幕間 男装メイドは見た!
〝探偵〟が犯人を指させば、殺人事件での死はなかったことに出来る。
オルフェ・コクト(♂)……本作の主人公。探偵保険会社を辞め、現在フリーランス。
ユースティア(♀)……スラム育ちの少女。とあるアイテムのせいでオルフェの助手になる。
「お帰りなさいませ。スティ様」
「スティちゃんおかえりー」
「お、スティっち」
私の名前はユースティア。
長いから呼ぶならスティで。
つい最近まで根無し草、スラム街でふらふらと生きてた。
人生に目的なんてものもなかったし、特にやりたいこともなかった。
そんな私が現在、巨大な屋敷に住んでいる。
正しくは私を養っている探偵オルフェが事件の報酬によって得たものだけど、彼の物は私の物であるから気にしないで欲しい。
「ほぉら、ヌクミズ。ここが新しい家だよ」
「にゃぁ」
頭に独特な模様がある猫を抱っこして屋敷に帰ってきた。
この子はヌクミズ。
スラム街での唯一の友達である。
帰った途端、使用人たちにヌクミズは没収されシャワー室へと連れて行かれた。
「あ」
「お嬢様のご友人の汚れを落としている間は、こちらをお供に」
手がお留守になった私にぬいぐるみの猫ちゃんを渡してくれる男装メイドさん。
ここの使用人は全員異性装をしており、男性はメイド服、女性は執事服。
彼女はその中でも男装がよく似合っており、なんちゃら塚歌劇団のような美しさがある。
「ありがとう。ルビー」
「このくらい。主様とお嬢様の為ならば」
「ぬいぐるみはルビーが作った子?」
「ええ。そうです」
「えへへ、可愛い」
「か、かわ。──暇つぶしで作っているものです。もし要望があればなんでも作らせていただきます」
気恥ずかしそうに頭を下げるルビー。
男装メイドが暇な時間可愛いぬいぐるみを作っているなんて、なんだかギャップが良い。
「やった。……あ、でも忙しいのに頼めないかも」
「それが忙しくないのです! 主様は使用人に一切命令をしてくださらない。最低限の家事のみで給金をいただくのは心苦しい。お嬢様からも言っておいてください」
「夜ベッドに呼ばれちゃうかもよ?」
「どんとこいです」
キリっとなに尻軽なことを口走っているのだ。
オルフェのベッドはスティが占領してるから空きはない。
といっても寝込みを襲ってもいなされるのだけど。
「なんかオルフェ、まだ使用人の全員を信用しているわけじゃないみたいなんだよね」
「──我々に至らない点が? おっしゃっていただけましたら、改善を」
「いやね、サファイア伯爵がヨモツヘグイの犠牲になったでしょ? あの時の置手紙に『私の名を使い、愛しの名探偵を呼びつけた無礼者に鉄槌を』って書かれてたから疑心暗鬼になっちゃって」
「……と言いますと?」
「口をすべらせ過ぎだぞスティ」
中庭を歩きながら話していた私たちの横からぬっと現れるオルフェ。
右手にはティーカップ。
左手にはマカロン。
お供には執事長のセバスチャン。
可愛らしいフリフリだらけのメイド服を着た筋肉隆々の初老の男性。
「ずるい。私もお茶会する」
「オ、 主様。失礼しました。ご本人から聞くべきことをずかずかと」
「まあいいさ。使用人の中でも信用出来そうなのはセバスチャンとお前だしな。こっちこそ『使用人を疑ってる』なんて聞いて不快になっただろう。すまない」
「いえ、そんなことは」
私は紅茶をぐびっと飲む。
よくわからないけど高そうな茶葉だ。
「なんて紅茶?」
「アールグレイでございます」
「スティの話を引き継ぐが、俺は確かに殺害予告を受けたと伯爵に手紙で呼びつけられた。しかしその文面にはヨモツヘグイなんて文字はなかった。屋敷に来てから耳にしたわけだ。だから『私の名を使い』と知っているのはあの瞬間に屋敷にいた人物だけだ」
「なるほど。手紙にヨモツヘグイとあれば、第三者が郵送過程で手紙を確認した可能性がありますが。それはない」
「その通り。なかなか話が分かる」
「ルビーは使用人の中でもミステリー好きですので。オルフェ様が新たなご主人様となって一番喜んでいるのが彼女ですよ」
「し、執事長!」
顔を真っ赤にさせるルビー。
男装している人物の乙女の表情。
スティでも少しむらっとした。
マカロン可愛い。
あ、猫の形。
おいしっ、うまうま。
「犯人は分かっているんだ。俺が思うにディップ事件の第一発見者、あの遺書のなぞなぞを解いていた使用人だろう」
「ガーネット、ですね」
「サファイア伯爵は使用人たちの信頼も厚かったと聞く。全員の知性を把握し、彼はディップだけがなぞなぞを解けると考えたためにあの犯行に及んだわけだが、ひとりだけ解いてしまった。伯爵の予測を超えた人物だ。実力を隠していたんだろう」
「確かにガーネットはあの事件以来消息不明です。…… 主様は彼女はヨモツヘグイだと?」
「そこまでは言い切れないさ。ディップの遺体を目にした時うろたえていたから殺人経験はないと思う。言うなれば、ヨモツヘグイの関係者。彼女がヨモツヘグイに報告し、サファイア伯爵は標的になった」
ルビーは息を飲む。
流石に同僚が犯罪者の手先だと知って、絶句してしまったのだろう。
「流石です。 主様」
──違った。
オルフェの推理に感激していただけだった。
瞳がキラキラしている。
「マカロンおかわり」
「スティ様。夕食が入らなくなるのでそのくらいに」