屋敷で待つ(エレナ視点)
アルファポリスで先行投稿中
アルとリュカが、教会に出掛けたのを玄関先で見送った後、私は部屋1人、祈りながら二人が帰ってくるのを待っていた。
私は、王都から少し離れた地方に住む貴族の娘として産まれた。幼い頃は、外に出た事はなく、ずっと屋敷の中だけで過ごしてきた。当時は、その状況に何も不思議に思う事なんてなかった。今にして思えば、その頃の両親は、私と何処か距離を取っているようだった。
始めて外に出たのは、召喚の儀を行うために、父と一緒に王都へ出かけた時だ。教会は、各地にも存在しているけど、儀式場は王都にしかないため、そこに向かわなければ儀式を受けることが出来ない。
外に出たことがない私にとっては、見る物、聞く物すべてが新鮮だった。でも、街の様子を見ようと、馬車の窓から外を眺めようとして、父上に叱られしまった。それでも、森や草原など人のいない所では、外を見ることが出来ただけで、私には十分満足だった。
でも、王都で儀式が終わった後は、今までが嘘だったかのように、私を取り巻く環境が大きく変わった。
馬車から街の様子を見ても叱られる事はないし、宿に泊まる時もローブを着なくても良くなった。
屋敷に戻った後は、両親から外に出てもいいとも言われた。さすがに不思議に思った私は、思いきって両親に尋ねてみた。
両親は、学院に入学する前に、外の事を知っておく必要があるからねと言っていた。その時は、特に疑問すら感じる事なくそれで納得していた。
自分の家名や、住んでいる街の名前を知ったのは、その頃になってからだった。
学院に入学した後も、それを気にする事もなかった。私の周りにいる貴族達も、似たようなものだったため、徐々にその事を忘れていった。
すべての真実を知ったのは、アルに嫁ぐ前の日の夜だった。
両親から、嫁ぐ前に話があると部屋に呼ばれた時は、結婚の事で何か問題でも起こったのかと不安になった。しかし、そこで聞いた話は想像もしていなかった話だった。
この話は、家を継ぐ時や、嫁ぐ時に話す事になっているらしい。私は、その話を聞いて恐怖を感じていた。内容にではなく、両親に殺されていたかもしれない事に、自分が殺す側になるかもしれない事に…。
だから、オルフェを身籠った時、私には不安しかなかった…。
そんななか、私の不安を吹き飛ばすように、アルはとても喜んでくれてた。私の外出を制限したりするような事もしなかった。
周りの人に自慢して回るのは、とても恥ずかしく感じたけど、同時に嬉しさも感じていた。
オルフェが産まれた後も、アルは私達を良く外に連れだしてくれた。オルフェが大きくなるにつれて、本人から断られる事が増えてしまったが、それでも誘う事を辞めることはなかった。私はアルのそんな姿を見ているうちに、少しずつ不安を感じる事が少なくなっていった。
オルフェが、2つ卵を連れて帰った時は、驚きよりも安堵の方が強かった。その後、アルの帰りが遅くなる日がしばらく続いたが、今までと態度が変わる事なく私達を大事にしてくれた。
リュカを身籠った時は、オルフェの事が合ったので、先に周りの迷惑をかけないよう、アルにも注意もしていた。
しかし、商人を屋敷に呼んでは自慢話をしていた。最初商人も、上客の相手のため相槌を打ちながら聞いているが、帰る頃には疲れきった姿で帰る者もいた。そのせいで、屋敷に来るのを躊躇う商人が出て来たほどだった。アルに注意してみても、本人は何が駄目なのか分かっていないようだった…。
リュカが、産まれた後のアルの溺愛ぶりは凄かった。
オルフェと出来なかった事や、やってあげたかった事をするように、暇さえあればリュカと遊んでいた。欲しいと言った物やどんな願い事も叶えようとしていた。そんな私も、甘えてくるリュカが可愛くて、アルと一緒に甘やかしてしまった…。
そんなリュカが、もし…失敗してしまったら…。そんな事は起こらないと信じたい…。でも……もし…現実に起こったとしたら、リュカの精神は耐えられるのだろうか…。
コンコン
「エレナ様、ドミニクです。入ってもよろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
そんな不安に苛まれていた感情を、来訪の音のおかげで気を紛らわす事が出来た。
しかし、いったいどうしたのだろうか?ドミニクは、アルに長年仕えてくれている執事で、その信頼もあつく、この家の全体を取り仕切ってくれている。その彼が、私に何のようがあるのかと首を傾げる。
「アルノルド様とリュカ様がお戻りになりました」
「えっ…」
ドミニクの言葉に、一瞬で思考が停止する。二人が屋敷に帰って来たならば、真っ先に私の所に来るはずだ……。
リュカなら真っ先に私の所に走ってきて、自分の卵を見せながら、楽しげに儀式の話してくれるはずだ……。そして、そんな様子を後ろからアルが笑いながら見ているはず…なのに……。
「エレナ様…大丈夫ですか…?」
ドミニクの声が、私の意識を現実へと引き戻す。
私は、声が震えるのを止める事が出来なかった。
「ふたり…は……?」
「アルノルド様は、気を失っているリュカ様をお一人、部屋に連れて行かれました…。アルノルド様が、エレナ様にお話しがあるので、執務室まで来て欲しいとの事です…」
お一人。その言葉だけで、私は、教会で何が起こったのかが分かった…分かってしまった……。
お読み下さりありがとうございます