Ⅱ 探偵の嗜好は助手を見ればわかる
〝探偵〟と呼ばれる人物たちが犯人を指させば、殺人事件での死はなかったことに出来る。
オルフェ・コクト(♂)……本作の主人公。探偵保険会社を辞め、現在フリーランス。
ユースティア(♀)……スラム育ちの少女。とあるアイテムのせいでオルフェの助手になる。
──この時代の言葉に『探偵を知りたければ、靴ではなく助手を見ろ』なんてものがある。
探偵の助手、言ってしまえばワトソン役にはその探偵が依存するなんらかの要素が含まれる。
オルフェはユースティアを助手として探偵事務所に迎えた。
探偵事務所というにはあまりにボロアパートの一室過ぎる場所ではあるけれども。
まずオルフェはユースティアに食事と服を与えた。
コーンフレークにミルク、ジャム付きのトースト。
服はだぼだぼのフード付きジャンバーにショートパンツ。
靴もボロボロだったからスニーカーをあげた。
「捨てられた彼女の服?」
「俺の私物の可能性は考えないのか」
「全部女性サイズだし、このショートパンツをオルフェが履いてたって考えるとちょっと変態っぽい。それに全部可愛いし、オルフェにしたらセンスがある」
ジャンバーをたくし上げてショートパンツを見せつけてくる。
健全のはずなのだがいかがわしいものを見せられているような気がした。
オルフェは気を遣って細目にしてみるが、余計にいかがわしくなる。
「出会って早々俺の服のセンスを語るとは。……その服は妹の服だ。汚すなよ」
「ふーん、その妹ちゃんはどこに……なんでもない」
ユースティアは目をそらした。
特にオルフェの表情が変わったとかではなく、これまでの経験で察する。
スラムでは家族の話を聞いてもろくな話しか返ってこない。
「気にするな」
「この服、ありがと。大事に着るね」
ジャンバーをぱたぱたと振り喜ぶユースティア。
その姿が妹と重なり、オルフェは複雑そうな微笑みを見せた。
「それならヨモツヘグイのポイントウォッチャーも隠せるしな」
「流石にふたつも付けてたら怪しいもんね。でも私もこれで大金持ち、大悪党のポイントが使い放題! ……ところで、どうやって使うのこれ?」
「──……ポイントウォッチャーを使ったことがないのか?」
「うん。まったく」
これまでの人生、欲しいものは全て盗んで生活してきた。
それにポイントが溜まる行動をしたことがないのだから、使えるわけがない。
オルフェはよくこれまで捕まらずにいられたなと感心しながら、ため息をつく。
「ポイントウォッチャー。殺人における死が無くなったすぐに導入された機械で、自分のポイントを管理出来る。決済にも必要だが、使用出来るのは本人のみ」
「つまりこれはただ重たいだけの鉄の固まり?」
「どうかな。本人以外所有者を知る方法もないから普通は付けている奴が所有者だ」
「当たり前じゃん」
「それを踏まえて、美術館から盗まれた迷宮殺人犯のポイントウォッチャーを所持している人物を見付けたら一般人ならどんな反応をするだろうか。──俺なら即射殺する」
「うふぇ、取って! 早く取ってよこんなもの!!」
「自分でも言っていた通り、所有者にしか外せない」
力づくで外そうとするもしっかりと固定されている。
右手に自分の、左手にヨモツヘグイのポイントウォッチャー。
完全に不審者だ。
だからだぼだぼのジャンバーはそれを隠すには都合が良い。
「まあ、いっか。オルフェがすぐにヨモツヘグイを捕まえてくれるんでしょ? だったらオルフェと一緒にいれば安全。勘違いで殺されてもすぐ生き返れるし」
「のんきか」
びびらせんなよ、とオルフェの横っ腹を叩いて来る。
かなり深刻な状況なはずなのだが満面の笑みである。
「ああ、ヨモツヘグイは俺が見付ける。──そして生き返らないように俺が迷宮トリックで殺してやる」
「……え。冗談、だよね」
ユースティアの身体が固まる。
部屋の空気が数度低くなった気さえした。
「と、とりあえず依頼。オルフェは事件解決して私を養わないと!」
「依頼はないぞ。探偵保険会社を辞めてからめっきり無くなった。郵便ポストには請求書ばかり……」
オルフェは山住になった机の上の手紙に目を向ける。
そしてひときわ目立つ手紙を取った。
「はは、来てるじゃないか。差出人は──ほう。あの異性装の館の主人か」
「いせいそうの館?」
「行くぞスティ。これは摩訶不思議な事件の香りがする」