2話 好きです。
放課後の体育館はバドミントン部の起こす喧騒が支配していた。バスケ部もバレー部のないこの高校ぐらいでしかこんな光景見れないだろう。
キュッキュッという靴の音を聞くのがなんだか新鮮だけど慣れなさが少し気持ち悪い。
「おいバテんな! ちゃんと走れ!」
「あーす!」
それに加えてパット見で分かるぐらいには男女比が偏っている。女子が多すぎて正直居心地が悪い。でもそれを差し引いてもバト部に入る理由が俺にはある。
「凪くん、どう?」
今話しかけてきたのは天昏楓夏。同じクラスの女子で俺をバド部に誘ってきた張本人、ついでに俺の一目ぼれ相手。
ショートボブの茶髪に大人びた顔立ち、高身長も全部俺のタイプどストライク。そんな相手がフレンドリーに接してくるとかもう惚れるしかない。
「聞いた通りすごく面白そうだな。正直もう混ざりたい」
「ホント!? よかったぁー……」
ほっと胸を撫で下ろす姿、しかし同い年だが大人びてるというか包容力があるというか……それだけに嘘をついた後ろめたさが半端じゃない。
いや、入部したら案外楽しいかもしれない。都かどうかなんて住んでみないことには分からないのだから。
「入部したらダブルス組もうよ。私たちなら日本一に絶対なれるから」
「……じゃあ俺も足引っ張らないように頑張んないとな」
「うんうん、一緒に頑張ろう!」
大人びた顔立ちだけど振る舞いは天真爛漫な小学生。ダメだ、これ以上見てたらますます好きになってしまう。
外見の時点でめちゃくちゃ愛おしいのに内面まで好きになったらどうなってしまうんだ。あまりにも恐ろしいので練習風景に目を戻す。
「お願いしまーす!」
どうやらスマッシュ練習が始まったらしい。トスバッティングぐらいでしか見る機会がなかったシャトルが正しくラケットで叩かれている光景は見ていて少し不思議な気分になる。
しかしスマッシュ時の腕の動きに謎の既視感があるが一体なんだろうかコレは。後ろからも真正面からも、嫌と言うほど見てきたような……思い出した。思い出したくなかったけど思い出してしまった。
上から振り下ろす一連の動作、野球の投球にそっくりだ。そういえばプロの選手もバドミントンのラケットで送球練習してたっけな、でもフォームを固めるだけじゃなくて球速を上げるのも期待できそうな……。
「……」
とうの昔に捨てた物に未練がましくすがりつくなど情けないにもほどがある。どうせ向いてなかったんだ、戻ったところで結果を残せるはずもない。
嫌なことを思い出して悪くなった気分を落ち着かせるため窓を見る。外は激しく荒れていて自転車が倒れる音まで聞こえてきた。
「台風来ちゃったねー……帰るの遅くなっちゃうなぁ」
ザーザー降る雨は止みそうにない。なんだったらうっすら白い霧さえ見えてきた。
こんな状態では外練なんて夢のまた夢。あのしつこい坊主も撤退せざるを得ないだろう。
『待ってるからな!』
あいつの去り際の言葉が脳裏に蘇る。まさか……いや、さすがにそんなバカじゃないだろう。こんな雨じゃボールが水を吸ってしまうし、風でどっかに飛んでいくかもしれない。どんなバカでもそれぐらいはわかる。
だが妙に胸がざわつく。さっき野球のことを考えてしまったせいなのか嫌な考えがなかなか流せない。
「大丈夫凪くん? ちょっと気圧しんどい?」
「……ごめん! ちょっと外行ってくる!」
「えっ!? な、何言ってるの!?」
引き留める声を断腸の思いで振り切り靴箱まで走る。ドアはギイギイと悲鳴を上げ、雨に激しくコンクリートが打ち付けられている。
「うおっ……!」
靴も履き替えて扉を開いたものの今にも俺を吹き飛ばさんとする強風が飛び込んできた。でもそんなことで立ち止まることなんてできない。
冷たい雨が体に降り注ぎ、水たまりから飛んだ水は白い靴下を汚す。替えの服など持ってきていないのにぐちゃぐちゃになっていく。
皮肉なことに今の俺の行動は後ろ足で砂をかけたはずの体育会系そのものだった。捨てたはずのものを拾い上げてまた自分のものにしていた。
不思議なことにその愚かさも走って雨に打たれているといつの間にか感じなくなっていた。