エピローグ 深淵を覗く者たちよ
サファイア伯爵は息子殺しの罪で拘束された。
──全ポイントと所有している土地、芸術品などもろもろ探偵オルフェ・コクトに相続してから。
その条件は使用人をひとりもクビにしないこと、異性装の館を潰さないこと。
そして必ずやヨモツヘグイを捕まえること。
伯爵自身ヨモツヘグイに恨みがあるとかではない、自分が作り出す混沌という芸術は秩序の世界で生み出されてこそ魅力があるのだと。
だから混沌を感染させて膨張していくヨモツヘグイが許せないのだと。
今回の事件の動機はそれを入れてふたつだろう。
後は亡くなった後に息子ディップが自分の生きた功績を全て汚してしまうという恐怖。
屋敷も芸術品も価値も分からぬコレクターたちに売られていく。
自分が家族のように大切にしている使用人たちの首を容赦なく切っていく。
殺人での死は確か無くなったが、病死や老衰は未だに存在している。
人間たちが望んでやまない不老不死の夢は遠い。
日に日に老いていく自分を見て今回の犯行に至ったのだろう。
息子に殺されるくらいならば、と。
オルフェが謎を解いてさも当然そうにしていたが、結局のところそれも〝保険〟だったのかもしれない。
ディップの遺体が見つからなければ平気な顔で自分だけ生き返っていたことだろう。
「ディップ。てきぱき働け。本来追い出されるはずだったバカ息子を使用人として雇ってやるんだから」
「うるせぇ! てかなんでメイド服なんだコラ!?」
「えへへ、似合ってるよー。なんか輪郭も不思議としゅっとしたんじゃないかな」
「するかよ、バーーーカ!」
本来この屋敷の主人の息子であったはずのディップは現在メイド服を着せられ羊毛のほこり取りのはたきを持たさせられている。
だが追い出されて路頭に迷うくらいならばと苦虫を嚙み潰したような表情で働いている。
放送禁止用語の連続。
「お前はどうするんだ。ミサムネ」
「どうするって、当然クリスティ探偵保険会社に帰るよ。君のせいで報酬はまったくないけどね。……まあ、探偵の王様に会えただけでも良しとするよ」
「くるしゅうない」
「調子に乗らないでくれ。じゃ」
「ミサちんもオルフェと一緒に働けばいいのに。この屋敷、私たちふたりと使用人さんたちだけでも大きすぎるし」
ユースティアの言葉を聞いて帰ろうとしていたミサムネの足が止まる。
数秒息を飲み、ひとつ大きく息を吐く。
それからミサムネはふたりの方を向いて。
「考えてはおく。それからちびっこ。オルフェがヨモツヘグイの事件に関わる時、必ず僕を呼んで欲しい。今回の事件でよく分かった。また周りが見えなくなるほど執着して真実を見失うかもしれない、──その時は僕が代わりに犯人を指さすよ」
「あらやだ、惚れてまうやろ」
オルフェのテキトーな返しに呆れた微笑みを見せた。
ふたりはミサムネの背中を見送る。
見た目は清楚系美人な女子高生。
次回は女装ではなく、美少年として現れるとしたら心惜しくもある。
見送りを終えて、屋敷を見て回る。
あまりにも大きく、やはり不思議な世界観。
「オルフェオルフェ! 映画館ある。すっごいの!!」
「どうせ家庭用シアターだろ。……って思ったのに本当に映画館じゃないか!」
「ね! なんか観よ」
「って言ってもどうやって。執事長にでも聞くか」
「いかがなさいましたか」
名前を出した途端に後ろから現れるセバスチャン。
ふたりは突然のことでぎょっと身体を引く。
「このシアターを使いたいんだが。なにか観れるか」
「なんでもございますよ。別室にご主人──失礼。サファイア伯爵のコレクションがございます。映画、ドキュメンタリー、ライブ映像、それからテレビ放送、お好きな物を」
「じゃあスティ、探してきてくれ。その間はひとりでニュースでも観ている」
「おっけー。待っててね」
「かしこまりました」
オルフェは映画館の真ん中座席に腰掛け。
ニュースを確認する。
小声で(ポップコーンでもあれば最高なんだが)と呟くと男装メイドが急に現れ手渡ししてくれる。
プロ過ぎて逆に怖い。
「おっまたせー。猫映画にしたよ。泣くんじゃねぇぞ」
「は、泣き映画で泣くのは負けだろ」
「お。言ったな。……てかさ、映画探してるときにポイントウォッチャーが光ったんだよね」
「どっち?」
「黒い方、ヨモツヘグイの。でもポイントは変わってないから、誰かが殺されたとかでは──」
『緊急速報です! 先ほど逮捕された芸術家として知られるサファイア伯爵が獄中で殺害されました。侵入不可能な空間で遺体の近くには被害者の血で書かれた果実の絵があったそうです。紛れもなくこれは迷宮殺人の王──ヨモツヘグイの犯行だと思われます!』
「え?」
ニュースキャスターの言葉にふたりは固まる。
ポイントウォッチャーに変動が無かったのは被害者がまったくポイントを持っていなかったから。
例えば、誰かに全てのポイントを相続した人物。
『そして置手紙があり、『私の名を使い、愛しの名探偵を呼びつけた無礼者に鉄槌を』と』