私の宝物(アルノルド視点)
アルファポリスで先行投稿中
ああ…そんな顔をさせたくはなかったのにな……。
エレナには、何時も笑顔でいて欲しい…。それが、本当の私の仕事だと思っている。なのに、今の私には、不安がるエレナを抱きしめてあげる事しか出来ない……。
少しでも、エレナの不安がなくなるように、優しく背中を撫でる。腕の中で震えるエレナに、私はどんな言葉をかければいいのだろうか。
私は、昔から人の感情というものがよく分からなかった。そもそも、人という存在に、いや…私自身に興味がなかったのだろう…。
他人が、泣こうが喚こうが、不快だと感じる事しかなかった。常に、やるかやらないか、使えるか使えないかなど、二者択一の選択しか私の中にはなかった。
何かを達成する喜びも、怒りで我をなくすことも、後悔し泣くことも、誰かといて楽しいという事も理解する事できない。だから、悩みも迷いも、葛藤すらした事がない。
周りの人間は、私のことを優秀だと言うが、人間としては欠陥品なのだろう。
しかし、エレナと出会って、人の感情に目を向けるようになってから、私の中にも感情という物が存在していた事に気づいた。
だが、気付いた後は大変だった。思考は鈍る、状況判断が上手く出来ないなど振り回されてばかりだ。オルフェが産まれてからは、目も当てられない始末で、エレナから何時も笑われてしまった。でも、その時間が、空気が心地良いと感じられた。
その後だって、他者の感情を理解する努力を惜しんだ事はない。けれど結局、私にはリュカやエレナを支えてやる事が出来ない。
「……アル何があったのか…教えて下さい……」
顔は、不安に彩られながら、覚悟を決めたような目で、エレナは私に問いかける。
教会で何が起こったのか、エレナ自身もある程度、予測は付いているのだろう…。召喚の儀のために教会に出かけたのに、卵も持たず、気を失っているリュカだけを連れて帰って来れば、嫌でも分かってしまう…。分かってはいても、何かの間違いであって欲しい、そう願わずにはいられないのだろう…。私だって、何かの間違いであって欲しい……。
「座って…話そうか……」
ソファーに座った後も、話す勇気がわかない私を、エレナは黙って待っていてくれた。
今のエレナに真実を告げるのは、身を斬られるように辛い…。しかし、たとえここで嘘をついたとしても、エレナをさらに傷付ける事になるだろう…。私は、意を決して、なるべくエレナの負担にならないよう、言葉を選びながら、教会での出来事をエレナに伝えた。
話を聞くにつれ、エレナの顔は次第に俯き、顔色も悪くなっていった。私の話が終わった時には、エレナの顔色はさらに悪くなっていて、今にも倒れてしまうのではないかと焦燥にかられる。
そんなエレナに、励ましの言葉や、慰めの言葉が浮かばない私には、自分の正直な思いをエレナに伝える事しか出来ない。
「エレナ。リュカは、君が私にくれた宝物だ。そんな宝物を私は手放すつもりはないよ」
私の言葉に伏せていた顔を上げ、私を見るエレナに言葉を続ける。
「エレナ。私は、家族皆で暮らせるなら、それだけで幸せだと思っている。だがね、私達の幸せが、リュカの幸せだとは限らない。リュカの人生はリュカだけの物だからね。他者から厳しい言葉や目を向けられても、家族と一緒に暮らすのが幸せなのか、家族と離れてたとしても自由に暮らせる方が幸せなのか。私には、どちらが幸せのかは分からない。だから、リュカと一緒に、家族で、皆で考えよう」
「アル……」
「大丈夫だよ。リュカが何を選んだとしても、私がリュカ守るから。街で暮したいというなら、街に家を買って皆で暮らしたっていいんだ。まあ、その時は、オルフェの意見も聞いてみなければいけないけどね」
「でも…仕事が……」
「仕事場が少し遠くなるだけだよ。それに今の仕事を辞めても、他に手掛けている事業があるから問題ない。仕事をしなければ養ってあげられないから大切だけど、変えが効くものだ。だけど、家族は変えが効かない。人にはそれぞれ事情があるから一概には言うことは出来ないが、私は、仕事よりも、エレナやオルフェ、リュカの方がずっと大切だよ」
「アル……」
泣いているエレナの涙を拭いながら、少しでも元気が出るようにとエレナの頭を撫でる。エレナの手は震えていて、どれだけ不安を感じていたのかが伝わってきて私も切なくなる。だからこそ、エレナに笑って欲しい。
「もし、このままリュカが屋敷で暮したいって言ったら、私がリュカを貶める老害共や、身の程知らずを纏めて調教してもいいしね」
「教育って……。でも、アルならやり遂げちゃいそうね」
エレナが、少しだけだが笑ってくれたのを見て、私は少しだけ安堵する。だけど、やり遂げそうではなく、やり遂げるつもり何だけどな?貴族なんて叩けば埃が出てくる物だ。老害共は隠すのが上手い分、埃も随分と溜まっているだろう、この際に纏めて綺麗に掃除してもいいかな?貴族の矜持なんて下らない物で、私の家族を傷付けるのなら、家を潰されても文句はないだろう?。
コンコン
「アルノルド様、リカが来られています。入ってもよろしいでしょうか?」
二人で話がしたくて、人払いを頼んでいたドミニクから、リカの来訪を告げられる。おそらく、リュカが目を覚ましたのだろう…。
エレナを見れば、小さく頷くのが見えた。それを確認した私は、二人に部屋に入っるように声をかけた。
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