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落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!  作者: ユーリ
2章

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揉め事


週明け、予定通りに兄様から少しだけルーン文字の意味を教えてもらったけれど、文字だと言われても、どう見ても模様にしか見えない。


「覚えるのは、一文字ずつでいい」


そう言われたけれど、本当に覚えられる気がしなかった。前に“眺めているだけでも、少しずつ頭に入る”と言われたことを思い出して、寝る前にも魔法陣をじっと眺めていたけれど、いつの間にか、そのまま眠ってしまったみたいだった。


朝方、夢見が悪かったのか、頭がぼんやりして、どうしても気分が晴れなかった。そのせいで、家族から体調を心配されて、休むよう勧められたけれど、コンラットとの約束もあって、僕はそれを断って学院へと向かった。


いつもより学院に着くのも遅れてしまい、廊下を少し早足で進むけれど、教室の前まで来た時、中から言い争うような声が聞こえてきて、思わず足を止めた。


(……何か、あったのかな)


恐る恐る扉を開けると、ネアの隣にいるバルドが、同じクラスの生徒と言い争っていた。よく見ると、相手は入学初日にリオ先生へ強気に質問していた、赤茶色の髪の生徒だった。


開けた扉の隙間から教室内をそっと見回し、事情を聞けそうなコンラットの姿を探すと、教卓の近くに立っているのを見つけて、僕は目立たないように、こっそりと彼の隣へ向かった。


「コンラッド、いったいどうしたの……?」


周囲に聞こえないよう、声をひそめて尋ねる。すると、目元にうっすらと隈を作ったコンラッドが、疲れたようにこちらを振り向いた。


「やっと来たんですか……。聞いての通りです。ネアが入学試験で不正をしたと、言いがかりを付けられているんです」


「え……?」


ネアを庇うような声が飛び交っているのは聞こえていた。けれど、喧嘩の内容があまりにも突飛で、頭が追いつかない。思わず間の抜けた声が漏れると、コンラッドも同じ気持ちなのか、吐き捨てるように言葉を続けた。


「そもそも、この学院で不正なんて出来るわけがありません。それなのに、誰が書いたかも分からない投書だけで、あんな言いがかりを付けるなんて……!」


普段は冷静なコンラッドが、まるで自分のことのように感情を露わにしていて、抑えきれない怒りが、声の端々に滲んでいた。


「……コンラッドは、止めに行かないの?」


バルドなら真っ先に止めに入りそうなのに、ここに留まっているのが気になって尋ねると、コンラッドは一瞬だけ視線を逸らし、気まずそうに口を開いた。


「初日にも、あの方とはネアの言葉遣いで揉めていたんですが、その時は軽い口論で、私も止めに入りました。……ですが、その後、教室を出て行った彼が、あなたと一緒に戻ってきたでしょう? それで一度は矛を収めたようですが、不満が消えたわけではないようで……」


初めて会った時から、ネアの口調は誤解を招きやすいとは思っていた。そんな僕に、コンラッドは言葉を続ける。


「それに、相手は貴族主義の強い方のようで、同じ爵位で、しかも立場の弱い私の言葉など、最初から聞く気がありませんでした。なので、爵位が上のバルドだから、かろうじて耳を貸しているだけです。他にも爵位の高い方はいますが……下手に恨みを買う危険を冒してまで、身分がない者を庇うつもりはないようです」


視線を巡らせると、教室のあちこちで事の成り行きを眺めているだけの生徒達が目に入った。


「だから、ネアが口を開かないのは……ある意味、正解ですね」


その言葉に、ネアへと視線を向ける。すると、まるで、周囲の視線や悪意すら、どうでもいいと言わんばかりに、彼は少しだけ面倒くさそうな顔をするだけで、挑発も反論もせず、ただ黙って立っていた。


僕も逆の立場だったなら、巻き込まれることを嫌って、それが賢い選択だと、きっと同じように距離を取っていたと思う。それでも、今の僕は、ネアと話して悪い人間じゃないと知っている。だから、教室の隅で起きているこの光景を、ただ眺めているだけなのは、悪いことをしている気になる。


「だから! ネアはそんなことをする奴じゃないって!!」


「なら、私の机に入っていたこの紙は何だ!?そもそも、私は最初から怪しいと思っていたんだ!!平民風情が、貴族を差し置いて首席など取れるわけがない!どうせ何か汚い手を使ったんだろう!!これだから平民は……!」


最初はバルドに敬語を使っていた相手も、口論が激しくなるにつれて、次第に荒々しい口調へと変わっていく。怒鳴り声が教室に響くたび、周囲の空気がぴりっと張りつめていくのが分かった。


バルドと一緒に、ネアを助けたい気持ちはあるけれど、今にも殴り合いになりそうな輪の中へ踏み込む勇気は、僕にはなかった。どうすればいいのか分からないまま、僕はコンラッドの隣で、ただ成り行きを見守ることしか出来ずにいた。すると、ネアがふとこちらに視線を向け、それにつられるように、バルドも振り返った。


「あっ! リュカ!! いい所に来た!!」


(えっ!? 何!?)


突然名前を呼ばれ、それに追い打ちをかけるように、クラスの視線が集まる。僕が声も出ないまま固まっていると、続けざまに声を掛けられた。


「リュカからも言ってくれ!ネアが、そんなことをするわけがないって!!」


「ご友人だから、一緒のクラスになるために公爵家の力を使ったのですか?家の名を勝手に使って不正をしたことを、レグリウス家の当主様もご存知なんでしょうか?」


(……完全に勘違いされている)


まるで、僕が家の名前を使って不正を働いたかのような、皮肉めいた口調だった。でも、僕の成績を考えれば、そんなことをしていないと分かると思う。反論しようと口を開いた瞬間、それよりも速くバルドの声が響く。


「もちろん! リュカの親父さんだって、ネアのことは知ってるに決まってるだろ!!」


「「えっ!?」」


勘違いしか生まなさそうな言葉が放たれると、教室の空気が、ぴたりと音を立てて止まった気がした。僕達が驚きに言葉を失って固まっていると、言われた相手も、目を見開いたまま、まるで時間が止まったかのように言葉を失っていた。


「……そ、それは、本当なのか……?」


「あぁ! 一昨日、リュカの屋敷に行った時に、“リュカの友達なら力になる”って、ちゃんとネアに言ってたぞ!」


「違わないけど、違うよ!!」


父様が言っていたのは、そんな意味じゃない。まるで、不正を認めているみたいな言い方に慌てて否定するけれど、相手はバルドの言葉の方の衝撃が強いらしく、僕の声は届いていなかった。


「ぐっ……!ど、どうやって平民がそこまで公爵家に取り入ったかは知らないが……いつまでも大きな顔が出来ると思うなよ!」


父様が関わっていると知って、分が悪いと悟ったのだろう。捨て台詞を吐き捨てるようにネアを睨みつけると、僕が訂正する間もなく、彼は逃げるように教室の外へと出て行ってしまった。


「ふぅ……。何とかなったな。リュカが来てくれて助かったぜ」


安堵の息を吐きながら、バルドがこちらを振り向いて言う。その軽い調子に、胸の奥に溜まっていたものが一気に溢れた。


「助かってないよ!!父様が不正したみたいな言い方しないでよ!!」


「そうですよ!!アルノルド様が、不正をするわけがないでしょう!!」


コンラッドと一緒に詰め寄ると、バルドは目を丸くしながら慌てて首を振った。


「えっ!? 俺、そんなこと言ってないぞ!?」


「言ってなくても、肯定したみたいなものだよ!!」


「わ、悪い! そこまで考えてなかった!!」


悪気がないのは、その表情を見れば分かる。素直に謝ってくれる姿を見ながらも、それでも、もう少し考えてから話してほしいという思いが、どうしても消えなかった。すると、それまで黙っていたネアが、ぽつりと口を開く。


「……リュカ、悪かったな」


「そう思ってるなら、言葉遣いに気を付けてよ……」


今さら僕達に敬語を使って欲しいとは思わないけれど、揉め事の原因になったのが、まさにその“言葉遣い”だっただけに、あまりにも平然としたネアの口ぶりに、僕は思わず呆れてしまう。すると、コンラッドも同意するように小さく頷いた。


「そうですよ。ですが……こんな紙切れがなければ、何も起こらなかったんです……」


相手が去り際に落として床に落ちたままになっている紙を見つめながら、コンラッドが忌々しそうに呟く。すると、ネアがその紙を拾い上げ、何故か僕の方へ差し出してくる。


「これは、リュカが持っていけ。お前の父親に今回の件を報告するなら、物証があった方がいいだろ?」


(……確かに)


事がここまで大きくなり、しかも父様の名前まで出てしまった以上、父様に黙っているわけにはいかない。そう頭では分かっているのに、気持ちはずしりと重くなる。ネアから紙を受け取っていると、その様子を見ていたコンラッドがそっと近付いてくる。


「それで……週末、私たちが帰った後はどうでしたか?今回のことで、さらに不快に思うようなことは……ありませんよね……?」


父様の名前が出たことや、バルドの失言のせいでこんな騒ぎになってしまったことの二つが重なって、コンラッドの中の不安が大きくなったようだ。僕に確認するような口調で、あの時の“約束”のことを尋ねてきた。どうやら、父様に報告する前に、まずは昨日の後のことを説明する流れになりそうだ。

お読み下さりありがとうございます

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