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カカオ95%、愛100%

作者: 海山 里志

 今年もこの季節がやってきた。手作りのハート型のチョコレートは、きっちり1ダース。ラッピングは冬らしい真っ白な中に、シネラリアの花が大きく描いたものを作った。でも学校には持っていかない。授業に関係ないものを持ってきてはいけない、というのは建前。これで焦らしに焦らしてやるんだから!


 待ち合わせ場所にはわざといつもより遅れて行ってやる。そのためにコンビニに立ち寄った。買ったのはアーモンド小魚。これはおかずと言い逃れれば、先生も目をつむってくれるだろう。

 そうして待ち合わせ場所に着くと、思った通り、いつになくそわそわとした小柄な一人の男子がいた。私の可愛い彼氏、一年後輩の旦晴あさはるくん。いつもの快活さはどこへやら、彼は声を震わせて挨拶した。

「お、おはようございます、千秋ちあき先輩」

「おはよ。じゃ、行こうか」

 わざとそっけなく前を行く。旦晴くんは慌ててついてきて隣を歩いた。そしてぎこちなく尋ねるのだ。

「千秋先輩、今日が何の日か知ってますか?」

「煮干しの日。早く大きくなりたまえ」

 そう言って私はアーモンド小魚の袋を押し付ける。旦晴くんは見るからにしゅんとした。でも幸福を最大化するためには、まず落ち込んでもらわないとね。


 それから学校に着くと、旦晴くんはロッカーの中を緊張した面持ちで開けた。しかし自分の内履きしかないことが分かると、項垂れて教室の方へと去っていった。

 お昼は一緒に空き教室で食べるのが日課だった。今日も私は旦晴くんの分と私の分の二人分を机の上に広げる。お弁当箱を取り出す度、旦晴くんはきらきらとした瞳で私の手を追うが、期待していたものがないと分かると目に見えて落胆した。でもその分、今日の弁当には、旦晴君の好物の唐揚げをたっぷり持ってきてやった。弁当箱を開けると、旦晴君は一転目を輝かせた。そうそうこうでなくては。ともすればチョコより手間がかかったんだから味わってくれなければ作り甲斐がないというものだ。


 帰り際もわざとクラスメイトと駄弁った。そこにノックの音が響く。私は期待しているのがばれないように、わざといつものトーンで、はーい、と答えた。

「千秋先輩、一緒に帰りましょうよ」

 旦晴くんの声だ。私の愛しい声。私はあえてあっけらからんと答える。

「ごめんごめん、もうこんな時間だったんだね。いこっか」

 外野から囃し立てられるが、そんなことは気にしない。私はわざと彼の腰に手を回し、抱き寄せて教室を出てやった。彼の体温が急速に上がるのを感じる。ああ、本当に可愛いな、旦晴くんは。


 校舎を出たところで、とうとう旦晴くんは私に向き直り、真剣な顔でねだった。

「千秋先輩! チョコくださいよ!」

「あー、ごめん。ほら、授業には関係ないもの持ってきちゃいけない決まりじゃん。だから、ね」

 そして私は彼の耳に息を吹きかけ、囁いた。

「私の家に来てから、ね」

 旦晴くんの耳が真っ赤になる。そのまま食んで、舐めまわしたらどんな味がするだろう。ま、ここだと公衆の目があるからやらないけど。


 彼を私の部屋に上げる。何気に他人を入れるのは初かもしれない。肝心の旦晴くんはというと借りてきた猫のようになってしまった。あごの下を撫でてやるとくすぐったそうにする。可愛い。私は一度キッチンに下りる。淹れるのは、まるで今の私の心を現したかのようなホットチョコレート。そして冷蔵庫から、手作りのチョコレートと一箱のポッキーを取り出す。そしてそれを手に再び私の部屋へ向かった。

「じゃあ、ポッキーゲームをします。旦晴くんが勝ったらチョコをあげます。その代わり私が勝ったら旦晴くんは私に何か贈ること。どうかな?」

「望むところです」

 彼の闘争心に火が点いたようだ。そうこなくては。簡単に勝ってしまっては面白くない。私はハンデとして先に咥えた。余裕綽々――始めるまでは。

 気が付いたら勝敗が決していた――私の敗北という結果で。私の唇に、確かに旦晴くんの唇が触れていた。

 彼はそっと唇を離した。私の唇の先に、まだ彼の唇の潤いが残っている気がした。私はただ茫然と口にするしかなかった。

「そんなにほしかったんだ……、私のチョコ……」

「当たり前じゃないですか。大好きな人からのチョコ、いらないなんて言う人いません」

 旦晴君は初めて笑顔を見せた。その笑顔が見られただけで、私は満足だった。

「はい、約束のチョコ。ハッピーヴァレンタイン」

「ありがとうございます。じゃあ僕からも。ハッピーヴァレンタイン、千秋先輩」

 それは予想外のものだった。彼からの贈り物は、一輪の深紅のバラ。それはあまりにも純粋で、真っすぐで、だからこそ彼のことが余計に好きになった。

 気が付けば私は旦晴くんに抱き着いていた。

「ちょ、千秋先輩!?」

「好き! 大好き! 旦晴くん!」

「僕も好きですよ、千秋先輩」

 それから早速私はバラを花瓶に活け、旦晴くんは私のチョコを口にした。味が顔に出ていた。

「なんだかすごく……、ビターですね、先輩のチョコ」

「カカオ95%、愛100%」

「なんですかそれ」

「そのチョコレートの成分表示」

 私はぺろりと舌を出してみせた。旦晴君は笑みをこぼし、私もつられて笑った。

 ホットチョコレートの甘い香りが、部屋を満たしていた。

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