4話 白昼霧
激しい豪雨の中、泥だらけの中学生たちが野球をしている。さっきまで高校のグラウンドにいたはずなのになんなんだこの状況は。
「なんだよ……これ」
超常的な現象が起きたか俺の頭がおかしくなったか、どちらにせよ中学野球全国大会決勝戦である広島対奈良戦が行われている真っ只中であることは確実だった。
「あと一つだぞー!」
試合は1対4で奈良がリード。そしてツーアウト満塁なのでホームランでサヨナラの場面。バッターボックスには背番号0。
「行け凪ー!」
「ホームランホームランなーぎ!」
後ろを振り向くとベンチにいる全員がホームベース近くで佇んでいる俺という部外者には目もくれず打席に立つ部長の応援に徹していた。
でもそんな声も激しくグラウンドに打ち付けられる雨にかき消されて届いてはいなかった。それでも背番号0は孤独ではなかった。
「絶対に打つ……!」
それでもその少年はバットを握りしめて宣言する。その声もまた豪雨でかき消されたが泥だらけのユニフォームとバットを握る手からその熱い気持ちは十分に伝わってきた。
背番号0はバットを縦に立て、膝を軽く曲げながら少し前のめりの姿勢で固まる。奇怪なバッティングフォームだが威圧感は後ろ姿からでもよく伝わってくる。
バッテリーの方は気圧されながらもサインを交換すると1球目を投じる。ギリギリストライクゾーンで低めの落ちる球、様子見などではない完全に打ち損じを狙った球。
だが背番号0はわかっていたかのように片足を上げて、振り抜いた。
カキーン、言葉に表すならこれ以上ないほど綺麗な音が鳴る。完璧なジャストミート、打球は一直線にぐんぐんと伸びていく。
さっきまで飛んでいた応援の声もその音が鳴り響くのと同時に完全に止まる。この球場にいる全員がホームランを確信した。
でも風が吹いた、とんでもなく強い逆風が。打球が最高到達高度に達した時に吹いてしまった。スタンドに一直線かと思われた打球は勢いを失うどころか押し戻され、センターのグラブの中にふらふらと落ちる。
残酷にも、無情にもその瞬間広島の負けが決定した。たまたまその時に風が吹いた、そのためだけに敗北が決まった。
台風が迫ってる中で試合をやらなければ勝てたかもしれない、しかし途中でコールドにしてしまうならこのチャンスすら存在しなかった。運営の都合上試合を延期にも出来ない、この日しか無かった。
誰かが悪いとかじゃなくて、運が悪いだけだった。積み重ねた努力も時の運によって叩き潰されることを背番号0は思い知らされた、それだけだった。
「ぐ……!」
視界が歪む。どうやらおかしくなったのは世界じゃなくて俺の頭らしい。良かったのか悪かったのか、この記憶は思い出すべきだったのか。
たぶんそれは次の選択次第なんだろう。なら俺は……。