Ⅻ ゾウノクビ
〝探偵〟が犯人を指させば、殺人事件での死はなかったことに出来る。
オルフェ・コクト(♂)……本作の主人公。探偵保険会社を辞め、現在フリーランス。
ユースティア(♀)……スラム育ちの少女。とあるアイテムのせいでオルフェの助手になる。
シマジ・ミサムネ(♂)……女装の清楚系高校生。クリスティ探偵保険会社所属。
オルフェ、ジャンプ。
ひょいっと。
「よっ、俺のことちゃんとキャッチしろよ。スティ」
「ちょっと! なに考えてんのぉ!? ──ふきゅっ」
キャッチというよりもクッションになってくれた。
およそ一般的な家の二階ベランダから庭までの高さ。
しかしユースティアの運動神経が思いのほか良かったのか、ふたりとも無事である。
「君たちはバカなのか? 上り下りする仕掛けがあるのになんで使わない」
「その隠しエレベーターには遺体も転がっているぞ」
「どうせ生き返えらせるんだから気にしないでいいじゃないか」
「お前にはもう犯人指定権はないけどな。ミサムネ、自分の事件じゃなくなったからってテキトーになってるんじゃないのか」
「やだな。僕はずっと真面目だよ。自称シャーロック・ホームズの推理を聞きたくてうずうずしているんだから」
屋敷の隠しギミックを使って地下へ降りてくるミサムネ。
その姿をしたから凝視するふたり。
残念なことに光の加減でスカートの中は見えない。
しかしオルフェは「レースの黒色だ」とユースティアに耳打ちした。
「ふたりはなんでずっと喧嘩してるの?」
「単にミサムネが俺の称号にケチ付けてからんでくるだけで、喧嘩じゃないさ」
「……別にからんでなんか」
ユースティアの悲しそうな顔を見て目をそらすミサムネ。
確かにプロとしてあるまじき行動をしていたかもしれない。
これは仕事だ。
称号どうこうは今は目をつむろう。
「それよりスティ、お前はあの男を殺してないんだよな?」
胸に巨大な針のようなものが突き刺さった男の遺体。
サファイア伯爵の息子ディップ。
「ん。どゆこと」
「分かった。そのはてな面はやっていない。じゃあ、なにか見ていないかな? 君がここに降りたすぐに遺体は上に戻り発見されているわけだけど」
「ううん。私が下りたすぐにあの動く床が上がっていったからなんにも」
ミサムネは地下の様子を観察する。
四畳半ほどの空間。
周りには首から上がない像とその逆にはお供え物のように宝石や彫刻品が山積みになっている。
宝石と言っても偽物の作り物。
像の横に〝妻の怒りを鎮めなければ。真珠を与えたが彼女はもう持っていた。〟と書かれている。
またしても謎解きである。
「今度は随分と簡単ななぞなぞだな」
「そうだね。……僕も事件の大まかな真実は分かったかも」
「え……ええ? ふたりは分かるの。うーん、怒りを鎮めるってのは実は〝碇を鎮める〟ってことで海とか船に関係してるとか。このタコの形した石。──違うか」
「そういえばサファイア伯爵の奥さんには会っていないが、離婚か?」
「うん。そう聞いてるよ。なんでも怒ったらすぐ手が出る人だったらしくてね、彼の作品を傷付けることが多かったらしい」
「なるほど。まさしくだな」
探偵たちだけが納得してふたりだけの世界に行ってしまう。
相手にされないユースティアはムスッとした顔でふたりの間に割り込む。
「ねー! 私にも分かるように説明してよ! 仲間はずれやだやだっ」
オルフェの背中に乗りじたばた。
「ええい、うっとうしい! 答えはもう被害者がすでに解いて足元に落ちてるだろ」
「足元……あ、ゾウさんの頭」
落ちた衝撃か、少し割れているゾウの頭の石像。
これを見てもユースティアはなんのこっちゃ分からない。
ミサムネの顔を見て説明をねだる。
「文章には『真珠を与えたが彼女はもう持っていた。』ってある、これは存在や名前が真珠に関係しているってことだよね? それに首から上がないといえば──」
「パールヴァティーの息子、ガネーシャだ」
「誰それ」
「ヒンドゥー教の学問や商業の神様だよ。ガネーシャは父シヴァとの言い争いで首をはねられた。母パールヴァティーはそれに激怒し、首を探してくるよう命令したけど見付らずシヴァはそこら辺のゾウの首を持ってきて息子にくっつけたって話があるんだ」
「ふーん。まあ、謎は解いたわけだし財宝は私達の物ってことで良いじゃないかな」
説明を聞いてみたがよく意味が解らなかったからなんとな頷く。
そんなことより財宝である。
「いや、それはないだろうな。ゾウの頭を身体にくっつけると首元の糸が切れて仕掛けが作動する。そして像のへそから吹き矢のように針が出た。へそ周りにディップを殺害したであろう毒と同じ匂いがする」
「ディップの死因はそれだろうね。本来毒で苦しんでそのまま倒れこみ、遺体はこの地下に置いて行かれるはずだった。けど仕掛けに気付いたのか避けようとした。それでも針は命中、おまけに足をつまづいて転がった。胎児の姿勢になったのは頭を守ろうとしたからじゃないかな」
「おかげで遺体は人目に触れたわけだ」
「ちょっと待って待って。展開が早いって! ……つまり?」
その戸惑いにオルフェは含みのある微笑みを返した。
「もうひとつ、ガネーシャの頭は太陽神の息子シャニの眼差しで灰になったという話もある。シャニは土星を象徴する。土星といえばサトゥルヌス。──我が子に殺されるという予言を恐れ、我が子を食い殺した神の名だ」
神話も性別もごちゃごちゃ、あべこべなのに最後は一本の線になって犯人に向かって繋がっていく。