8 確信犯でしかない
「ほわぁぁぁぁぁ! これはゲーマーの理想郷そのものじゃん!」
休憩となって猫白の希望で全員がアリスの配信部屋へと入っていた。
完璧にまで揃えられた機器を前にして猫白は1人騒いでいた。
『ここは?』
黒雪が部屋の奥に設備されている小さな壇上を指さした。数々の音響道具も揃えられていている。
「そこは歌枠で使うステージね。因みに歌ってる時は目の前にスクリーンを下ろせるのよ。当然PCの画面が映ってね。アレクサー、スクリーン下ろして」
アリスがスマートスピーカーに呼び掛けると部屋の天井からスクリーンがゆっくりと下ろされてきた。それを見たメイド達のテンションは更にあがる。
「やっば。AIまで搭載してるのかよ! 最高の家じゃん!」
「どうじゃ! すごいじゃろう!」
と何故か栗狐が威張っている様子。
屋敷を建てるとなった時、アリスはとにかく配信を第一に考えていた。なのでこの配信部屋の性能は他の部屋とは比べ物にならないほどに多機能となっている。
それだけ彼女にとって配信活動とは人生そのものである。
「よーし、早速ゲームさせてもらおー」
猫白が勝手にPCを起動させてマウスを動かしていた。
「お。アリス様って配信もしてるの?へー。てことはツベツベかなー」
猫白の勘は鋭かった。そして勝手に彼女の配信画面を弄っていたがアリスは気付いていない。
『アリス様の歌が聞きたいです』
「黒雪って歌枠の時最後までいるわよね」
『アリス様の歌は世界一です!』
「そんなに褒められると照れちゃうわ」
『一曲披露して欲しいです』
「そ、そう? ならせっかくだし……」
アリスがマイクを用意しようとチラリと猫白の方を見た。その先のPCの画面にはこともあろうか配信の画面となっていたのである。アリスは声にもならない悲鳴を上げた。
「おお? 変な所押した?」
「儂に聞かれても困るのじゃ」
【ゲリラ配信?】
【アリス様じゃない?】
【新人メイド?】
【かわいい】
【イモムシちゃんだ】
【事故ってるwww】
【事故配信きた!】
【さっきアリス様の悲鳴が聞こえたぞwww】
コメントが既に盛り上がりつつあって、猫白と栗狐はノリノリでピースをしてる始末。
アリスは大慌てで走ってきて猫白を椅子から引きずり下ろした。
「いったーい! 暴力反対―。パワハラで訴えるよ」
「どの口が言ってるのよ! ていうか勝手に配信始めないでよ!」
「いいじゃんいいじゃん。どうせゲームするなら見てもらった方がスパチャで稼げるじゃん」
【めっちゃ俗っぽいwww】
【これまた癖のあるメイドだwww】
【猫耳かわいい】
【名前知りたいー】
【またアリス様振り回されてるwww】
アリスは酷い頭痛に襲われたがここで配信を切るのもやぶさかだったのでアドリブで乗り越えようと決意する。
「ハロハロワンダー! ちょっとトラブルがあって飼い猫のダイナが勝手にPCを触っちゃったの!」
アリスは猫白に耳打ちをする。が本人は分かってなさそうだ。
「不思議のアリスくらい知ってるじゃろう? ここでは儂らはあそこの住人になるのじゃ。因みに儂はイモムシじゃ」
「へー。似合ってんじゃん」
「じゃろう?」
【明らかに今の皮肉だろ】
【イモムシちゃん強い】
【イモムシの才能がある】
「えー、だったら私チェシャ猫がいいー」
「お黙りダイナ! あなたをそんな風に育てた覚えはないわ!」
アリスが猫白の頭をペシペシと叩くが本人はマッサージ気分でノーダメージなようだ。
「はいはい。アリス様の要望ならダイナで我慢しますよ。にゃおにゃお」
猫白が満面笑みのスマイルで猫の真似(猫だが)をする。
【かわいい】
【かわいい!】
【天使だ!】
【キュート!】
見事なまでの可愛いコールが流れて行く。アリスは猫白が本当に引きこもりなのか疑わしく感じる。
だがこの様子ならば余計な発言まではしないだろうと思った。
【後ろに映ってる子も新しい子?】
【あ。本当だ】
【全然気づかなかったぞ】
そうしたコメントが流れたのでアリスが後ろを振り返ると黒雪が画用紙で顔を隠して微動だにせず立ち止まっていた。あがり症の彼女に配信活動は言語道断。
アリスからすればこれくらいの方がまだ可愛いとすら思ってしまう。
そんな黒雪を見て栗狐がゆっくりと歩いて行き彼女のポケットからマジックを取り出して画用紙に大きくスペードを描いた。
「これでよし」
「何が!?」
意味が分からずアリスが突っ込む。
「あやつはトランプ兵じゃ。故に命令なくして動けぬのじゃ」
【イモムシ、ダイナと来てのトランプ兵】
【毎回チョイスが変過ぎるwww】
【素顔見たいー】
コメント欄は大盛り上がりしている。一部ではやらせではないかと疑っているものの、アリスの反応からもそれは否定されていた。
「ねぇねぇアリス様―。私ゲームしたいー」
猫白が上目遣いで訴えている。アリスは考えたがこのまま好き勝手させるよりはゲームをさせていた方がマシと思った。
「いいわ。じゃあこれで」
「おっけー。うわ、ランクひくっ!」
猫白が素でドン引きするのでアリスは拳を握るもぐっと堪えた。
「これって2年くらい前のゲームでしょ? 未だにビギナーランクとか信じられないんだけど」
【めっちゃ毒舌ww】
【アリス様の所のメイドは癖が強い】
【ていうかうますぎ!】
【え、今のなにしたの?】
【うわ、もう終わった】
「わたし、このゲームシーズンランキングで3位まで行ったことあるからね。ていうか過疎ってますなー。アリス様―、わたし違うのしたいー」
【もう飽きたのかwww】
【これだけ実力離れてたら楽しめないと思うわ】
【猫って感じがする】
「休憩はおしまい! さっさと仕事してきなさい!」
「えーやだー! もう掃除終わったもん!」
「儂も働く気がしないのー」
「つべこべ言わない!」
アリスは猫白と栗狐を無理矢理追い出して扉を閉めた。
が後になって黒雪も残っているのに気付いた。
「くろ……じゃなくてトランプちゃんも行っていいわよ?」
だが黒雪が画用紙ごとぶんぶん顔を振っている。
それで何かを説明しようと画用紙に文字を書こうとしているが顔を隠しているせいで何を書いているかさっぱりである。
見かねたアリスが配信をミュートにして中断した。
「もう大丈夫よ」
それを聞いて黒雪はほっとして画用紙を下ろした。顔を真っ赤になっており今にも爆発してしまいそうである。
アリスの配信をよく知っている彼女だからこそどれだけの視聴者に見られているのかも分かっている。故にこの反応はある意味正しいとも言えた。
「あのバカのせいでごめんね?」
黒雪は首を振った。そして画用紙に
『アリス様と一緒に映れて嬉しかったです。夢が叶った気分です』
それを見てアリスは静かに笑うと黒雪もニコニコとした。
「それじゃああなたも仕事に……」
アリスがそう言って指示を出そうと思ってPCの画面がちらりと目に入る。
何故かそこではコメントがいくつも流れているのである。
ミュートはあくまで音声を止めただけである動画自体は映ったままだ。つまり黒雪の素顔も普通に映ったのである。
【素顔かわいい!】
【めっちゃ好み】
【照れ顔可愛すぎないか】
【アリス様のメイド皆レベル高い】
「ごめん。ちゃんと切れてなかったわ……」
「~~~~~~~~~!!!!!!!」
黒雪は叫びも上げずにだが必死さが顔を出て物凄い速さで部屋を出ようとしたのだった。
だが特別な扉なので彼女が必死に扉を押そうとも開くはずもない。
涙目の彼女はドンドンと救いを求めるように何度も扉を叩き続けた。
アリスは思った。やはり台本がなくては放送事故にしかならないと。
この出来事は第二のドンドン事件として語り継がれたとかないとか。