9 ドジっ子メイドは最早テンプレ
アリスは朝早くに目を覚ました。普段は夜遅くまで配信をしているので目を覚ますのは8時過ぎになるのが殆どであったが今日は珍しく6時過ぎだった。
それには理由があった。というのも今日は日曜日でメイドが休みである。アリスとしては毎日来て欲しいのだがそれは労働基準法として不味いので日曜日はお休みにしている。
以前ならばメイドの数も多かったのでシフト交代でずっといたが今はまだ3人だけなのでやむなしである。
アリスは身支度を済ませるとキッチンへと向かい黒雪が作り置きしてくれた料理をそのまま食べる。
黒雪曰く
『レンジもIHも絶対に使わないでください』
とのこと。最早信用の欠片もない。
実際アリスならばレンチンだけで爆発させる可能性すらある。特に黒雪の料理には卵を使った料理も多いので彼女ならばやりかねないだろう。
厨房には大きな張り紙で『アリス様使用禁止』までされている。
これを見た栗狐と猫白は盛大に爆笑したがそれだけアリスが料理音痴なのだ。
アリスは朝食を食べながらスマホを確認していると1つの通知に目が行った。
それは求人募集の通知だ。彼女は飛び上がるようにして即座に返信をした。
それから連絡が来て昼過ぎに面談が決まる。アリスはガッツポーズをした。順調にメイドが増えているのでご満悦な様子。
彼女は急いで朝食をかき込んで面談の準備に取り掛かった。(とはいっても殆ど何もしていないが)
※正午※
アリスはそわそわしながら庭の湖の前をうろうろしていた。
「次はどんな人が来るのかしら。そろそろまともな人が来て欲しいのよね」
まるで今までが普通ではない言い方だが、まぁ普通ではないだろう。
だがそれを言う資格が彼女にあるかは疑問でもある。
そんな時、騒がしいエンジン音と共に山道を一気に駆け上がってバイクが屋敷の前に飛んで来た。ドリフトしながら格好つけて止まろうとするも失敗して転倒する。が、乗り手はまるでそうなるのを予測していたように身軽に脱出して受け身を取っていた。
よくみればバイクは傷だらけで年代物のように使い古された感ある。単なる傷だけならば悲しいものだが。
転んだ彼女はバイクを手慣れた手つきで起こして停めるとフルフェイスを外した。
そして真っ赤に染まった長い髪が露わになり優雅に翻している。アリスは門を開けると彼女と目が合い、相手はニコッと微笑んで見せた。
クールな雰囲気を見せているが先程転んだのをアリスは見ている。
「あなたがアリスさんですか?」
赤い髪の女性が尋ねた。
「そうよ。あなたが募集に来た、ええと?」
「紅葉です。本日はよろしくお願いします」
ぺこりとお辞儀をする。アリスは悪くない人だなと思いたかったのだが何せ第一印象がバイクから転倒した人なので微妙な顔をせざるを得なかった。
「さっき転んでましたけど怪我はしてません?」
「あー大丈夫です。よくあるんです」
それはそれで不味いと思ったが何も聞かないことにしたアリスだった。
「それじゃあ中に入ってくださいませ」
「本当に山奥に屋敷があるんですねー。いやー、感動しました」
紅葉は目を輝かせて一面を眺めていた。日本人ならばこうした洋風な建物は珍しくも映り、それに山奥にポツンとあるならばそれは幻想的でもある。
アリスはエントランスのテーブルに腰を下ろして彼女も座らせた。客室まで案内しようと思ったが誰もいないのでどこで面接しても同じと考えたからだ。
紅葉はアリスに履歴書を渡すと、彼女はそれをまじまじと見る。
「ふむふむ。へー機械工学系が得意なのね。資格も沢山あるわ」
アリスは素直に感心した様子で話した。黒雪もエリートであったが彼女もまた別の意味で優秀な学歴を持っていたのである。
「でもこんなに資格があるのにわざわざここを選んだの?」
アリスの疑問はもっともだ。そういう資格があるならばそれを活かした仕事に就いた方が給料もよい。難しい知識を必要としないメイドを目指す理由が分からなかった。
すると紅葉は視線を泳がせていいにくそうに口を開く。
「えーと。実は前の職場がクビになってしまいまして……」
そう言われてアリスは職務経歴を見る。確かに1週間前に退職となっていた。それだけではなく、その前の仕事も1カ月ほどで退職となっている。
「仕事を転々としてるんですね。何か理由でも?」
「えーまぁ、はい」
紅葉はごにょごにょと口を濁すだけだった。アリスは嫌な予感がしたが今は流すことにした。
「それと家事の経験ってある?」
「1人暮らししてるのである程度はできます」
それを聞いてアリスは安堵する。とりあえずは栗狐のように戦力外ではないのは確かである。
「分かったわ。採用」
「えっ、そんな簡単に決めていいんですか?」
「まぁね。私の家だし私が決めて当然でしょ?」
本音は人手不足故に1人でも多く欲しいというだけである。
すると紅葉は勢いよく立ち上がってお辞儀をした。
「ありがとうございます!」
と言ったのだが頭を机に思いきりぶつけている。
ゴンッ大きな音が鳴ったのでアリスが心配そうな顔をした。
だが紅葉は冷や汗をだらだら流して机を擦って、下にもぐって傷がないかチェックしている。
「えーっと、大丈夫?」
「申し訳ありません! 机に傷が!」
アリスは紅葉を心配したのだが彼女は机の心配をしたようだ。
「あーそれくらいならいいから気にしないで」
「寛大な心に感謝します!」
「それじゃあメイド服の採寸もしたいから更衣室に案内するわ」
アリスは紅葉を更衣室に案内した。
「1人でメイド服着れる?」
「はい!」
元気よく返事をして中に入って行ったのだがアリスは微妙に不安だったがその不安はすぐに的中した。直後に個室の中からビリリという嫌な音が響いたのである。
同時に紅葉が下着姿で出て来てその場に土下座した。隣には破れたメイド服が置かれてある。
「あーサイズが合わなかったのね。それなら仕方ないわ」
アリスは替えのメイド服を持って来た。心配だったので服を着せるのを手伝ってあげた。
「あの。本当に申し訳ありません」
「いいのいいの。誰にだって失敗はあるわ」
そうして紅葉がメイド服を着るとそれは見事な西洋ファンタジーに出て来そうな可憐なメイドとなった。赤い髪が真っ白なメイド服を照らしまるで太陽のような存在だ。
アリスは無言でスマホを取り出してシャッターを切った。
「これでチャラね」
ここまで美しいメイドが来たならばメイド服の一着程度安いもの。
「そうだ、せっかく来てくれたのだから屋敷を案内しておくわ。明日来てバタバタすると大変だろうし」
「ありがとうございます」
そんなわけで早速廊下を歩いていたのだが……。
ゴン
紅葉の肩に何か当たった。そして次の瞬間に壺が盛大に割れる音がした。
床には破片が飛び散っていた。紅葉は顔面蒼白となっている。
「だっ、大丈夫!?」
「大丈夫じゃない! 壺が割れた!」
「まっ、まぁいいわよ壺くらい。その壺邪魔だなーって思ってし」
実際彼女自身も何故廊下に壺が置かれていたのかも分かっていなかった。屋敷が建てられた時に一緒に置かれたのだろうか。
しかし紅葉は急に懐から短刀を取り出したのでアリスの目がギョッとする。鞘を抜けば刃が輝いているのでまさしく本物だ。
「やはり私のような無能のゴミは死んで詫びるしか……!」
今にも切腹しそうな勢いだったのでアリスが慌てて短刀を奪い取った。
「そこまで思い詰めないで!? 本当にいいから!」
「ですが推定価格数百万の損害は……。やはり死んで生命保険で払うしか……!」
「自分の命を大事にして!? お願いだから! あとこの壺そんな高価じゃないから! この前百均で買った奴だから!」
「百均……?」
「そうなの! だからこんな簡単に割れたのよね~。数百万の壺ならこれくらいで割れないわよー。あははー」
実際はそんなわけではないが紅葉が異様なまでに思い詰めていたのでアリスが咄嗟に嘘を言ったのである。だが紅葉はアリスの言葉を信じて頭を下げた。
「本当に申し訳ありません。えっと掃く物は……」
「これくらい私が片しておくから」
「いいえ! メイドになるものとして掃除もできぬようではだめです!」
「そ、そう? じゃあ任せるわ」
しかし不安だったアリスは紅葉を終始見守っているのだった。
それで何とか破片の処理が終わって一段落となるも紅葉は肩を落としている様子だった。
「すみません。私、昔からそそっかしくてよく物を壊したりするんです。それで会社の備品なども壊してクビになるんです」
それはアリスも何となく予想していた。
「まぁまぁ。紅葉に悪気があるわけじゃないし、それに仕事は1人じゃないから大丈夫よ。他に3人もいるのよ! 今日はお休みだから来てないけどね」
「ユキ先輩や狐先生ですよね?」
「あれ、知ってるの?」
「同じアパートに住んでるんです。皆でランクル乗って山へ向かうから分かりますって。それにここを推薦してくれたのも狐先生なんです」
「それって栗狐よね?」
紅葉が頷く。
「失敗ばかりする私ですけどここの主人は優しいからって言ってくれて。家事もできない儂ですら大丈夫じゃったんじゃから其方も大丈夫じゃって背中を押してくれたんです」
「へーそうだったのね」
栗狐が来てまだ1月にもならないが陰でそう言ってくれているのはアリスにとっても嬉しかった。
「これからよろしくね、紅葉」
「こちらこそお願いします」
不器用ではあるものの悪い人ではない。ならば断わる理由がアリスにはなかった。