プロローグ 蘇生推理
──西暦20××年。
ある日、人間がもっとも恐れている[死]というものが無くなった。
正しくは、殺人における死が無くなった。
殺人事件での死は〝探偵〟と呼ばれる人物たちが犯人を指させば、なかったことに出来るのだ。
──つまり被害者が蘇る。
ゾンビ映画のようにではなく、無傷で、前より健康体になって。
その為、生命保険と同じように〝探偵保険〟と呼ばれるものが設立される。
年間に払う額は安くはないが、殺人での死は免れる事が出来るのだ。
人間、生きているだけで少なからず恨みは買うもの。
保険には入っておいた方がいい。
しかし疑問が浮かぶことだろう。
そんな世界で殺人事件なんてものが起こるのはおかしいではないか、と。
恨んでいる相手を殺してみせたとしても、探偵に指さされれば相手は生き返り、自分はかつての世界と同じように罪を償わなければならないなんて割にあわない。
──けれど見返りがあるとしたら?
探偵を出し抜き、未解決事件にし被害者を亡くなったままに出来たら。
それが叶えば、大金が手に入るとしたら?
現在の金銭はポイントである。
労働などの報酬もポイントとして腕時計のような装置──ポイントウォッチャーに保管される。
衣食住の全てポイントで支払われ、銀行への振込なんてシステムはもうない。
殺人を行えば、その被害者のポイントがごっそりと自分の物に出来るのだ。
大富豪や有名人の命を迷宮殺人で奪えれば──。
しかも探偵以外に殺人犯を裁ける者はいない。
たとえ探偵でない者に事件の真相を知られようと罪に問われることはないのである。
しかし逆に犯人だとバレてしまったら、ポイントは被害者に返金される。
その数%は担当探偵の取り分である。
この割合は探偵の階級によって決まるという。
「犯人はお前だな」
奇抜な服装をしたぼさぼさ頭の男が長い腕を伸ばして指さす。
野次馬の群れが割かれ、サングラスをした中年男性がその指の先に。
「……な、なんのことだか」
「まずは被害者の状況だ。路地裏に裸姿で横たわり息を引き取っている少女。死因は絞殺。首を縄のようなもので締め付けられている。なかなかの美形で下着のみだが性的痕跡はない」
「ち、ちょっと待て。どうして俺がこんな薄汚いガキの命を奪う必要がある? ポイントだってろくに持って無さそうじゃないか。そもそもオレはポイントに困っちゃいない。なんなら確認しても──」
「ポイント目的じゃないだろ。腕や肩を強く掴まれた跡がある。逃げようとした被害者を何度も捕まえようとした。……なにかを盗まれたか? 服を脱がしてこまめにチェックしたが見付らなかった。だからすぐに逃げれば良いのに野次馬としてここにとどまった」
「なにを根拠に」
「お前だけだったよ。他の野次馬ひとりひとりじっくり眺めていたのは。もし何かを盗まれたのに、この被害者が持っていなかったのなら仲間にそれを預けている可能性がある。だから観察していた。その仲間が現れる可能性に賭けた。──それと手に縄の痕が残っているぞ?」
「────ッ!?」
「はは、嘘だ」
「い、いい加減にしろ!!」
「観念するのはお前の方だ。──探偵オルフェの名のもとに罪人の首を差し出す。この男が犯人だ」
『探偵コード001オルフェ・コクト。階級:第一席。称号:ホームズ。──承認。犯人指定。検索。──承認。この人物が犯人で間違いありません。直ちに確保します』
「──くっ! やめ、離せ!!」
ドローンのような浮遊物が犯人の周りに集まり、捕縛する。
『おめでとうございます。被害者は蘇生しました。保険未登録者のため、ポイントの全ては担当の探偵に送金させていただきます。取り返し額0ポイント、その10%がオルフェ・コクトに送金されました』
「ぷはぁ──けほけほっ」
胸いっぱいに空気を吸った。
青白かった肌には色が戻り。
吉川線も傷・痣の全てが無くなった。
肩まで伸びた髪はウェーブのかかった青。
胸は小さいがほどよい膨らみはある。
痩せ型で、背も低い、おそらく16歳そこら。
下着姿の少女は目を丸めて周囲を確認する。
「──私、探偵保険に入ってないのに。なんで生き返って……?」
「おはよう。無償で生き返らせてやったんだ。その分、カラダで払ってもらうぞ」
「え?」
生き返ったばかりの彼女には男が契約書を掲げた悪魔のように見えた。
これは殺人における死が無くなった世界の探偵とその助手の物語である──。