1話 襲来
放課後の教室はいつも慌ただしく人が動く。部活に所属する人間は一目散にカバンを持って走り、そうでない人間はその皺寄せを食らって掃除道具を手に取る。
この光景はいつ見ても嫌いだ。もっとも掃除から逃げる身勝手さはどうでもよくて、市立の学校で部活動なんかに気合を入れる姿がバカらしすぎるからだけど。
「おい伊佐、野球やろうぜ!」
だからこうやって勧誘してくる目の前のボウズ頭は今すぐにでも握り潰したい。
無視して通り過ぎようとするとぴったり真横をついてくる。毎日この時間だけはこの学校の廊下が広いことに苛立つ。
「いやだ」
「つれねぇこと言うなって! お前がこの学校に行くから俺も来たんだぞ」
「知らねぇ」
「そんなわけねぇだろー? 合計42回も言ってんだから」
そんなもん数えんな。
「野球部復活するってんなら入るってやつこんなにいるんだぜ! ほら見ろよ!」
署名を書かれた紙を自信満々にそいつは見せてくる。茶島、播上、荒瀬。見たことも聞いたこともない名前ばっかりで何の実感もわかない。
どれもこれも似たような下手くそな字でコイツが適当に思いつく苗字を書いて捏造しているだけな気さえしてくる。
「わざわざ俺にこだわんなくていいだろ。そいつらと仲良くやってたらいいじゃん」
「それは無理! コイツらはお前が入らなかったら入らないって奴らだからな!」
「……はぁ」
見え透いた嘘にため息が出る。俺のどこにそんな影響力があるんだ。中学の時野球部の部長だっただけだぞ。
それに部長と言っても……。
「……」
「とにかく! 今日こそグラウンドに来いよ、伊佐!」
野球部は設立されていないのでグラウンドを使う許可は降りていない。そのためコイツは使ってても咎められることのない隅の方で練習している。
学校の備品は持ち出せないから持参した道具だけで。
「悪いけどバドミントン部の見学があるから無理だ」
「だったらそれが終わったら来い! 待ってるからな!」
「は? おい待て……」
制止虚しくヤツは走り去っていった。俺がバドミントン部に入るという発想はないのだろうか。
「……はぁ」
頭が痛む。怒りとか呆れとかじゃない感情が喉につっかえて吐き出したいのに吐き出せない。
アイツさえいなかったらこんな気分にはならないのに、そう心のなかで悪態をついた。