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逆風ダイヤモンド  作者: 七色雨
序章
5/10

5話 振り抜け


 歪んでいた視界が正常になってくる。幻覚ってあんな綺麗で鮮明に見える物なのか。この先の人生で全くの役に立たない知識が増えてしまった。

 いや話のタネぐらいにはなるか。


「お、おい伊佐。どうしたんだよ、なんかずっと目つぶってたけど」

「あぁ、そんな感じだったのか」

「そんな感じって……雨浴びすぎたんじゃねーの? さっきからなんか変だよ」

「たしかにな」

「ぐぅ……なぁ、一旦雨宿りしたほうがいいぞ」

「嫌だ」


 いきなりの即答に面食らう坊主、普段の俺と違いすぎて困惑しているが元来俺はこっちよりだ。


 忌々しい記憶を思い出したのにもかかわらず、今の気分は悪くはなかった。今なら自分の本当の気持ちに向き合えるかもしれない。ずっと逃げていた選択をようやく取れるかもしれない。


「なぁ、1個だけ頼んでいいか?」

「え?」

「1球だけでいい、頼むから全力で俺に球を投げてくれ」


 まだ、あの火が消えていないんだとしたら俺は……いや、消えるわけなんかない。大好きだった野球への思いは捨てようにも捨てられなかった。

 全く別の自分になろうとしても行き着く先は野球だった。そうじゃなかったら土砂降りの中、こんなところで泥だらけにはなってない。


 バットを握らなくなっても、グラブを手にはめないようになっても俺は野球バカのままなんだ。


「ちょっと借りるぞ」


 ずっしりとした金属バットを拾い上げる。あの試合以来バットは一度も握らなかった。そのせいかちょっと重たい。

 両手で握り軽く素振りをする。気を抜くとバットの方に振り回されそうになるな。


「伊佐! 俺ピッチャーやったことないぞ!」

「そんでもここまでなら投げれるだろ」


 18.44メートル、テレビで見ていると近いように見えるけどこうやって打席から見るとかなり遠い。でも野球してるんだったらこの程度の距離、ノーバウンドじゃないと困る。


「わかったよ……! じゃあ行くぞ伊佐ー!」


 投球動作に入ったのと同時に俺もバットを立てながら構え前のめりになる。久しぶりの構えだが感覚に衰えはない。


「うぉりゃぁっ!」


 振り絞るような声ととも大きく振りかぶった腕から球が飛んでくる。風が後押しして球速はかなりのものだ。

 おそらくあの時の球よりよっぽどホームランにはしづらいだろう。


 それでももうこのチャンスを逃がしはしない。


 左足を上げ、左手首を少し内に入れる。球は雨風で軌道が変わりフォークボールの軌道に変化したが、足を下ろすのと一緒にバットを寝かせてボールの軌道とスイングの軌道を交差させる。


「うぉぉっらぁぁっ!!」


 力いっぱい振り抜き、かち上げた。完璧なアッパースイング、いい音も鳴った。白球もあの時と同じぐんぐんと一直線に飛距離を伸ばす。


 それでも強い風が吹く、風向きもあの時と同じ逆風。でも今度は少し違った。


 白球は風の壁を突き抜け、勢いも衰えることなく飛んでいく。そして校舎の上を悠々と越えて見えなくなった。


「打てたのか……」


 結局これも時の運かもしれない、ちょっとあの時より上手いことスイングが噛み合っただけかもしれない。それでも、だとしてもトラウマを払拭するには十分だった。


「はは……やっぱすげぇ……」


 坊主頭は尻もちをついて畏怖の表情でこちらを見ている。そういえばコイツのこの顔、見覚えがあるな。たしか……そうだ、中学の時に見た表情もコレだったな。


「おーい戸澤ー! 俺、野球やるよー!」

「……やっぱりー!? ていうか名前いつわかったー!?」

「島根代表って言った辺りで思い出したー!」

「うわ、すげぇ記憶力ー!」


 雨にかき消されないようお互い大声で叫び合う。近くでしゃべればいいと思われるかもしれないけど、大声を出すのがとても気持ちよくて叫び合っていた。

 結局俺はどこまで行っても野球バカのまま。野球部がない高校に入っても野球を続けたいって思うぐらいの。


 それを確認できた今がとても幸せで仕方がなかった。

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― 新着の感想 ―
めちゃくちゃおもろかった
2025/02/10 11:49 糸シリンダー
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