Ⅵ 典型的金持ちの息子
〝探偵〟が犯人を指させば、殺人事件での死はなかったことに出来る。
オルフェ・コクト(♂)……本作の主人公。探偵保険会社を辞め、現在フリーランス。
ユースティア(♀)……スラム育ちの少女。とあるアイテムのせいでオルフェの助手になる。
シマジ・ミサムネ(♂)……女装の清楚系高校生。クリスティ探偵保険会社所属。
殺人事件が起こった密室。
あるのはやはりサファイア伯爵の遺体と彼の芸術品。
彫刻であったり、絵画であったり、作品のテーマだって統一はない。
セバスチャンが入り口前に立っていたが誰も出てきてはいないし、もちろん壁が壊された形跡もない。
「彼の作品は無秩序だ。決めつけというものが我慢ならないのか、秩序を嫌っている。普通なら彫刻は彫刻、絵画は絵画で固める。しかし見てみろここはバラバラだ。同じジャンルを絶対に隣には置かない。──それが彼の美的センスなのだろうな」
「なにしれっと現場に戻って分析しているんだ君は」
「……ん? ああ、すまない。もう大丈夫。ノドに小骨が刺さっていただけだ。確かに密室を壊してしまったが最低限調査に支障がないようにした。鍵は間違いなくかかっていたし、細工もされていなかったよ」
先ほどまで切羽詰まったような表情だったオルフェがけろっとしている。
ミサムネにはそれがとてつもなく不気味だった、こいつは二重人格なのではなかろうかと。
そしてもうひとりに視線を向けた。
「それなら彼女はどうしたのさ」
部屋の隅っこで服をはだけさせ崩れた座り方をしているユースティア。
「しくしく」と言いながら泣いたふりまで……。
「気にしないで、弄ばれただけだから。オルフェったらお手洗いに連れ込んで私を──ああ、これ以上は言えない」
「お手洗いに連れ込んだのはお前だろ」
「君たち、殺人事件があった屋敷のお手洗いでそういう行為はよくないと思う」
「待て待て。想像しているような事はいっさい起こっていない」
「君の溜まっていたものを全部吐き出したような清々しい顔がその証拠だろう。違うのなら、ふたりでなにをしていたのか聞かせてもらおうじゃないか」
「それは内緒だ」
ほら、やっぱりいかがわしい事をしていたんだ。
──呆れた。
ミサムネは苦笑いを浮かべた。
説教でもしてやろうかとも思ったが、──セバスチャンの制止を振り切って部屋の中に入って来た男性に視線が集まる。
「うわ、マジかよ。ほんとに親父死んでんじゃん」
金髪、見るからにガラが悪くお調子者そうな成人男性。
しかし甘やかされて育ったことが容易に想像出来る。
そんな男が嫌な笑いをしていた。
「ここは事件現場。法律上、探偵とその助手以外は立ち入り禁止だ。出て行って欲しい」
ミサムネがそう言って前に立つと相手は苛立ったのか目を見開く。
しかしミサムネの顔をじっと眺め、段々と視線を下におろしていく。
まるで蛇かタコが身体に巻きついてくるような不快感を覚えた。
上唇をゆっくりと自分の舌で舐め。
「なに、めちゃくちゃ可愛い女子高生じゃん。探偵って子供でもやれんだ。そりゃ遺体保存施設も潰れねぇわけだわな。お嬢ちゃん、探偵なんかやめて俺の女になれよ。可愛がってやんぜ」
そう言って右手をミサムネの顔にそえる。
「サファイア伯爵のご子息ディップさん。僕はクリスティ探偵保険会社所属、称号持ちの探偵だから子供扱いは不要。──それと僕は〝男〟だ」
「──ち。テメェもかよ」
すぐに手を離すディップ。
気のせいかミサムネに触れた手が蕁麻疹のように荒れた。
すかさず胸ポケットからハンカチを取りだして念入りに拭く。
すぐにミサムネに興味をなくし、次にユースティアと視線が合うが「ガキだな」とこちらも無視した。
ユースティアはその反応に腹がたったのか舌を出してあっかんべえ。
「探偵等、帰って良いぜ。親父はこのまま死んでてもらう。そーすりゃ、莫大な遺産はオレだけのもんだ。使用人も全員クビにする。このシュミの悪い屋敷も取り壊す。いやぁ忙しくなるなー」
ポイントウォッチャーの全ポイントは犯人に取られてしまったが、遺品は全て残っている。
それを売ってしまえばかなりのポイントになるだろう。
「それは無理な相談だね。サファイア伯爵は探偵保険に加入している。謎を解いて蘇生するのが僕たち探偵の仕事さ」
「……あっそ。まあ、親父を殺した奴って相当ヤベェんだろ? だったら無能な探偵等が未解決にすりゃあ結果は同じだ。遺体保存施設の追加費用は家族が負担する。それを拒否りゃあ、遺体は廃棄だ。時間はかかるが、オレにポイントが入る」
全員がディップを睨みつけるが返ってくるのは勝ち誇った笑い。
そして背中を見せて「せいぜい頑張れや」と手を振りながら立ち去った。
「けっ、塩まこう! 塩!!」
「持ち歩いてるわけないだろ! だけどなんかないか、この空気を清めるもの」
「俺、猫缶なら持ってる」
「まけまけ!」