ⅩⅣ 我が子を喰らえば
〝探偵〟が犯人を指させば、殺人事件での死はなかったことに出来る。
オルフェ・コクト(♂)……本作の主人公。探偵保険会社を辞め、現在フリーランス。
ユースティア(♀)……スラム育ちの少女。とあるアイテムのせいでオルフェの助手になる。
シマジ・ミサムネ(♂)……女装の清楚系高校生。クリスティ探偵保険会社所属。
『我が子を喰らうサトゥルヌス‐Saturno Devorando A su Hijo‐』。
──恐ろしい名画と言えば画家ゴヤが書いたものがまずあげられるだろう。
同一視されているクロノス神のエピソードがモチーフとなっている。
父を殺した神が自分も同じように子供に命を奪われると予言され、恐ろしくなった神は子供たちを丸飲みにしていった。
最終的には息子であるゼウス神たちによって命を奪われた。
「親殺し、子殺しなんて神話の時代からよくある話だ」
「だとしても、密室で息を引き取っていたオレにどうやってバカ息子を殺せたと言うんだ?」
「手の込んだ装置を用意しておいた。完全に死亡していることを探偵たちに確認させ、執事長に遺書を読ませる。遺書ってのは遺族に聞かせなければ意味が無い。俺たちが食事をしている部屋の隣にでも息子ディップを座らせておいたんだろう。──ディップは遺書に書かれた謎を解き、隠し部屋を見付けた。しかしそこには毒矢が飛ぶ仕掛けがあり死亡した」
「ちょっと待ってほしいオルフェ。僕もそれで異論はないんだけど、あの息子が複雑ななぞなぞを解けたとは到底思えない」
ミサムネの疑問はもっともだ、とユースティアも深く頷く。
ユースティアが全く意味の解らなかったものをなに不自由なく生きて来た生意気ぼんぼんに分かるわけがないのである。
「ディップは謎解きが得意だったか、日常会話に謎の答えを伝えていたんじゃないのか?」
「確かに……神話や惑星の知識を与えていればそう難しいことでもないね」
「お前の殺人の意図はこうだ。まず自分が密室で死ぬ。殺害予告が来ていたと偽れば調査も長引くだろう。──そして遺書の謎解きで被害者を呼び出し、前もって用意しておいたカラクリで殺害する。本来あの隠し部屋に遺体は置いて行かれ、誰の目にも留まるはずはなかった。探偵たちはお前だけが死んだ密室事件ととらえる」
ユースティアが納得したように手をぽんと叩く。
オルフェたちが密室の調査をしている時に天井が一瞬赤く光った──……。
「あ。もしかしてあれって息子を殺めたことでポイントが入った時のポイントウォッチャーの画面点灯かな。伯爵の周りは血まみれだったからその灯りが反射して赤く見えたんだ!」
ポイントウォッチャー、労働などの報酬もポイントとして腕時計のような装置。
殺人を行えば、その被害者のポイントがごっそりと自分の物に出来る。
ポイント変動時、画面が一瞬点灯する。
ミサムネは興味深そうに頷いた。
「それってつまり、故人でも犯人判定がされるってことか。今回の件だと殺人装置なわけだけど、製作者にポイントが入るんだね。でも拳銃とかの場合は使用者なわけだけど……」
「その境界線が分かりにくいが、殺意があったかどうかだろ」
オルフェたちの話を聞いて小さく拍手するサファイア伯爵。
満足だとでも言いたげに笑っている。
「僥倖僥倖。オレの事件によって人類は謎の装置をより深く理解することが出来たわけだな。いやぁ、意味はあった」
「なぜそう勝ち誇っていられる? 事件は解決した。君は拘束される。そもそも息子の遺体が見付らなかったとしてもどうだっていうのさ」
「仮にそのまま俺たちが事件を解いたら伯爵だけが生き返る。自殺事件だ、罰金はあるものの刑罰はそう重くない。釈放されればここに帰って来て、息子の遺体を腐るの待てばいい」
「なんでそこまで自分の息子を……」
「くはは。顔も思い出したくない女との子供ってのもあるが、あのバカ息子ははっきりと『テメェが死んだらこの異性装の館は潰す』なんてのたまいやがった。それはダメだぜ。ここはオレたちの王国だ」
「なるほど。事件解決出来なくても遺体保存施設にいる間は保険でここは守られるわけだな」
「その心配はしていなかったさ、なんせ──」
サファイア伯爵の言葉を阻むように走る足音が向かってくる。
事件現場だった作業部屋に怒号を発しながら入って来たのは第二の被害者ディップ。
無事に彼も生き返っていたようだ。
「クソ親父ッ! よくもオレを殺しやがったな。この死にぞこない!! もう一度、あの世を──ぐはっ!?」
自分の父親に殴りかかろうとした息子は女子高生(偽)に腕を掴まれ背負い投げさせられてしまう。
「ちょうどいい所に来た、バカ息子。オレの後継者はお前じゃない。謎を解き財宝を見つけ出したこの青年。名探偵オルフェ君だ」
「はあ!?」
全員が啞然としている中、ユースティアだけが目をキラキラさせていた。
オルフェの物になるということはユースティアの物で相違ないのである。
「いやなに、オレは世間に恐怖をまき散らしているヨモツヘグイという犯罪者が許せなくてな。混沌で金を稼ぐのはひとりでいい。そいつを倒す資金源にでもしてくれ。──ただし、ここは潰してくれるなよ」
その言葉にオルフェは苦笑いで返した。