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Treasure Days  作者: 舟津湊
3/10

小さな大冒険

 この街は、帆柱山という標高六百メートル位の山と、湾に挟まれている。小学校の校門を出て左に向かって歩くと、駅前から続く大通りにぶつかる。ケンはこの交差点を右に曲がり駅の方に、クミは左に曲がって山の麓の方に帰る。


 山から降りてくる風が少し涼しくなり始めたある日。いつものように「じゃあね。バイバイ。」と手を振り、二人は反対方向に別れた。


この交差点の真ん中には、復興平和祈念像というのが建っていて、女神が手を広げ、その両脇で二人の子どもが両手を天に向けて上げている。ケンはこの像を見上げながら信号待ちをしていた。



 そこにクミが駆け寄ってくる。 


「ねえ、まだ時間あるし、山の方に行ってみない?」


 今日は先生方の行事があって、お昼を食べて学校はおしまいだった。


「うん、いいけど。」



 ケンとクミは、学校の友だちをほめたり悪口を言ったり、好きな本、好きなアニメなど、とめどもないことを話しながら、坂道を上っていく。



「わたしんち、ここを左に曲がって少し行ったところにあるんだけど、もう少し上に行ってみない? 実はここから先って、あまり上ったことがないのよね。」


 ケンはこの街で生まれ育ったけど、この辺まで来たこともあまりなかった。


 小さな冒険心に火がついた。


「うん、いいいね。」


 二人はランドセルを背負ったまま、少し早歩きになりながら、坂の上を目指す。


 坂は少しずつ急になってくる。



『帆柱山ケーブルカー山麓駅』


 しばらく登った先にそう書かれた看板があり、ケーブルカーの乗り場らしい建物が見えてきた。


 


 「ねえ、せっかくここまで来たんだから、ケーブルカー、乗ってみない?」


 クミはケンの方に振り返り、悪戯っぽく誘いかける。


「わたしね、小さい頃に乗ったことあるらしいんだけど、ぜんぜん覚えてなくて。景色がいいらしいよ。」



「え、大丈夫? だいたいお金かかるんじゃない?」


 クミは、山麓駅の建物に入り、料金表を探す。


 子ども、往復だと四一〇円。片道、二百二十円。


 二人とも、学校には内緒だけど、小さな小銭入れをランドセルの中に入れている。めいめいそれを引っ張りだし、中を覗いて確かめる。


 


「ぼくは三百五十五円。」


「わたしは三百七十円。」



「お金が足りないね、帰ろう。」「じゃあ片道ね。」


 ・・・同時に違う意見が出た。



「え!」とケンはびっくりしたけど、クミは駅の待合室の観光案内図見つけ、真剣に眺めている。


「下りは、『表登山道』っていう、簡単なコースがあるらしいから、そこを通って帰ろうよ。」



 お姫様と家来の関係。


 クミはだいたい自分の意見(命令?)を通し、ケンはそれに従う。今日もそう。二人は切符売り場で小銭を出し、片道切符を買う。飲み物の自動販売機に向かい、残った小銭で、クミは水をケンは麦茶を買う。



 山の傾きに合わせ、もともと傾いた形をしているケーブルカーに乗り込み、発車時間待つ。


 ケンは少し緊張してるみたい。クミはといえば、涼しい顔をして、落ち着いている。でも、その表情とは裏腹に、


「なんか、一緒に悪いことしてるみたいで、ドキドキするね。」


 と言って、水を一口飲み、ニッと笑った。



 出発のアナウンスが聞こえ、係員の人がドアを閉め、運転席に着く。ケーブルカーが動き出した。林の中をガタゴトと登っていく。なかなか急な角度だ。



 二人はふもとの方に向き直り、窓の外の景色を眺める。


「あ、あの道。階段があるあたり、わたしんち。」


「ぼくんちは・・・駅があそこだから、今、路面電車が通っている道路の角のところかな。」


「学校が見えるよ。グラウンドと、ケンが溺れかけたプールも。」


 ケンが睨むと、クミは、アハハと笑う。



 帆柱ケーブル山上駅に着き、ケーブルカーを降りる。少し歩くと、目の前が開けた場所に出た。展望台だ。


 二人とも、何もしゃべらずにその景色を眺めていた。



 山のふもとは、緑が豊かな街並みが広がっていて、その先に海が見える。正確に言うと、湾。光が反射して眩しい。大きい船、小さい船が浮かんでいる。すごく遠いので、船は止まっているように見える。湾沿いには、たくさんの工場や建物。煙突からは薄く白い煙が上り、空の雲に溶け込んでいる。


 ここは、ほんとは夜景がすごく綺麗なんだけど、残念ながら二人は見たことがない。



 展望台の柵ギリギリで景色を眺めていたクミが振り返る。


「きれい。わたしたち、ここに住んでるんだね。」


「・・・うん。きれいだね。」


 ケンの返事は、なんか上の空だった。。


 なぜかというと、ケンは、栗色の髪が風にそよでいるクミの姿にぼーっと見とれていたからなんだ。



 二人はベンチに座り、街の景色を見降ろしながら、それぞれ水と麦茶のペットボトルを空にした。



 さっきより涼しい風がそよっと吹く。



「そろそろ、下りようか?」


「うん、そうね・・・すごく満足した。」


 クミは、手を合わせてケンにお辞儀のポーズをした。



 下山コースは、親切に標識があっちこっちにあって、わかりやすかった。舗装された車道にも時々出る。


 途中、紫や白い花が沢山咲いていたり、キノコがニョキニョキ生えていたので、ケンは、スケッチ用のノートと鉛筆をランドセルに入れてこなかったことを後悔した。


 眺めが開けている場所にベンチとテーブルもあって、そこで休みながら二人は山を下りていく。



「あれ、おかしいな?」


「どうしたの?」


「うん、ここさっき通った気がする。」


「気のせいじゃない?」


「そうだといいけど。」



 二人は、案内の標識の「山麓方面」を指している矢印に従って歩いていたつもりだけど、どこをどう間違ったのか、そのうち標識が見当たらなくなった。歩く道も細くなり、時々二股に別れていて、どっちに行くか迷う。



 木々が茂っているからなのか、夕方が近づいてきているからなのか、辺りは薄暗くなってきた。



「ははは、ぼくたち、道に迷ったみたい。」


「え! わたし方向音痴だから、ぜんぜんわかんないんだけど・・・」



 道が二股に分かれているところでは、山の下の方に続いている道を選んで歩く。


 でも、ぜんぜんふもとに近づいている気がしない。だんだん森は深く険しくなっている。


 ああ、上空から俯瞰すると、二人は間違った方、間違った方へと進んでいるとよくわかるのに・・・



 "そっちにいっちゃだめ!"


 


 二人は、どこからか声が聞こえたような気がして、細い山道の分かれ道の前で立ち止まった。


 日が暮れ、さっきより空気が冷たくなった。



 クミが手を伸ばし、だれかの手を探している。ケンはそれに気づき、その手をそっと握る。


 そして決意する。家来なんだから、お姫様を守るのが、ぼくの役目だと。


 クミがぎゅっと手を握り返してくる。その手は少し冷えていた。



 その時。二人の後ろで、何かが光った。



 クミのランドセルにつけている、くま。


 ケンのランドセルにつけている、ロボット。



 その両方が、弱く白く、同時に点滅している。


 驚いて体の向きを変えると、光は消えてしまった。


 もう一度、二人で元の方を向く。再び、くまとロボットが光った。



「こっちの道を行こう。」


 この光、信じていいんだ。ケンはそう思い、きっぱりとそう言った。


 


「うん、こっちだね。」


 クミも賛成した。



 手をつないだまま、歩き始める。


 だんだん不安と怖さがやわらいでいった。



 しばらく進むと、また分かれ道に出た。


 二人は一緒に体の向きを変える。


 左側の道を向いたとき、くまとロボットは光った。



「こっち。」


「うん。」



 分かれ道が現れるたびに、これを繰り返す。



「こっち。」


「うん。」


 


「今度こっち。」


「そう。」



「今度は右。」


「だね。」



 そして。



 少し大きな道に出て、その先には『山麓方面』と描かれた標識が見えた。二人は顔を見合わせ、少し笑う。


 


 実は、ケンの目からは涙がこぼれていた。


 クミにそれを見られないよう、顔を上げながら歩いた。



「ケン、何で上向いているの?」


「いや、星がきれいだなと思って。」



 口から出まかせだったけど、夕焼けの空が、いつの間にか星空に変わっていた。森から眺める星空。二人が初めてみる景色だった。



 ケンは、空を見上げながら、クミがどこかに行かないように、しっかり手をつないだ。




 ケーブルカーの山麓駅の建物が見えてきた。


 二人は握っていた手の力を緩める。



 駅に近づくと、何人かの大人の話し声が聞こえた。



「二人の子どもがケーブルカーに乗って・・・」


 その声は、二人がケーブルカーに乗るときに案内してくれた係員の人だ。



「あ! お母さん・・・お父さんもいるわ。」



 ケンのお父さんとお母さんもいる。



 暗い山道の先に、うっすらと子どもの姿を認め、四人の親が駆け寄ってくる。


 二人は手を離すタイミングを失ってしまった。



「こら! こんな遅くまで何をやっていたんだ。」


 ケンはお父さんからカミナリとゲンコツを食らう。


 ケンのお母さんは、クミの両親に何度も何度も頭を下げる。



 クミは慌てた。


「ちがうんです。わたしが・・・」


 それをケンが遮ぎりながら頭を下げる。


「ぼくが道を間違えて! ごめんなさい。」



 するとクミも、手をつないだまま頭を下げる。 



 二人は五秒くらい頭を下げていたけど、クミは、そっとケンの方を向いて、ニッと笑った。



 お母さんにしっかり抱きしめられた時、初めてクミの泣き声が聞こえた。


 本当は怖くて不安だったんだね。



 帰り際、ケンはクミのお母さんに声をかけられる。


「ケンくん、いつもクミと一緒にお弁当をつきあってくれて、ありがとうね。おかげで、給食の時間も学校も、すごく楽しいって・・・でも、この子、こう見えて大胆だから、あまり振り回されないようにしてね。」


 ケンはおとなしく「はい。」と返事したけど、心の中では『こう見えても』はちょっと違う、と思った。



 ケンのお父さんとお母さんは、クミの親子の姿が見えなくなるまでずっと頭を下げていた。



 途中、クミは振り返る。声を出さずに、口を動かす。


 「あ・り・が・と・う、ま・た・ね」 


 街頭に照らされ、そう言っているのがわかった。



 ケンは、今夜お父さんにどれだけ怒られても、耐え抜く力をクミから貰ったみたい。


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