Ⅴ 鍵のかかった部屋と消えた犯人
〝探偵〟と呼ばれる人物たちが犯人を指させば、殺人事件での死はなかったことに出来る。
オルフェ・コクト(♂)……本作の主人公。探偵保険会社を辞め、現在フリーランス。
ユースティア(♀)……スラム育ちの少女。とあるアイテムのせいでオルフェの助手になる。
シマジ・ミサムネ(♂)……女装の清楚系高校生探偵。クリスティ探偵保険会社所属。
──鍵のかかった部屋。
サファイア伯爵の作業部屋。
「どうだ、スティ」
「ピッキングの跡はないし、扉も隙間が全くないから工具とかは入らないね。それに、扉の前に監視カメラがあるからここからは侵入しないかな」
「監視カメラ?」
「斜め後ろにある鉢植え。日が当たる場所でもないし不自然すぎるよ」
「よく分かりましたね。その通りです」
「他に入り口や窓はないのか?」
「ありません。ご主人様の作業部屋はこの屋敷の真ん中で周りは壁だけです」
「ここの鍵は?」
「ご主人様しか持っていません」
「じゃあ、どうしてサファイア伯爵が亡くなったと決めつけている? 返事がないってのが理由なら、中で作業に没頭している可能性だってあるだろう」
セバスチャンに質問しているオルフェの前にミサムネが立って話をさえぎる。
「事件時の情報は僕がしっかりと電話で対応しているよ。──君も知っての通り、伯爵には殺害予告が送られていた。だから彼は不安になって、この屋敷のあらゆる場所に隠しカメラを設置していたんだ。音声も記録出来るもので、この作業部屋の中にも設置している」
「えー? だったら事件解決してるでしょ、ミサちん。犯人が映ってるんだから」
ミサムネとセバスチャンが首を横に振る。
「犯行はカメラの死角で──」
言い終わるよりも早く、オルフェは作業部屋の扉を勢いよく蹴りつけ開ける。
一同、唖然。
「だったら中にまだ犯人がいるってことだろ?」
全速力で中に入るオルフェ。
開けた空間でサファイア伯爵の未完成の芸術品が並ぶ。
倒れている男性、年齢は50代ほどで中肉中背、白髪がやや多い。
新聞でも何度か見た事のあるサファイア伯爵。
致死量の血の池に浮いている。
オルフェはその遺体に目もくれず。
「いるなら出てこいヨモツヘグイ! お前の宿敵オルフェ・コクトはここにいる!!」
………………静寂。
物音ひとつ帰ってこなかった。
見渡しても誰もいない。
並べられた作品の後ろに隠れているわけでもなく、誰かの息遣いも感じない。
間違いなくこの部屋にはサファイア伯爵の遺体と息を荒げているオルフェのみ。
「なにを考えているんだ君は!?」
そしてミサムネのきつめの右フック。
(女装)女子高生な美少女からもらったとは思えないほどのダメージ。
それからコートのえりを掴まれ。
「密室殺人が未解決になる原因のほとんどは第三者の荒らし行為。ましてや相手はヨモツヘグイなんだ! 慎重に行動してくれ。──それでも君は僕が唯一尊敬している名探偵シャーロック・ホームズの称号を手にした探偵なのか?」
「少なくとも〝犯人は密室の現場に隠れていた〟っていうしまらないオチは潰せただろ」
「──なんて奴だッ」
「どうどう、ミサちん。落ち着いて。深呼吸、ひーひーふー」
「僕はいたって冷静さ。その言葉は君の相棒に言うべきじゃないのかい」
「オルフェ」
ユースティアはオルフェを真っ直ぐ見る。
殺気立っていたオルフェはその声と視線に少しばかり冷静さを取り戻した。
ユースティアは腕を掴み、オルフェを引く。
出会ったすぐで踏み入って良いものかとも思うが、オルフェのヨモツヘグイへの執着は異常だ。
探偵が犯人というよりも、身を焦がす殺意を持って追いかけているような。
どこか静かな、それも屋敷の監視カメラが設置されていない場所で話を聞くべきだと思う。
とっさに思い立ったのが──お手洗いである。
「えーと……どっちに入れば良いのかな?」
しかしその前で足を止める。
お手洗いの性別マーク。
〇の下に△のマークは青色、〇の下に▢のマークは赤色。
男女あべこべ屋敷、ややこしい。
わからないから、ユースティアは〇の下に△のマークの扉を開く。
中はいたって普通のお手洗い。
「オルフェ、教えて。ヨモツヘグイとなにがあったのか」
「そんな事よりスティ。──服を脱いでくれないか」
「ん?」
オルフェはユースティアの左腕を掴む。
その勢いで彼女の背中は壁に引っ付く。
完全に拘束された、逃げられないし人もいない。
「いいから見せてくれ。頼む」
「およよ」
男の目は残念なほどに純粋で真っ直ぐだった。
しかし近くで顔を眺めてみればなかなかの美形であることに気が付く。
ユースティアはごくりと息を飲み、やぶさかではないと思った。