Ⅷ 彼の過去、彼女の疑惑
〝探偵〟が犯人を指させば、殺人事件での死はなかったことに出来る。
オルフェ・コクト(♂)……本作の主人公。探偵保険会社を辞め、現在フリーランス。
ユースティア(♀)……スラム育ちの少女。とあるアイテムのせいでオルフェの助手になる。
シマジ・ミサムネ(♂)……女装の清楚系高校生。クリスティ探偵保険会社所属。
「君はどう思う?」
「なにが」
食事を済ませ、再び事件現場。
事件の拍子に倒れて手が砕けている石膏の像。
被害者が抱き着いたのか血まみれである。
ただし聞かれているのはこのことじゃない。
「遺書の件。どう考えても不自然じゃないか」
「殺害予告を受けて、その相手がヨモツヘグイと知り、生き返ることが出来ないと悟った。しかしあのバカ息子に遺産相続をさせたくはない。だからなぞなぞの答えを使用人の誰かに教えておけば遺産を守れる考えた。証人として俺たちにも聞かせた。──そんなところだろう」
「君は解けたのかな? 僕にはさっぱりだ」
「ある程度はな。だが俺は探偵だ。遺産は欲しいが、生き返らせた謝礼だけで良い」
「天井が赤くピカって……ん、えっと、気のせいだったみたい? ごめん、ふたりともお仕事続けて」
ユースティアの言葉でふたりは視線を天井に移すが変わりはない。
「野暮かもしれないんだけど聞いても?」
「ああ」
「第一席の探偵、オルフェ・コクトがなぜ探偵保険会社を辞めてフリーランスに? 色々と不便だと思うんだけど」
「……面白い話じゃないが、いいのか?」
「構わない」
「オルフェの昔ばなし私も聞きたーい!」
伸ばした袖をフリフリと気持ちを高ぶらせているユースティアを眺めながらオルフェは口を開く。
呼吸は深く、慎重に。
「迷宮殺人の王──ヨモツヘグイの最初の被害者は俺の妹だ」
ふたりは息を飲んだ。
そしてこの密室を破った怒りの謎が解けた。
「被害者家族だからと探偵保険会社は俺をヨモツヘグイの事件に関わらせようとはしなかった。冷静に推理が出来るとも思えなかったし、納得はしていたさ。だが妹の事件からいつの間にか3年が経っていた。──だから自分で調査する事にした」
ユースティアは不思議と左腕が重くなったような気がする。
のばしっぱなしのぼさぼさ髪も、口調の割に暗い雰囲気。
有名な探偵なのに予算が少ない──施設の保存維持費、ヨモツヘグイの事件の調査費、もろもろ消えていったのだろう。
その元凶の持ち物が自分の左腕に引っ付いている。
「私、ちょっと散歩してくるね」
抱きしめてあげたいところだけど、この重たい気持ちのままでは出来ないと綺麗な空気を吸うために部屋を出た。
「……助手にも、言っていなかったのか?」
「助手と言ってもほとんど知らない間柄だ」
「そうは見えなかった」
ミサムネはてっきり深い仲とばかり。
兄と妹と言われても信じてしまうかもしれない。
「だったら助手は信用出来る人物を選ぶべきだ。事件の容疑者になるような人物はもってのほかだし、盗み癖があるのもいただけない」
「バレていたとは」
「当然。大胆過ぎるぞ彼女、ここに来ていくつ盗んだ?」
「少なくともナイフ・フォーク・スプーン。可愛いもんじゃないか」
「万年筆もだ、かなり値打ち物の」
「まじか」
それはオルフェですら見過ごしていた。
注意して観察していたつもりだけど手品かと思う程、手際が良い。
「今からでも遅くない。助手の変更をおすすめする」
「立候補するか? 目の保養になれば男でも構わんぞ」
「あいにく僕はワトソンじゃなくてホームズに憧れて探偵になったんだ。君の称号を奪う以外興味ないね」
「助手を変えるつもりはないさ。スティは信用出来る人物だ。少なくとも優しい娘だよ」
「手癖が悪いのは」
「大目に見てくれ」
「出来るか!」
呆れたと変な顔をされた。
綺麗な顔が台無しだ。
「とりあえず事件の全貌はだいたい、ほどよく、なんとなく分かった」
「分かってないと思う、それ」
「鍵のかかった部屋。被害者と言い争う女性の音声。監視カメラの死角の犯行。崩れた石膏像。──犯人は」
勝ち誇った顔をしているオルフェ。
しかしそれはひとつの悲鳴で砕かれる事になる。
甲高い女性の悲鳴。
オルフェとミサムネは顔を見合わせ、全速力で悲鳴のした方向へと走り出す。
──場所はエントランス。
男装した細い線の女性執事が青い顔をして震えている。
視線の先には血の惨劇。
床に描かれた♀マーク。
その円の中で胎児のように丸まって息を引き取っているサファイア伯爵の息子──ディップ。
「女の子が、探偵さんが連れて来た女の子が……お坊ちゃまを……」
第一発見者である女性執事が震えた声でそう証言したのである。