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6 主人は無知故メイドに扱われる

 朝の7時過ぎ。山道は朝焼けが木々の隙間から照らし付け緑黄植物が輝いていた。

 舗装もされていない砂利道を2人の女の子が歩いている。


「ふーむ。しかしこの道を歩くのは毎度大変じゃのう」


『毎日歩いて健康的』


「ユキはストイックじゃのう。儂は歳故に疲れたのじゃ。アリス嬢に頼んでモノレールでも設置してもらおうかのう」


 無論そんなわがままが通るはずもないが、それだけアリスの住む屋敷は人里から離れ過ぎていた。片道1時間を毎日続けるのは中々の拷問である。


「ユキは免許を持っておらぬのか?」


『持ってますけど車は持ってません』


「そうかそうか。よし、ならばアリス嬢に頼んで車を買ってもらうのじゃ!」


『えぇ!? 無茶ですよ』


「ただでさえ仕事の人手も足りていないのに従業員の配慮がまるでないのじゃ。これくらいしてもらわないとわりに合わないのじゃ」


 一見筋が通ってそうに見えるが結局は自分が楽したいだけである。


『人手不足の方も深刻ですよね』


「じゃのう。結局昨日も屋敷の一階を掃除しただけで終わったのじゃ」


『新しい人が来てくれたらいいですけど……』


「すぐに来ないじゃろうな。儂にツテがあるがまぁそれは奥の手じゃ」


 そんな雑談を交えていると案外早くに屋敷に到着するものである。

 黒雪(くろゆき)は自分の口で話せないだけでコミュニケーションが取れないわけではない。

 栗狐(りこ)も大家として長年一緒に過ごしていたので彼女をよく理解していた。


 屋敷の門を栗狐が開け庭へと足を踏み入れる。大きな池とトピアリーや花が出迎えてくれるが手入れがされていないので伸びつつあった。


 2人は屋敷へと入ると開口一番に眉を潜めた。というのも妙な異臭が鼻を刺激してくるからだ。


「ユキよ、どう思う?」


『厨房』


「うむ。急ぐぞ」


 2人はメイド服に着替えるのを忘れて早足で向かった。栗狐が部屋の扉を勢いよく開けると鼻が曲がりそうな異臭が放たれ栗狐はその場で倒れ黒雪は手で鼻を覆って何とか耐える。


 厨房の奥には金髪の美少女が机に倒れている姿があった。その隣には見るもグロテスクな料理の数々が散乱している。異臭の原因はそれだった。


「アリス嬢! 何を早まったのじゃ!」


 黒雪はすぐにアリスを抱き起して目と口を確認する。


『大丈夫。寝てるだけみたいです』


 それを聞いて栗狐は胸を撫でおろそうとするがすぐに異臭に捻じ曲げられて部屋から飛び出してしまった。黒雪は何とかアリスを抱えて部屋から脱出した。そしてエントランスのソファまで連れてそっと寝かせた。


 それから2人はマスクを着用して半時間近くの死闘の後、劇物の処理に成功する。


「一体これはどういうことなのじゃ?」


 栗狐はこれでもかというくらいに消臭剤を放ち続けて異臭を消し去ろうとしていた。

 黒雪もこれには参っていて頭を抑えている。


「あー、おはよー。来てくれてたのね~」


 呑気な主人の登場である。するとズカズカと歩いてアリスの前に立ちふさがった。


「アリス嬢! 何故自殺未遂なぞしようとしたのじゃ! そんなに自分を追い詰めてはいけないのじゃ!」


 ぎゅーっとハグをしてアリスも困惑していた。


「え、え? なになに?」


『ここに異臭を放つ劇物が転がっていました』


「あー。ちょっと夜中に小腹が空いて何か食べよーと思って料理してたらそのまま寝落ちしちゃったのよね」


 てへっとあざとい顔をするので栗狐は真顔になってアリスから離れた。


「アリス嬢。何故料理ができぬのに料理をしようとしたのじゃ! 小腹が空いたならカップ麺でいいじゃろう!」


「カップ麺はもう見たくないの! 私はフライドチキンが食べたかったの!」


「餅は餅屋という言葉を知らんのか! 出来ぬことをいきなりしようとして出来るわけなかろう!」


 栗狐も料理ができないがそれを自覚しているからこそ下手に振る舞おうとはしなかった。

 アリスは若干不貞腐れた顔をして頬を膨らませる。


『昨日の夕飯足りませんでした?』


「足りないってわけじゃないけどそのーやっぱり夜中ってお腹空くじゃない?」


 気持ちは分からなくもないという顔を2人がする。


「アリス嬢。昨日も配信でスイーツ食べておったのう。太るぞ?」


 ストレートな発言にアリスががっくりと床に倒れ込んでしまう。


「仕方ないじゃない! 美味しそうなあの子達が悪いんだもん!」


 ついには開き直ってしまう始末。


「太っては人気も低迷するじゃろうな」


『これからは私が料理を管理します。炭水化物は控えてくださいね』


 アリスはぐえーと情けない声を出して潰れてしまうのだった。


 その後、黒雪が朝食を用意したことで先程までの事件は嘘のようにテーブルに豪華な料理が並べられていく。


 おにぎり、鮭の塩焼き、卵焼き、白和え、当然味噌汁を忘れていない。

 おにぎりの横の小鉢には海苔、昆布、梅干し(種抜き)が添えられ味の変化も楽しめるようになっている。

 まさに和で彩られた朝食に西洋の育ちのアリスとはいえど生唾を飲み込んだ。


 だがアリスは1つ懸念点を抱いた。


「あれ。2人の分は?」


 用意されたのはアリスの分のみ。


「儂らは食べてきておるからな。遠慮するでないぞ」


『屋敷に着いてからは仕事ですから』


 先日栗狐が一緒に食べていたのは泊まり込みというのがあったからで通常は食べてから来るのが普通とも言える。

 そもそも長い山道を朝食抜きで歩くにはそれは過酷であった。


 だがそんな事情にお構いなしにアリスは不服そうに頬を膨らませる。


「やだやだ! 私は皆と一緒に食べたいわ!」


 子供のように駄々を捏ねる始末。元々彼女は寂しがり屋でもあった。

 だから1人寂しく食べるのに抵抗があるのである。


 すると栗狐はぽんと手を叩いた。


「ふむ。ならばここは1つ交渉といこうか。アリス嬢は儂らが徒歩でここまで通っているのは知っているな?」


「山奥で申し訳ないと思っているわ」


「故に朝早く家を出なくては始業に間に合わないのじゃ。そこから朝食を共にするとなれば更に早くする必要があるじゃろう。しかしさすがの儂も毎日そこまではできぬ。なので。アリス嬢に車を用意してもらいたい」


「は? 車?」


「うむ。車があれば片道1時間もかからん故に朝も共に過ごせるのじゃ。安心せい、免許ならばユキが持っているからな」


 何を安心するのかアリスは口をパクパクさせていた。


『山道を走行するとなったらオフロード車じゃないとダメだと思う』


「ランドクルーザーなんてどうじゃ?」


『あ~。大丈夫そう』


 外野同士で話が盛り上がってきゃっきゃしているが当のアリスは口をポカンと開けたまま放心していた。


「ちょ、ちょっと! その車っていくらするのよ」


 すると黒雪がスマホを取り出して検索にかけて見せる。その額を見たアリスはその場に卒倒してしまう始末。


「そんなの買えるわけないでしょ!?」


 資産はそれなりにある彼女だが屋敷を建てるのに大金を払っているのでこれ以上の高い出費は極力避けたかった。すると栗狐は腕を組んで難しい顔をする。


「アリス嬢。こう言っては悪いのじゃが正直ここで働く側の気持ちになって欲しいのじゃ。支払われる賃金は並、新人の教育制度もなし、それでいて交通アクセスは最悪。売り手市場の昨今ここをわざわざ選ぶ者はほとんどいないのでは?」


 それを言われてアリスはドキッとしてしまう。


『求人募集には未経験歓迎、アットホームな職場、学歴不問、軽作業のみ、週休2日制ってありましたけど変えた方がいいと思います』


「えっ、なんで?」


『ブラック企業の謳い文句だからです』


 アリスもその辺の事情を全く知らなかったので初めて理解した。とりあえず他の求人票を真似して心地よさそうな言葉を選んでいたのだ。


 アリスはとうとう床に崩れてしまう。


「これなら誰も来ないのも納得だわ。私に才能なんてなかったのね」


 そもそも彼女もまだ10代故にそこまで完璧を求めるのも酷ではある。

 すると栗狐が彼女に歩みよって肩を叩いた。


「誰しも最初は間違いを犯すものじゃ。じゃがその間違いに気付けたならばアリス嬢はこれからもっと成長できるじゃろう。あとランクルよろしくじゃ」


「分かった! 買うわ! これからはメイドのことを大切にする!」


 過去に一斉退職というトラウマもあってかコロッと落ちてしまった。

 アリスはチョロかった。


『栗狐さん。新手の詐欺みたいですよ?』


 さすがに大金を出させて車を買わせるのに抵抗がある黒雪だった。


「分かっておるよ。じゃからアリス嬢の為に新しい人材を呼ぼうと思っておる」


「栗狐~! あなたは救世主ね!」


 完全に栗狐を崇め切ってしまっていて最早洗脳である。


『今朝の話してたツテですか?』


「うむ。儂の方で声をかけようと思う。暇してたり、お金に困ってたり、就職が決まっていない奴もいるからな」


 メイド業はさっぱりな彼女であったが人脈は広いようであった。

 アリスは栗狐の名前を何度も連呼して泣きながら抱き付く始末。

 しかし黒雪は思った。料理が冷める前に朝食を食べて欲しいな、と。


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