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Treasure Days  作者: 舟津湊
8/10

転校、その意味(その二)

 ケンは美術部の活動は週イチに減らした。今までクミは部活が終わるのを待っていてくれて、一緒に帰っていたが、残り少ないここでの生活、さすがにそれは申し訳ないし、ケンには夕方からやることができた。



 ケンはお姉さんに連れられて、電車で隣りの駅まで行き、姉の友人、みさとさんちの小さなケーキ屋さんに向かう。


 ケーキ屋さんの名前は「みさと屋」。みさとさんからお店の名前をとったのか、お店にちなんで、みさとさんは名づけられたのか? それはいいとして、厨房が空いている時間、お店の人にクッキーの作り方を教わる。



 お店の対策は徹底している。


 厨房に入る時の手洗い消毒、服もお店が用意したものに着替える。


 アレルギー物質が含まれている材料は一切置かない、使わない。調理器具も念入りに掃除。作ったお菓子はその場で機会を使ってパック詰めする。


 クミが症状をひき起こす危険のある素材は、ケンのお姉さん→お母さん経由で、クミのお母さんに聞いてもらった。もちろんクミには内緒。


 お菓子づくりがこんなに難しいとは思わなかった。材料の計量、混ぜ方、オーブンの温度、時間、タイミング・・・予定は一日だけだったけど、結局三日間通わせてもらった。




 クッキーができてからも、まだまだ忙しい。家の中から知り合いのお家まで探し回り、ちょうどいい形と大きさの空き缶を見つける。


缶のフタに絵を描き、母からもらったガラス玉などを接着する。側面はそれらしく見えるよう、金槌と工具を使って筋状の凹凸をつける。


 そして、厚紙で小さな本をつくり、絵と文字を できるだけ丁寧に描いていく。


 ケンは作文が苦手だったので、文章はなるべく短く、シンプルに。



 残された日々、二人はわざと遠回りして下校する。


初めて出会った幼稚園。


学校の授業で行った青少年科学館。


クミが元住んでいたお家のあたり。



そして二人で仲よく親に叱られた、ケーブルカーの山麓駅のあたり。



 歩きながら、クミは、離れ小島での生活をいっぱい話した。



 島の大人がみんな仕事を休んで応援してくれた運動会。


 台風で浜に打ち上げられた巨大のクラゲ。


 テレビの取材が入った、三人の卒業式。



 ケンも、クミが転校してからの学校生活や、友だちのことをなるべく詳しく話した。


 ていうか、正確に言うと、あの子はどうしたのとか、あそこに新しいお店ができているけど前のお店はどうなったのとか、クミから根掘り葉掘り聞かれ、ケンが覚えている限り答えただけ。



 クミはまだまだ話したいこと、聞きたいことがあったみたいだけど、そろそろ時間切れ。


 遂に一学期の終業式の日が来た。



 終業式の後、担任の先生はクミを教壇上に招き、あいさつを促す。


小一の時のように、クミはまっすぐ前を向き、堂々とあいさつと感謝の言葉を述べ、深々とお辞儀した。



 クミは、クラスの女子達に囲まれながら、大きな手提げ袋を持って生徒用の玄関までやってきた。女子達はクミと一緒に帰りたそうにしていた。でも、クミは靴を履き替え、手提げに上履きをしまうと、「じゃあ、みんな元気で! 」と言って校門の方に走って行った。



 門の側で、ケンが待っている。


 女子達は、「ケン、頑張れよー」と手を振っている。


 ケンは恥ずかしそうに手を上げて応える。


 そして、照れ隠しにクミの大きな手提げを取り上げると、背後から「やさしー!」と声がかかり、恥ずかしさが倍増した。



 二人は校門を出て、駅に向かう緩やかな下り坂をゆっくり歩く。本気を出してきた陽の光を背中に感じる。



「引っ越しの方は片付いたの?」


「うん。家の中はもうほとんど空っぽ。今夜は家族で新幹線に乗る駅近くのホテルに泊まる。」


 


 ケンは、最近少し忙しくし過ぎたかも知れない、と思った。


 自分は小一の時から何も進歩がない、とも思った。


 クミから『家の中はもう空っぽ』という言葉を聞くまで、転校すること、それは何を意味するか忘れていた。いや、忙しいことにして、考えようとしていなかったのかも知れない。


 クミはもう、この街から旅立ち始めているのに。



 平和祈念像が建っている大きな交差点の前まで来ると、ケンは立ち止まった。


「寄り道。小学校に行ってみない?」


「うん、いいけど?」



 交差点を右に曲がり、市立図書館の前を通り過ぎると、二人が通った小学校の校門がある。終業式はとっくに終わったのか、あるいは、既に廃校になっちゃったんじゃないかと思うくらい、人影がなく、蝉の声だけが響いている。


 向かって右側にある、体育館の裏の細い道へ進む。クミは黙って後をついてくる。



 体育館裏の、真ん中くらいで止まり、ケンは振り返る。


「ここ、覚えてる?」



 蝉の声にかき消されそうになりながら、クミの声がかすかに聞こえた。「・・・うん、覚えてる。」



「ぼく、やり直したいんだ。」


「やり直す?」



「あの時、ぼくはサヨナラがうまく言えなかった。


 ・・・サヨナラが、よくわからなかった。」



 クミは下を向き、小さいけど、はっきりした声で言う。


「やめて。」


「?」



「・・・うまいサヨナラなんて、聞きたくない。」



 それを聞いて、ケンは自分の言っていることが、チグハグになっていることに気づく。


「・・・そうだよね。ごめん。ちょっと間違った。」




「間違った?」


「うん。」



 ケンは、通学カバンから包みを取り出す。


「本当は・・・サヨナラしても、消えない、変わらない、僕の気持ちを伝えたかったんだ。」



 そう言うと、水色の袋に結ばれているピンク色のリボンをほどき、真鍮色の缶を取り出し、クミの両手に載せた。



「はい。開けてみて。」



 クミは、それを受け取り、くるりと回しながら見た。分厚い本のような体裁。フタに描かれている絵をしばらく眺める。絵本の表紙のようだ。


 右綴じの本のようにフタを開けると、そこには、缶にそっくりの小さな本が入っていた。表紙も缶のフタに描かれているのと同じ。


 クミは、小さな絵本をゆっくり一枚一枚めくりながら読む。



 最後の一ページを読むと、クミは不安そうな表情になり、ケンを見つめる。


 ケンは、缶の中を覗いてみせる。


「隣の駅にある、みさと屋っていうお店で教えてもらって、作ってみたんだ。クミが食べても大丈夫だと思う。」



「・・・そのお店、知ってる。お母さんがお菓子をよく買ってきてくれたよ。」



 クミは、ビニール袋に入ったクッキーを取り出し、眺める。


「きれいね。何種類かのドライフルーツ。」


「うん、前、クミに渡せなかったクッキーにも入っていた。家で食べたら・・・何か不思議な、大人の味がした。」


「あ! あの時は、ごめん。」


「いや、いいんだ。僕が悪かった。でも、クミにも食べて欲しくて。」


「大人の味か・・・ふふっ。食べていい?」


「どうぞどうぞ。」



 クミは、コリッという可愛い音を立ててクッキーをかじった。


「うん。大人の味・・・なんとなくわかる。」



 ケンはもう一度、お菓子缶の中に視線を移した。つられてクミがのぞく。陽の光が入るように角度を変えながら、もう一度のぞく。



 クミは、缶の底をしばらく見つめ、ゆっくり顔を上げる。



 その顔は、微笑んでいるけど、涙が少し滲んでいた。



 クミは、クッキーと缶を持ったまま、ケンを抱きかかえる。



 そして、ケンの唇にキスをした。



 今度は一回だけ。


 でも、長い長いキス。



 蝉の声が、二人を包む。



 顔と顔が、離れる。



 しばらく間を置いて、クミは口を開いた。


「ねえ、ケンのクミくまと、私のロボケン、また取っ替えっこしない?」


「そう、だね・・・うん。そうしよう。」



 クミは、カバンからロボケンをはずし、ケンに手渡す。


 ケンは、カバンからクミくまをはずし、クミに手渡す。



「私の家来・・・じゃなくて、ナイト様は、しっかり私を守ってくれたわ。」


「え?!」



 ケンは記憶にしっかり残そうとする。


 初めての口づけは、「なんとかベリー」と、リップクリームの味がしたって。

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