第3話 月明かりの嘘
外はすっかりと夜の帳が下りていた。 昭恵は体調を崩し、美智子に娘の明美を預けた。
「美智子、ちょっとごめん……気分が悪くなっちゃった。明美のこと、少し見ていてくれる?」
「分かったわ。」
美智子が明美を抱き上げると、すぐに泣き出した。焦った美智子は、子守唄を歌ったり、優しい言葉をかけたりしたが、明美は泣き止まなかった。
「もう……どうしたらいいのよ……ミルクかしら。」
美智子はそう呟き、ミルクを温め始めた。しかし、温めすぎたのか、ミルクは熱くなってしまった。
「これではいけない」と思った美智子が、ミルクを冷まそうと慌てていたところ、誤って熱いミルクをベッドで眠っている明美の足にこぼしてしまった! 明美は激しく泣き叫んだ。
「オギャー!オギャー!」
美智子は慌てて言った。
「あ!ごめんね!どうしよう……」
美智子は必死に明美の足を冷やしたが、泣き声は収まらなかった。
「どうしよう……明美は令嬢の娘……やけどを負わせたなんて知られたら、私の人生は……壊れてしまう!」
美智子は青ざめながら呟いた。 そう、昭恵の夫は大企業の社長だった。未来を嘱望される社長の娘、明美。 そして美智子は、明美の火傷の痕を何とか隠そうとしたが、当然のことながら治るはずもなかった。
「どうしよう……このままではダメだわ……先生を呼ばなくては……」
その時、明美の泣き声がふっと止んだ。少し痛みが引いたのだろうか。
「大丈夫?明美ちゃん、痛くない?」
美智子は明美に声をかけ、抱き上げた。そして、昭恵を探して病室内を歩いていると、ある部屋が目に入った。 患者名札には千津子の名前があった。ドアは少し開いており、中を覗くと、明美と瓜二つの女の子が千津子と眠っていた。部屋には他に誰もいない……。しかも、すぐ近くにはヤカンが置いてある。 美智子は、ある考えに取りつかれた。
「そうよ……明美ちゃんと、あの母親の子を入れ替えよう……大丈夫よ……誰にもバレない……」
美智子はこっそりと千津子の部屋に入り、手を震わせながら二人の赤ちゃんのおくるみを脱がせると呟く。
「ごめんなさい、あなたに罪はないのよ……悪いのよ、この母親が……この人がヤカンで火傷させたのよ……」
美智子は心臓をバクバクさせながら、明美と佳純を取り替え、佳純に黄緑のおくるみを着せた。そして、火傷を負った明美に、冷めたヤカンの水をわざとらしくこぼす。まるで千津子が寝ている間に誤ってこぼしたように見せかけたのだ。
そして、美智子は息を潜めるように部屋を後にした。 ちょうどその時、昭恵が自分の病室に戻り、娘の明美と美智子の姿が見えないことに気づいた。 そこへ、美智子が明美(実際は佳純)を抱いて戻ってきた。