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5 温厚な人を怒らせてはいけない

『掃除の基本は上から作業していく。上にある誇りを下に落として綺麗にするんだよ』


「ふむふむ。勉強になるのう」


 昼下がりの屋敷の廊下で2人のメイドがせっせと掃除を行っていた。


「しかしまさか其方がここに来るとは思ってなかったのう」


『私も驚きました。まさか大家さんが来てるなんて思いませんです』


「大家というのも暇でのう。近くというのもあって暇潰しに来ているのじゃ」


『近く……?』


 徒歩で片道1時間近くの道を近くと表現するには黒雪(くろゆき)の常識では考えられなかった。


「ユキも気を張り詰めるでないぞ。何かあったら儂が庇ってやるのじゃ。其方、怒られるのが苦手じゃろう?」


 栗狐(りこ)の言葉に黒雪が小さく頷く。


「儂はメイドのいろはも知らぬ素人じゃからな。何かあったら儂のせいにするがよい。メイドリーダーじゃからな」


 すると黒雪は画用紙に文字を走らせる。


『それはできません。自分のミスは自分の責任ですから』


 と栗狐の目を見て強く訴える。

 栗狐は頭を掻きながら何も言わずに窓の淵の埃をはたきでパタパタと落としていった。


 作業は順調かつ何より静かだった。雑巾掛けやモップ掛け、カーペットの上は掃除機などてきぱきと黒雪が先導して進めていた。そして廊下の一角が終わって2人は息を小さく吐いた。廊下1つ掃除をするのに2人でも半時間はかかるのだ。

 屋敷にはいくつも廊下があり、おまけにエントランスや階段、各部屋やキッチンやトイレ、他にも庭の手入れなど数え出せば切りがない。おまけにメイドの業務は料理や洗濯もあるので屋敷を2人で回すなど到底不可能に近かった。


「休憩じゃ、休憩! こんなのやってられぬ!」


 栗狐はとうとう怒り狂って叫んだ。


『で、でも仕事だし……』


「人手が足りないのは雇い主であるアリス嬢の責任なのじゃ。できなくて当然じゃ」


『そういえばアリス様は?』


「そういえばやけに静かだと思えばおらぬな。おそらく配信活動とやらじゃろう。この前ちょっとしたトラブルがあってな。その火消しじゃろう」


『あれ見ましたよ。栗狐さんすごかったです』


 黒雪はスマホを取り出してアリスの配信を確認する。するとそこにはライブ中となっていたので配信しているようだった。


「今日はスイーツ食べまーす! これ見て見てー! めちゃくちゃ美味しそうじゃない!?」


 アリスが動画内でプリンとショートケーキを自慢するように映している。

 それは黒雪が食後のデザートで用意したものだった。(団子を食べたがアリスが満足しなかった為に)


【おいしそ~】

【どこで買ったの?】

【高そう】


「ふふん。何を隠そうこれはうちのメイドが作ったのです!」


【ええぇ!?】

【イモムシちゃんって料理できなかったんじゃ?】

【一日でここまで作れるようになったら才能がヤバい】


「あー違う違う。また新しく入ってくれたメイドが来てその子が作ってくれたの。お昼も用意してくれたんだけどすっごく美味しかったの! これも絶対に美味しいわ! じゃあ早速食べようかな。んー、おいしい~!」


 画面ではアリスが恍惚な表情でプリントショートケーキを堪能している姿があった。

 傍から見れば金髪美少女の笑顔が可愛らしく映っていたが現場に立つメイドの片方が燃え上がっている。


「なんじゃこの対応の差は! 儂の時はこんなに褒めてくれなかったのじゃ!」


 これには黒雪も苦笑いするしかない。


「ぐぬぬ、儂だって色々がんばって来たのにアリス嬢は何も分かっていないのじゃ!」


 色々(カップ麺を作る)


『じゃあちょっとメッセージ送るね』


 黒雪はやんわりとフォローを入れようとメッセージを入力していたがそれを横から栗狐が奪い取ってしまう。そして怒涛の如くの入力でメッセージが送信されてしまう。


 黒雪【それが経営者のやり方なのか! 贔屓するなどあってはならない!】


 ポーンとメッセージが送信されるも一瞬で流されてしまう。人気配信者のコメントを見てもらうのは至難の業だ。栗狐は負け地と文字を送り続けた。最終的には【団子美味しい】というコメントを連投しまくる始末。


 それにはさすがのアリスも目が留まって若干フリーズする。


【荒らしいる?】

【黒雪って人やばい】

【通報する?】


「あー! ちょっと食べ過ぎてお腹壊しちゃったかも! ちょっと待っててね!」


 アリスは配信を中断して猛ダッシュする姿だけが映る。

 廊下をバタバタと走って2人のメイドの元に息を切らして駆けつけたがその先には栗狐が床に這いつくばって土下座して黒雪が腕を組んでるという異様な光景があった。


「えーっとー。何があったの?」


 アリスが恐る恐る尋ねて栗狐の耳がピクッと動いたが黒雪が栗狐の肩にポンと手を置くので尻尾が逆立つのである。


「やっぱりあれは栗狐の仕業ね。本当焦ったわ。その様子ならもう大丈夫そうだし私も配信にもど……」


 そう言って背を向けたアリスだったが背後から異様な寒気が襲った。そうっと振り返るとニコニコと笑顔を見せている黒雪の姿がある。その笑顔はおたふくのお面のような不気味さが若干ある。


『アリス様、栗狐さんをあまり追い詰めないでください。栗狐さんは未経験ですけど頑張り屋なんです。ちゃんと評価してあげてくださいね』


 今までの黒雪とは思えないほどドス黒さがあった。表情は笑っているのだが目は笑っていない。本気である。これにはアリスも恐怖で委縮してしまい手を横に揃えて「はい」と返事して始末。


 清楚で大人しいと思った黒雪だったが怒らせると大変である。

 その後、アリスは団子と蕎麦の美味しさを熱弁し続けるという奇妙な配信を再開するのだった。



 ※それから時が過ぎる※



「しかし其方にあのような一面があったとは驚いたのじゃ」


 栗狐は階段の手摺を拭きながら黒雪に話しかけていた。

 彼女からの返答はなく黙々とモップ掛けをしている。


「いや本当にさっきは悪かったのじゃ。機嫌を直してくれぬかのう?」


 それでも黒雪は手を止めずにパタパタと掃除をしている。

 さすがに無視され続けて栗狐が涙目となっていた。すると黒雪がそれに気づいて首を横に振り続ける。それでモップを放り投げて机に置いてあった画用紙に文字を走らせた。


『私も大人げなかったです。それと紙がないと話せないんです。ごめんなさい(´・ω・`)』


 律儀に顔文字まで使って自分の感情を表現している。栗狐も彼女が怒っているわけではないと知ってホッと胸を撫で下ろした。


「ふぅむ。しかしあれだけできるならば少しは喋れてもよいと思うがのう。ユキよ、実は喋れるのではないか?」


「それは私も思ったわ!」


 話し声を聞きつけてかアリスが2階から降りて来て2人の元へと寄って来る。


「全く喋れないってわけはないでしょ? ちょっと喋ってよ。あーでいいから」


 しかし黒雪は首をぶんぶん振るばかりで口を開こうとしない。

 顔も熟れたトマトのように真っ赤で先程までの振る舞いから打って変わっていた。


「それなら無理強いはしないけどね。でも1人でいる時も喋ったりしないの?」


 アリスの問いに黒雪はコクコクと頷く。

 だがそれに栗狐が首を傾げた。


「そうなのか? 前に其方の部屋から美麗な歌が……」


 すると黒雪が栗狐の背後に回り込んで口を塞いでニコニコと愛想笑いをする。


『友達を呼んでたんです』


 と弁明をする。


「ていうか栗狐、人の家に近寄って何してるの? そういう趣味でもあるの?」


「ちがわい! 儂は麓のアパートの大家なのじゃ!」


「えぇ!? あんた不動産持ってるの!?」


 アリスは大層驚いた。何せスマホすら持っていない古い人間だったので内心貧乏な暮らしをしていると思ったのだろう。


「昔世話になった者が譲ってくれてな。まぁよいじゃろう」


 栗狐は話したくなさそうに視線を逸らす。黒雪もバツが悪そうに視線を落とした。

 そのことにアリスは悪い事を聞いたなと思って髪を触る。


「誰にだって聞かれたくない事の1つや2つあるわよね。ならこれ以上深入りはしないわ」


「感謝する」


『ありがとうございます』


 あくまでメイドと主人という関係であり家族ごっこではない。アリスもそこの分別はするつもりであった。


「儂の昔話はするつもりはないがアリス嬢のならいくらでも聞いてやるぞ?」


『私も聞きたいです!』


「こんな大きな屋敷で設備も整っていながら執事も家政婦もいないというのはいささか疑問じゃったからのう」


 それを言われてアリスは冷や汗がダラダラ流れる。さすがに今までいたメイドが一斉に辞めましたなど口が裂けても言えなかった。


「わ、私にも事情があるの! さっさと仕事をする!」


 栗狐と黒雪は不満そうな顔をしながらも作業を再開するのだった。


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