気になる
保管庫に向かう途中、僕は何度も兄様に訪ねてみたけれど、 兄様は何も答えてはくれなかった。それどころか、最近では珍しく、眉にシワを寄せて何かを考え込んでいるようだった。
肖像画1枚で、何をそんなに考え込んだり、隠す必要があるんだろうか?僕は、保管庫を出た後も、兄様の様子を横目で伺っていた。
保管庫に探しに行った教本は、本棚がちゃんと整理されていたためからすぐに見つかった。だから、兄様が付いてくる必要もなかったわけだ。やはり、ギャラリーの絵が関係しているのだろうか?
「リュカ。陣の作り方を説明するがいいか…?」
「はい…」
僕が考えているうちに、裏庭にある練習場に着いていた。正直、絵の事は気になるけれど、兄様がわざわざ時間を作っているのだから、今は大人しく兄様の話しを聞こう。それで、父様か母様に後で聞いてみよう。
「最初は、魔法を使えるようになる所から始めるのだが、リュカはもう魔法が使えているので、そこは問題ない。後は、自分から離れた位置に魔法を発動させ、そのまま留める事が出来れば、陣など簡単に作れる」
教本を軽く読みながら、兄様から説明を受けたが、一番大事な部分の説明がされていない。
「陣に書いてある文字、僕、読めないんだけど…?」
召喚陣は、二重の円の真ん中に六芒星のマークが描いてあり、外側と内側の円の間に、文字みたいな物が書いてある。教本を軽く読んだ限りだと、この文字の意味を理解してなきゃ駄目って、書いてあるんだけど…。
「それは、昔使われていたルーン文字だな。だが、全部を覚えるのではなく、陣に書かれている文字と意味だけなのだから、簡単だろう?」
「………」
兄様は、当たり前のように言っているけれど、それは兄様の基準だよね?僕は、そっちも難しいと思うよ?
ギャラリーの件も教えて貰えなくて、不満を感じていた僕は、兄様の事をジト目で見てしまった。
「ま、まずは、魔法を手の平の上で留める練習から始めるようか!」
僕の視線に、兄様は何処かばつが悪そうに視線を逸らすと、少し早口でそう言った。
「……はい」
返事を返したけれど、自分でも思っている以上に不満気な声が出た。
僕も、ずっと拗ねているわけにもいかないので、兄様に言われた通り魔法を手の平の上に発動した。でも、維持しようとすると、腕がぷるぷると震えてくる。
「うわぁ!!」
制御が出来なくなった魔法が暴走して、茂みの方へと飛んで行った。
「むぅ…」
放出するだけなら、あまり制御が出来なくても使う事が出来た。だけど、魔法をその場に留めて置くとなると、どうしても精密な魔力制御が必要になって来る。
魔法に注ぐ魔力が少な過ぎると消えてしまうし、多いと暴走して何処かへ飛んで行ってしまう。だから、常に一定の魔力を魔法に注がなくてはならない。
「難しいのは最初だけだ。手の上に維持が出来るようになったら、後は距離を伸ばしていくだけだから簡単だ」
「……」
兄様の簡単は、信用できないからな…。僕がそんな事を考えていると、さっき魔法が飛んでいった茂みが微かに揺れた。
「ニャー…」
揺れた茂みから、1匹の猫が弱々しい鳴き声を上げながら現れた。よく見ると、その猫は右の前足に怪我をしていた。
「怪我してる!!」
もしかしたら、さっきの魔法が原因で怪我をしたのかもしれない!
僕は、慌てて猫の側へと駆け寄った。猫は、怪我をしているからなのか、僕が近寄っても逃げるような素振りもなく、その場にうずくまっていた。僕は、猫をそっと膝に乗せると、怪我をしている前足に回復魔法を使った。
回復魔法を使いながら猫を観察して見たけれど、契約紋も見当たらないので、普通の猫のようだった。黒い色の毛に、胸元と足先だけが白い色をしていた。まるで、首にフリルを付け、足には靴下を履いているようで何とも可愛らしい。
猫は、傷が治る様子をじっと見ており、傷が治ると確認するように少し前足を動かした。痛みがない事を確認し終わったのか、僕の膝の上から立ち上がると、茂みの中へと走って行ってしまった。
「行っちゃった…」
「そうだな…」
兄様の方を振り返ると、何処か残念そうな顔をしながら、猫が消えた茂みを静かに見つめていた。
その後も、なかなか上手くいかずに、魔法が何処かへ飛んで行ってしまった。だけど、さっきの件もあったせいか、飛んで行った魔法を全て、兄様が撃ち落としていた。
それを見ていると、兄様との格の違いを見せつけられてるようで、少しへこむ部分はあった。でも、誰かに怪我をさせるよりは良いと思う事にした。
「一息入れよう」
「兄様…。何かコツとかないの…?」
少し疲れてきた僕は、兄様に何かコツみたいな物がないか聞いてみた。
「私も、魔力制御はひたすら練習をした。だから、こればかりは慣れて感覚を掴むしかないな…」
「兄様でも魔力制御は難しかったの!?」
何でも簡単にこなせそうな兄様が、ひたすら練習をしていた事に驚いて大きな声が出る。
「私でも難しい事はある…。それに、制御が出来ていないと、近寄れないと思っていたからな…」
「?」
いったい何に近寄りたかったんだろう?でも、兄様でも苦戦したなら、僕が上手く出来なくでも仕方ない所はあるよね?
そんな事を考えていたら、猫が消えて行った茂みの方から、ガサガサと葉のすれる音が聞こえて来た。視線を向けると、先程の猫が何かを咥えて僕の足元までやって来た。
「ニャー!」
猫は、咥えて来た物を僕の足元へ置くと、誇らしげに鳴いた。よく見ると、黄金色をした虫の死骸だった。
「え…?もしかして…お礼のつもり…?」
「ニャー!」
確認するように聞けば、猫は再び誇らしげに鳴いた。
そもそも、怪我をさせてしまった原因を作ったのは僕だし、お礼に虫の死骸を貰ってもなぁ…。どうしようかと、兄様の方を振り返ると、先程とは違って、何処か顔を引き攣らせたような表情をしていた。
「…リュカ。私は、急いでやらなければならない仕事を思い出した。悪いが先に戻らせて貰う。教本はリュカが持っていていい」
兄様は、完結にそう言うと、何処か慌てたように屋敷へと戻って行った。
「急にどうしたんだろう?」
「にゃあ?」
練習所に残されていた僕と猫は、不思議そうに首を傾げるのだった。
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