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結末


最初、図書館へ向かう時には、やたらと乗り気なネアとバルドが、並んで話しながら歩いていた。けれど途中から、その勢いのまま二人は前を歩いていたコンラットを追い越してしまい、気付けば、僕とコンラットが並んで歩く形になっていた。その後も、ネアとバルドが道を間違えそうになるたびに、後ろからコンラットが淡々と指摘している。


さっきはバルドが中心にいたから、自然に話せていた。でも、コンラットと二人きりで歩くのは、まだ少し気まずい。とはいえ、何も話さずに歩き続けるのは、それ以上に居心地が悪かった。だから、僕は思い切って、声をかけた。


「コンラットは、今日、疲れたりしなかった?」


「……何がですか?」


何を聞かれたのか分からない、というように、少し間を置いて聞き返された僕は続けて言った。


「今日一日、ずっと勉強してたのに、全然、疲れてなさそうだったから」


ネアやバルドなら体力がありそうで不思議じゃない。でも、僕と同じくらいの体格のコンラットまで、平然としているのは、正直少し意外だった。すると彼は、まるで当たり前のことのように答える。


「勉強することは、嫌いではありません。ですから、勉強をして疲れるという感覚は、あまりありませんね」


「……そうなんだ」


勉強が好きとはとても言えない僕には、その感覚が少し分からない。思わず素直な感想が口から漏れると、今度はコンラットの方から、僕に声をかけてきた。


「先ほどは……思わず声を荒げてしまって、すみません……」


さっきの言い合いで、勢いに任せて声を荒げたことを後悔しているのか申し訳なさそうな顔をする。でも、特に気にしていなかった僕は、首を横に振って答える。


「ちょっとびっくりはしたけど、別に大丈夫だよ」


「……そうですか」


そう言うと、コンラットは、ほんの少しだけ肩の力が抜けたように見えた。


「それに、敬語も使わなくていいよ」


同い年の子に改まった話し方をされるのは、正直あまり慣れていない。ネアも普通に話してくれているし、気にしなくていいと思ってそう伝えると、コンラットは少しだけ気まずそうに視線をそらした。


「……これは、もう癖のようなものなので……」


「……そっか」


短く返事をしながら、僕も言葉を探すけど、せっかく話し始めたのに、このまま黙ってしまうのは、また気まずい。何か別の話題はないかと考えた時、さっきバルドが教室で言っていたことが、ふと思い出された。


「……そういえば、バルドが言ってたけど。コンラットは、父様たちに憧れてるの?」


僕がそう切り出すと、彼は少しも迷うことなく、当然のように答えた。


「それは、私だけではありません。同学年や先輩方にも、憧れている人は多いと思いますよ。実際、直接話したことのある人たちは、私以上かもしれません」


「えっ……!」


僕があからさまに驚いてみせると、その反応に、コンラットが戸惑ったような声を漏らした。


「……何を驚いているんですか。まさか、ご自身の家族の立場を、何も知らないんですか?」


「え、えーと……」


言葉に詰まる僕を見て、コンラットは小さくため息をついた。そして、呆れたようでもありながら、同時に、どこか心配しているように言った。


「はぁ……。注目される方は恨みも買いやすいと言いますし……貴方も、色々と気を付けた方がいいと思いますよ」


「う、うん……」


もう少し、周囲から受ける家族の評価に興味を持った方がいい。そんな忠告めいた言葉に、僕は素直に頷いたけれど、具体的に何をすればいいのかは分からない。


(僕にできることなんて、本当にあるのかな?)


胸の奥に、ほんの少し不安が滲んでくるが、そんなことを考えているうちに、僕達は、目的地である図書館の前にたどり着いていた。


「よし! 各自、怪しそうな所を探すぞ!!」


到着するやいなや、そう叫ぶと、バルドはそのまま図書館の中へ駆け出して行った。


「バルド! 図書館では走らないで下さい!!」


コンラットも慌ててそれを追いかける。二人の背中を見送っているうちに、気付けば、いつの間にかネアの姿も奥の本棚の向こうに消えていて、残されたのは、入口に立つ僕だけだった。


一人取り残された僕は、少しだけ気後れしながら、ゆっくりと足を踏み入れ、図書館の中を見渡す。


案内された時に一度見たとはいえ、改めて見ると、その広さに圧倒される。一階の手前には読書スペースが設けられ、奥には数え切れないほどの本棚が並んでいる。さらに、二階まで吹き抜けになった壁一面にも本が収められ、柱ごとに設けられた書架と、それらを繋ぐ通路が、上空を張り巡らされていた。そして、天窓になっている天井から差し込む柔らかな光が、館内全体を明るく照らしていて、静かで、どこか落ち着く空間だった。


(……兄様が好きそうな場所だな)


本が好きな兄様なら、在学中、きっと通い詰めていたんだろうなと、そんなことを考えながら、兄様が好みそうな本を探すように、棚の間を歩いていると、急に僕の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。


「リュカ! ここにいたんだな!」


「バルド! 図書館で大声を出さないで下さい!!」


声のする方を見ると、こちらへ駆け寄りながら叫ぶバルドと、それを必死に小声で制止しているコンラットの姿があった。


「あんまり硬いこと言うなって! それより、リュカ! ネアは一緒じゃないのか!?」


コンラットの注意もそこそこに、バルドは僕の前で立ち止まり、ネアの居場所を尋ねてきた。


「ど、どうしたの!?」


勢いに押されつつ問い返すと、バルドは目をきらきらさせて言った。


「怪しい場所を見つけたんだ! とりあえず、リュカも来いよ! ほら、こっち!」


どうやら、自分が見つけたものを一刻も早く見せたいらしく、興奮した様子のまま、バルドは小走りで、来た道を引き返していった。


「だから、走るなと言っているでしょう!」


注意しながら後を追うコンラットの背中を、僕も慌てて追いかける。すると、バルドは一つの本棚の前でぴたりと立ち止まり、振り返って得意げな顔をした。


「ほら!ここだ!最近、大量に本を動かした跡がある!この一段だけ入れ替えたなんて、怪しくないか!?」


言われて見てみると、確かにその棚には、屋敷でも見たことのあるような分厚い図鑑が並んでいる。けれど、動かした跡と言われても、正直、僕にはまだよく分からない。僕が首を傾げていると、コンラットが冷静に口を挟んだ。


「ただ、本の入れ替えをしただけかもしれないでしょう。そもそも、どうして移動したと分かるんですか?」


「入れ替えをするなら、ここだけじゃなくて、もっと全体的にやるだろ?でも、綺麗なのはこの一列だけで、他の棚には埃が積もってる」


そう言われて、改めてその棚の周囲を見る。確かに、あまり手に取られないのか、他の本の背表紙には、薄く埃が溜まっていた。


「……確かに……そうですけど……」


納得しきれない様子を残しながらも、事実を目の当たりにしている分、コンラットは反論できずに言葉を濁す。


(大雑把そうに見えて……意外と、よく見てるんだな……)


見た目や行動と違って、思いの外、観察力があるんだなと、得意げに胸を張るバルドを見て、僕は内心で少し感心していた。すると、その視線に気付いたのか、バルドがニヤリと笑って声を張り上げる。


「とにかく!この後ろが怪しい! だから、本を抜いて、棚が動くかちょっと試してみようぜ!」


「はぁ!? 駄目に決まっているでしょう! 何を考えているんですか!?」


「ちょっとだけ! ちょっとだけだから!!」


バルドが本を一気に引き抜こうとし、同時に、コンラットが必死に押し戻す。拮抗した力に耐えきれず、静かだったはずの棚が、ぎしりと不吉な音を立てて、ゆっくりと揺れ始めた。そのわずかな揺れが、棚に並んでいた本を、少しずつ前へと押し出していく。


「ふ、二人とも! それ以上は……!」


気付いて慌てて止めようとしたけれど、その時にはもう遅かった。上段に並んでいた分厚い本が、次の瞬間、容赦なく二人の頭上から降り注いだ。


「「うわぁー!!」」


ドサドサと本が降り注ぎ、次の瞬間、二人の悲鳴が図書館に響いた。無数の本に埋もれたまま、二人は痛そうに呻いているけど、落ちてきたのが図鑑のような分厚い本ばかりだったため、見ているこっちまで思わず顔をしかめてしまう。そんな時、慌ただしい足音がこちらへと向かってきた。


「何の騒ぎだ!?」


悲鳴と物音を聞きつけて、僕が助けに駆け寄るよりも先に、司書の人が駆けつけてきた。駆けつけた司書さんに助けてもらったものの、次に待っていたのは、三人並んでの厳重注意だった。そのうえ、この惨状の後片付けまでさせられ、半ば追い出されるように図書館を後にした僕達は、結局、そのまま帰るしかなかった。


(……やっぱり、ろくな事にならなかった……)


ネアの姿を見失ったまま、僕達の初めての探検は、あっけなく幕を閉じたのだった。

お読み下さりありがとうございます

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