入学前に
兄様の卒業式も無事に終わった後の僕は、一つの重大な問題に直面していた。
「クラス分けの試験があるのを忘れてた!!」
最近、本当に色々ありすぎて、すっかり頭から抜け落ちていたのだが、書庫で兄様と入学式の話をしていた時、それを唐突に思い出してしまった。
「ど、どうしよう……。僕、大丈夫かな……?」
「クラスを分けるだけだ。普段通りやれば大丈夫だろう?」
隣で平然と言う兄様に、嫌な予感を覚えながら聞いてみる。
「……兄様の試験結果は?」
「主席だな」
「…………」
成績に自信がなく、不安を抱えながら聞いたというのに、何の苦労もなさそうに平然と返された兄様の言葉が、僕の中に重い沈黙をもたらす。そして、落ち込みや嫉妬など、様々な感情となって胸の奥に広がっていく。そんな中、なぜか兄様が、さっきの僕のように狼狽したように落ち着きをなくしていた。
次の日、朝食で僕の様子を伺う兄様を軽く無視して、授業に来てくれたフェリコ先生にも、同じ質問をしてみた。
「私ですか?主席ではありませんが、Aクラスでしたね。でも、普通に受ければ大丈夫だと思いますよ?」
「…………」
(やっぱり聞かなきゃよかった……)
なんとなく予想は出来ていた。それでも、再び同じような沈黙を前にして、そんな思いが胸に浮かぶ。それでもなお、帰ってきた父様にも、僕は一応、聞いてみた。
「主席だったけど、それがどうかしたのかい?試験なんて、決まった答えを書くだけなんだから、簡単だろう?」
「言うと思った!!」
できる人ほど、だいたい同じことを言う。でも、それが本当にできるのなら、こんなふうに悩んでない。そう思った瞬間、父様が引き止める声も聞かず、目の前から逃げるように駆け出して、僕は最後の希望へと向かった。
「母様……」
「ど、どうしたの!?」
僕が今にも泣き出しそうな顔をしていたからだろう。母様は驚いた様子で、慌てて僕のそばへ駆け寄ってきてくれた。
「母様は……入学前の試験……どうだった……?」
「入学前の試験?クラス分けのこと?……Cクラスだったわよ?」
「母様ー!!」
その言葉に、思わず母様に抱きついてしまった。そして僕は、そのままの勢いで試験への不安を全部、母様に打ち明けた。
「確かに、試験会場に入ると緊張して、普段通りにはいかないものよね……」
「父様達は大丈夫って言うけど……クラス分けって……実際どうなの……?」
「そうね。学院は“平等”を掲げているけれど、実際は成績順でクラスを分けることで、貴族と平民を分ける意味もあるのよ」
僕の問いかけに、母様は少し考えながら静かに教えてくれた。
貴族は、基本的にA~Eクラスのどれかに振り分けられるらしく、クラスの数や人数は、その年ごとに調整されるそうだ。
B~Eクラスは一クラス四十人前後で、場合によっては二つや三つに分かれることもあるけれど、Aクラスだけは違う。必ず一クラス四十人と決まっていて、それが変わることはないらしい。そして、Eクラスより下の生徒は別棟で授業を受ける。
母様も実際には見たことがないそうだけど、Fクラス以下は二百人ほどが入れる講義室で、一斉に授業を受けるらしい。
それに、学院では魔物討伐の演習などもあるそうだ。そういう時、高位貴族を一つのクラスにまとめておけば、学院側としても護衛がしやすく、その結果、街の人たちとの余計なトラブルを防ぐことにもつながるらしい。
「やっぱり、違いがあるんだ……」
「ええ。でも、それを公に否定する人はいないわ。私の場合は、爵位も高くなかったから、どのクラスでも良かったけれど……」
そこで言葉を区切り、言いづらそうにする母様に、僕は思い切って聞いた。
「……ちなみに、公爵家って……どのクラスですか……?」
「……全員、Aクラス……だったわね……」
「「………………」」
(やっぱり!!全然、大丈夫じゃなかった!!父様と兄様の嘘つき!!)
「リュ、リュカ!まだ試験まで時間はあるわ!クラス分けの試験くらいなら、私でも力になれるから、一緒に頑張りましょう!!」
「母様!!」
まるで僕の気持ちを分かってくれたかのような母様の言葉に、僕は感動して声を上げ、そのまま母様の名前を呼んだ。こうしてその日から、フェリコ先生の授業に加えて、母様との“試験対策勉強会”が始まることになった。
「そんなに根を詰めなくても、もう十分だと思うけど……?」
「私も、問題ないと」
「この件に関しては、父様と兄様の言葉は信用してません!!」
僕に対する二人の評価が甘いことは、自分でも分かっている。だからこそ、その言葉を素直に受け取ることができなかった。二人は僕の様子に戸惑いながらも、それでもテストに出そうな問題を考えてくれたりして、僕を手伝ってくれた。そうして支えられながら、僕は母様と一緒に試験勉強に励んだ。
そして、試験当日。
「リュカ!頑張って!応援してるからね!!」
「はい!!全部出し切れるように、頑張ってきます!!」
「……ちょっと、大げさすぎないか……?」
「……」
僕と母様が、これまでの健闘を称え合いながら意気込んでいると、父様と兄様は、どこか戸惑った様子で、僕たちから一歩引いた位置に立ち、その様子を見ていた。
「父様は、僕の気持ちが分からないんですか!?」
「い、いや……分かろうとはしているんだけどね……どう対処すればいいか……」
「アル!!リュカのやる気に水を差してはいけないわ!!ちゃんと応援しなと!!」
「お、応援……いるかな……?」
「応援してくれないなら、父様はあっちで待ってて下さい!!」
僕がそう言うと、父様はそれ以上口を挟まず、僕たちを見守っていた兄様のいる位置まで下がって行った。そんな父様の様子を見て、兄様は「何も言わなくて正解だった」とでも言いたげに、そっと視線を逸らす。
少し距離を取った場所で無言を貫く兄様と、戸惑いを隠せない父様。その二人が、母様と一緒に気合を入れている僕のことを、静かに見つめていた。
試験会場に入ると、すでにたくさんの子供たちが集まっていた。初めて味わう独特な空気のせいで、席に向かうだけなのに、緊張で足が重くなる。
「……まずは、深呼吸……」
席に座ると、母様に教わった通り、ゆっくり息を整える。
(あれだけ、頑張ったんだ。きっと、大丈夫)
そう思いながら問題用紙をひっくり返すと、父様たちが予想してくれた問題が、いくつも並んでいた。だからこそ、落ち着いて、一つずつ答えていく。中には分からないものや、どうしても思い出せないものもあった。
それでも、できることは全部やった。そう胸を張って言える。けれど、結果が分かるのは入学式の日だ。それまでの一週間は、少し落ち着かない時間になりそうだった。
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