行くために
次の日、教室へ行くと、昨日とは打って変わって、バルドはひどく元気がなかった。
「えっと⋯⋯、どうしたの⋯⋯?」
困った顔のコンラットの横で、机に突っ伏したままのバルドに僕が声を掛ければ、力のない声で呟く。
「大会……見に行けないかもしれない……。親父はそこに行くだろうけど、一緒には行けないって言われた……」
「どういう事?」
あまりにも要点だけの説明に、思わず問い返す。すると、バルドは大きくため息をつきながら答えた。
「親父に付き添いを頼んだんだ。だけど、護衛任務で会場にはいるけど、俺と一緒に行動するのは無理だって言われたんだ……」
絶望しきったような声を上げるけれど、既に同じ話を聞いていたのか、ネアが面倒くさそうな様子で声を掛ける。
「仕事なら仕方ないだろ。それに、それなら俺達だけで行けば良いだけだろう」
落ち込んでいる理由がわからないとでもいうように、素っ気ない様子で言葉を掛ければ、それに反論するように声を荒げた。
「だから、俺達だけで行こうと思ったんだよ!なのに、母さんが付き添いがいないと駄目だって言うんだよ!前回みたいに、禁止区域に勝手に行かれたら困るって!!」
悔しそうに呟くバルドだったけれど、それを聞いていた僕は、どこか納得してしまった。
(前回の件で、完全に信用がなくなってるんだね……)
僕がそんなことを思っていると、バルドは少しだけ言葉を詰まらせながら言った。
「……たぶん、入らないのに!」
(たぶんなんだ……)
力強く言った言葉に、そんなことを思いながら、僕は問いかけた。
「誰か、他に頼める人はいないの?」
「聞いたけど、母さんは友人達と行くみたいだし、兄さんも予定があるみたいで駄目だったんだよ……」
肩を落とす様子を見ると、さすがに少し可哀想になる。それに、たしかに前に問題は起こしたけれど、付き添いがいないと駄目と言われるのは、ちょっと厳しすぎる気もする。そんなことを思っていれば、ネアがいつもの調子で言い放った。
「そんなのは無視して、俺達だけで行けば良いだろう」
「前回の事があるので、勝手な事をするのはどうなんでしょう……」
バルドに同情はあるようだけれど、それとこれとは違うとばかりにコンラットが止めた。だけど、このまま見捨てるのは忍びないと思ったのか、静かに声を掛ける。
「私の両親に、予定が空いてないか聞いてみましょうか?」
「頼む!」
コンラットが口にした言葉に、バルドは即座に頷きながら返事を返していた。その様子に、僕からも声を掛けた。
「僕も……駄目もとで、父様に聞いてみようか?」
「頼む!」
父様は優しいから、例え仕事で忙しくても、少しくらいなら時間を作ってくれるかもしれない。そんな淡い期待を込めて言うと、今度は、さっきよりも必死な声で返ってきた。だけど、それとは別に、妙に力の入った声が響く。
「ご一緒出来るなら、ぜひ私からもお願いしたいです!」
「う、うん……」
当人のバルドよりも、何故かコンラットの方が真剣に頼んでくる。その事実に、少しだけ戸惑いながらも、屋敷へ帰ってから、僕は父様に聞いてみた。でも、返ってきたのは、期待していた答えじゃなかった。
「悪いけど、その日は外せない予定があって、付き添ってあげられないんだ」
「えっ……」
父様が仕事で忙しいとは知っている。それでも、断られるとは思っていなかっただけに、思わず声が漏れる。すると、落ち込んだ僕の様子を見ていた兄様が、間を置かずに口を開いた。
「それならば、私が父上の代わりに付き添います」
そう言って名乗りを上げてくれた兄様だったけれど、父様は、ゆっくりと首を横に振る。
「その日、オルフェには少し頼みたい案件があるんだよ」
「……」
その一言を口にした途端、空気が変わる。そして、兄様から向けられる無言の視線は、普段よりもわずかに冷たかった。
(……怒ってる?)
そう思うくらいには、はっきりとした圧がある。父様もそれを感じているのか、ほんの少しだけ気まずそうな顔をするも、それでも言葉は止めない。
「その内容の説明もあるから、後で執務室に来て欲しい」
「……分かりました」
わずかな間のあと、兄様はそう答えた。
声は落ち着いていたけれど、不満がないわけではないのは分かる。それでも、父様が僕に甘いことを、兄様もよく知っている。だからこそ、それでも優先する理由があるのだと理解したのか、それとも内容を聞いてから判断するつもりなのか、兄様はそれ以上、何も言わなかった。
「そういう事だから、今回は叶えてあげられそうにない」
「……はい」
仕方ないと分かっていても、どうしても落ち込まずにはいられなかった。それでも、断られた以上、もう無理には頼めない。
(みんなに、なんて言おう……)
そんなことを考えながら、その日は眠りについた。
「ごめん……。やっぱり、無理だった……」
次の日。教室に遅れてきたバルドにそう伝えると、少し間を置いてから、沈んだ声が返ってきた。
「……そっか。でも、忙しいなら仕方ないな……」
強がるような言い方だったけれど、それでも完全に落ち込んでいるわけではないあたり、少しは覚悟していたのかもしれない。だけど、その分だけ、余計に申し訳なさが残る。だから、僕は視線を逸らすようにして、傍にいた二人へと声を掛けた。
「二人の方は、どうだったの?」
「すみません。私の家も無理でした。何故か、その日は予定があるそうで……」
コンラットが申し訳なさそうに答える。
(……同じ日、なんだ)
偶然にしては出来すぎている気もするけれど、今はそこを考えている場合ではない。
「ネアは?」
僕が話を振ると、いつも通りの平然とした声が返ってきた。
「聞いてない」
「いや、聞いて来いよ!何で一人だけ聞いて来ないんだよ!」
その言葉には、さっきまでの落ち込みようが嘘のように、バルドでさえも思わず突っ込む。だけど、ネアは顔色一つ変えずに続ける。
「アイツに付き添いなど、頼める訳がないだろう。それこそ、笑われる……」
わずかに苛立ちを滲ませた声で言った言葉に、前にネアの屋敷へ行った時のことを思い出した。それだけに、僕達はそれ以上何も言えなくなったけれど、その一言で、張り詰めていた空気が、良くも悪くも少しだけ緩む。
「はぁ⋯⋯。さて、どうするか……」
仕切り直すように、ため息混じりにバルドが呟く。だけど、すぐに答えを出せるわけもなかった。それもあり、ただ時間だけが、静かに過ぎていく。
「やっぱり、俺達だけで行くしかないか……」
「私達は構いませんよ。怒られるのはバルドだけですからね……」
「あぁぁっ!?」
バルドが苦し紛れのように呟くけれど、コンラットの一言に、バルドが頭を抱える。
(僕達は、別に禁止されないからね⋯⋯)
バルドと違って、行き先さえ言えば許可がおりると思う。それだけに、バルドだけが何の解決策が見えないことに、空気が重くなりかける。そんな中、僕は一番簡単な選択肢を口にした。
「……諦める?」
「兄貴と約束したからには、絶対行く!」
それは予想通りの即答だった。
(……だよね)
僕も簡単に諦めるとは思っていなかっただけに、内心でそう独りごちる。
(本当に怒られる覚悟で、ネアの言う通り、僕達だけで行くしかないのかな……)
そう思い始めた、その時だった。
「どうかしたんですか?」
声を掛けてきたのは、リオ先生だった。どうやら、僕達が揃って難しい顔をしていたのが気になったようで、心配そうな顔をしていた。それだけに、一度顔を合わせてから、僕は口を開いた。
「実は……」
これまでの事情を順を追って説明すると、最後まで聞き終えたリオ先生が、ふっと笑みを浮かべる。
「それなら、私が付き添いますよ」
「いいのか!?」
思いがけない言葉に、バルドの顔が一気に明るくなる。その変化が分かりやすすぎて、思わず少しだけ笑ってしまいそうになる。けれど、これで全部解決するかもしれないという期待を込めて見る。
「はい。頼ってくださいと言ったのに、あまり役に立てませんでしたからね」
どこか申し訳なさそうに、リオ先生は微笑んだ。でも、コンラットがすぐに否定する。
「そんなことないですよ」
(そもそも、先生に頼るようなこと自体、あまりなかったし……)
そう思いながらコンラットの言葉に頷いていると、リオ先生は一度視線を伏せてから、静かに続けた。
「ですが……商会の金で成績を買った、という手紙が届いた時も、私は何も出来ませんでしたから」
その言葉に、少しだけ空気が静まる。それだけに、僕は安心させるために口を開いた。
「それなら、犯人はもう分かってるって、父様が言ってたから大丈夫です」
僕がそう言うと、リオ先生の目が、ほんのわずかに見開かれた。
「犯人が……分かっている?」
思っていた以上に驚いた様子に、僕は内心で首を傾げる。
(父様なら、関係者には話していそうな気もするけれど……先生には、伝わってないのかな?)
そんな事を思いながらも、僕は問に答えるように口を開く。
「はい。今度また何かあったら、相手とちゃんと“お話”するって言ってました」
「……そうですか。それなら、安心ですね」
そう伝えると、リオ先生は一瞬だけ言葉を詰まらせながらも、すぐに、いつもの柔らかい笑みを浮かべながら言った。その間が、ほんの少しだけ気になったけど、今はそれよりも、目の前の問題が解決したことの方が大きかった。
「それで、どこに集まる!?」
バルドの弾けるような声で、話が前に進んでいくけれど、そこには、さっきまでの沈んだ様子は、もうどこにもない。その勢いに引っ張られるようにして、僕達は待ち合わせの場所や時間を決め始めた。
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