所。


 それが真っ先に浮かんだ言葉。




 目の前に広がる草木の一本も生えていない荒野を見渡して女は言葉を発する。




「私は……生きているのか?……?なんだこの声は」




 女は自分が発した声を聴いて眉を顰める。


 ついさっきまで発していたようなしゃがれた老人そのもののような声とは異なる、楽器が発したかのような心地よい低音の声。


 男にしては高く、女にしてはかなり低い。


 中性的で魅力的な声を出す己の喉を抑えて何度か咳ばらいをした後、声の調子を整えるかのように声を再び出す。




「a―――――――、ア――――――――、Ra――――――――」




 音程を変えながら段階的に声を大きくしていく。


 その魅惑的な声が荒野の地に反響し、染みわたっていく。




「――――……ンン”!ケホッ、これが私の声、か」




 驚愕、そして少々の喪失感を混ぜたようなため息を吐きながら女は立ち上がった。




「さて、私は死んだはずだがな。なぜこうして生きているのか」

「さてな、話を聞こうにも周りには誰もいない」

「それもそうだ、まずは歩くとしよう。幸いにもこの体は軽く、動きやすい」




 自問自答をしながら状況を整理していく。




『自問自答は良い。自分に問いかけ、自分からの回答が得られる。知らぬ誰かに相談するよりは遥かに有用な思考整理手段だ』




 女の中に存在する男の癖だ。


 一人で自分と会話し、自分が思う最適解を導き出す。


 稀によくない方向に話が脱線することもあれど、頭の中でぐだぐだと考え続けるよりはずっと良い。




 女は自分の影ができている方向に向かって歩き出す。


 指標も何もないのだ。その場の思い付きで動いたところで何か悪いことが起こるわけでもない。




「水場でもあれば自分の容姿を確認できるのだがな。現状女になっていることしかわからん」

「足からの高さを見ると大体170かそこらか?高めだな」

「ふむ、胸は無いな。かすかな膨らみがある程度だ。だからどうというわけでもないが」




 一歩、また一歩と裸足で硬い地面を踏みしめ、荒野を進む。


 進みながら自分の身体をまさぐってみるが、黒い衣服に黒いローブを羽織っていること以外には持ち物はなく、腕も脚もほっそりしていてか弱い女そのものであった。




「はて、女とは皆屈強なものではなかったか?このような女など遊郭に居れば一躍人気になったろうに」

「だがこの体には胸がない」

「ハハハ、いつだか見たアレは胸ではなく胸筋だろうに」




 生前を思い出しながらぶつぶつと独り言を発し、果ての無い荒野を歩き続ける。


 独り言を続けなければ退屈で退屈で仕方がないのだ。


 なにせ生き物の息吹を一切感じず、草木も一時間に辛うじて枯れ葉一枚が風に吹かれて飛んでくる程度。見るものなどどこにもない。


 それでも女は荒野を進む。足を止めず、休まずに。何分でも、何時間でも、何日でも。




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 大体10回程度の夜を超えた後、ふと気になって後ろを振り返った。


 今までどのくらい歩いたのかが気になったのだ。


『もっとも、目印などどこにもないがな』


 と、ゆっくり後ろを振り向くと




 歩んできた道に緑が生い茂っていた。


 自分が今いる場所から扇状に草原が出来上がっていく。




 驚いた女は歩いてきた道を引き返し、草原へと近づく。


 しかし、女が近寄った瞬間に緑は急速に色鮮やかさを失い、色素が抜かれていくかのように白くなっていった。


 最後には塵となり、風に運ばれて消えた。




「この身は、また生み出すことが出来ないのか……」

「寄れば、奪い壊すのだな」

「であれば、人里に向かうのは止した方が良いのではなかろうか」

「いや、行ってみなければ解らん。未知を未知のまま私の中に仕舞い込んでおくのは良くないように思う」

「そうさな、この疲れ知らずの身体のこともわかるやもしれん」

「迷惑を掛けるようであれば、早々に人里から離れればよい」




 眼前に広がる草原が色を失っていく様から目を逸らすように再び振り返り、前へと進む。


 そして女はこれから、決して後ろを見ないことに決めた。


 後ろに広がる緑に飛び込んでしまいたくならないように。


 美しい緑を壊さぬように。




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 歩き始めて40回目の夜を迎えた頃、女は遠くにかすかな光を見た。


 太陽ではない。それなら先ほど西の彼方へ旅立った。


 炎でもない。なぜなら一切の揺らめきを感じない。


 そこまで考えて思い至る。




 アレは人の光だと。


 ようやく退屈から自分を掬い上げてくれるのだと。




 そう感じた次の瞬間には体は加速を始めていた。


 早歩きから小走りへ、脚をいつも以上に上げ、大地を踏み潰す勢いで地面を蹴る。


 大地が抉れ、弾丸のような勢いで女が飛び出す。


 あまりに非常識な加速をしていることも忘れ、女は光の下へ向かう。




 ---------------




 暗い夜空を歩く人の群れ、正確には軍と呼ぶべきもの。


 この先に広がる荒野、〈万死荒野〉。その中心点に森が産まれたとの報告を受け、調査に出向いてきたのだ。




 30人の精鋭で組まれた〈不死隊(アンデッド)〉と命名された小隊規模の隊は、現地へと向かっていた。




 とはいえ、この30人も全員が入隊を志願したわけではない。


 実力はあれど素行に問題のある者、優秀だが一部何かが欠けたもの、無傷で帰ってくるが命令を受ける前に行動してしまう物、一切のコミュニケーションが取れないモノなど、訳アリの逸材を処分と言わんばかりに集めた部隊である。


 志願したものも処分するほどでもないとはいえ、軍では取り扱いに困る連中である。




 そんなはぐれモノの集まりは1か月をかけて、軍の本部のある東よりはるばるやってきたのだ。




 荒野と街の境目が見えた辺りで夜の帳が下りてきた為キャンプを作り、翌日に荒野に踏み入るための準備をしているところである。




「たいちょぉ~、ついに明日ですかい」


「あぁ、ながーい本部からのお使いも折り返しだ。今日は少し豪華に肉を多めに入れるか」


「「「おぉ~~~!!!」」」


「よっ!太っ腹ァ!!」


「腹を叩くな、腹をォ!」




 ガハハと豪快に笑いながら食事の準備をしていく。


 銀色の5cm程度の大きさのブロックを握ったかと思えば、50人分を一度に作れそうな鍋を出し、ポーチのようにしか見えない袋から30人がしっかり食べられる量の食材が出てくる。


 はぐれモノ同士だとは思えないチームワークでキャンプをあっという間に建設していく。




 30分も経たずに、立派な寝床と調理台を作り上げた〈不死隊(アンデッド)〉は警備を立てながら料理の完成を待っていた。




「あぁ?あれ人か?」




 見張りをしていた一人が5km離れた位置に存在する人影を発見した。


 全身黒づくめでゆらゆらとこちらに向かってきているように見える。




「ん?確かになんかいるな。しかし形がしっかりあるってことはエレメントじゃねぇなぁ」


「万死荒野にかぁ?」


「オレらくらい強けりゃ、万死荒野を歩けるようになんじゃねぇか?」


「それこそおかしいだろうが、なんで軍属でもねぇのにそんな強さもってやがるんだ」


「羅刹宗のイカレ修行僧とか?」


「今日日あいつらが出張ってくる訳ねぇだろ」




 そんな話をしているうちに黒い影が姿を消した。




「おい、消えたぞ」


「やっぱエレメントか……よ…」


「ん?おい!」




 一歩前に出て様子を見ようとした男が倒れた。


 慌てて声を掛けたが反応がない。




「昏倒1!!総員!!警戒!!!」




 偶然現場を見ていた隊長格の男が声を張り上げる。


 その声を聴いて、その場の全員が各々の得物を構えて警戒する。




 ――――――――ザッ




 足音が聞こえた瞬間、全員の意識は深淵へと向かって落ちていった。


      この先、星があるぞ     

     あぁ、星  おそらく星   


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