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卒業式の裏側(オルフェ視点)


「……はぁ」


朝早くから学院に呼び出された私は、指導室で原稿を書き直し、講堂へ向かう廊下で何度目とも知れないため息をついていた。


(なぜ、私がこのような煩わしいだけの代表挨拶を……)


思わず眉間に皺が寄るが、原因は明白だ。全ては、隣で無駄に騒いでいるこの男にほかならない。


「オルフェが承諾してくれて、本当に助かったぜ!周りから頼まれて承諾はしたけど、俺、こういうの向いてないんだよな!」


「……」


指導室を出て以来、レオンは私の横から離れず、延々と騒いでいる。よくもまあ、一人でこれだけ騒ぐ事が出来るものだ。


「オルフェ!俺の分までよろしく頼む……ぐふっ!?」


自分のしたことに悪びれる気配すら見せず、あまりに騒がしいので、腹を殴って黙らせた。


「な、殴る事ないだろ……」


「私が殴りたくなるようなことを言ったのはお前だ。それに、顔ではなく腹だ。跡が残っても見えない」


卒業式で目立つ傷は避けたほうがいいと考えたうえでの配慮だったが、レオンは聞く耳を持たず、声を荒げて反論してくる。


「いや、そういう問題じゃないだろ!?それに、お前、自分から“やる”って言ったよな!」


たしかに、言った。しかし、それは“リュカが楽しみにしていると言ったから”というだけで、私がやりたかった訳ではない。


「お前が…私がやると陛下に言ったせいだろうが…」


「い、いや……俺はただ、“オルフェにやってほしいけどどうすればいい?”って相談しただけで……お前がやるなんて言ってないぞ……?」


気まずそうに視線を彷徨わせてはいるが、あの方に話を持ち込めばこうなることくらい、勘の鋭いレオンならある程度は予想できていたはずだ。だからこその、この罪悪感なのだろう。


(……食えない方だ)


父上からも注意するよう言われてはいたが、その父上さえ利用して私を動かすあたり、やはり抜け目がない。だが、そうでなければ国を指揮する国王など務まらないのだろう。


(それにしても、こんなことごときに、その力を使わなくても良いだろうに……)


レオンに悪気がないことは分かっている。だからこそ、私が強く出られないことまで見越していたのだろう。そんな事を胸に、無言のまま見つめていると、レオンは焦ったように声を上げた。


「わ、悪かったって!だからそんな目で睨むな!!」


「……」


(レオンに関わると、本当にろくなことが起きない……)


最近はリュカとも自然に話せるようになり、今朝も屋敷で別れてから、まだそれほど時間は経っていない。それでも、あの穏やかな時間が、随分と前のことのように感じられた。


あの二体の時は、契約紋を通じて流れ込んでくるものがあまりにも騒がしく、笑う余裕などなかった。そして、ひたすら呆れるばかりだったが、今も、ふとした瞬間に伝わってくるリュカの感情が、普段はほとんど動かないはずの私の表情を動かす。気付けば自然と緩んでおり、その変化を察したのか、レオンは話題を変えるように声を掛けてきた。


「それよりオルフェ。俺はいつも言われてるけどさ、お前が学院から原稿を直せって言われるの、初めてじゃないか?」


「普段は無難にまとめているからな。だが今回は最後だ。……どうせやるなら、少し警告を含めたかった」


「警告?」


「今年は、リュカが入学する」


「ああ……!!」


私がそう言うと、今になって思い出したように声を上げた。だがすぐに、今度は不思議そうな表情になる。


「いや、でもさ。それなら普通に言えばよかったんじゃないのか?オルフェを真似して右手に手袋してる奴が出るくらい、今のお前は好かれてるし」


「……気色悪いことを言うな」


「だけどさ、お前の真似をすれば女性にモテるって噂になってるぞ?だから、アイツ等もあんなに必死で真似してる奴がいるんだから、もっと紳士的に振る舞えば、さらに好かれ――って痛ぇ!!」


「だから、気色悪いと言っている」


「わ、分かったから!頭から手を離せ!!」


害がないため、何も言わずにいるだけだ。だが、真似されて気分が良いはずもなく、まして女性に好かれたいとも思っていない。それだというのに、男から好かれているなどという話は、なおさら不愉快でしかない。そんな簡単なことを未だに認識を理解しないレオンを締め上げると、私から本気で逃げるように距離を取った。


「はぁ……。お前、俺が馬鹿になったらどうすんだよ!」


「それは今更だろう。……まったく、お前のような馬鹿がいるから、挨拶の文にも“殺す”と分かりやすく警告を入れておきたかったんだがな」


「卒業式で殺害予告するなよ!!お前、普段は冷静な顔してるくせに、感情的になりすぎだろ!?」


過剰反応だとレオンから指摘が入ったが、私としては当然の反応だとしか思えない。


「だけど、書き直したってことは、結局は無難な挨拶にしたんだよな?」


「最初の部分以外はな」


リュカを守るためにも、最初の警告だけはどうしても入れておきたかった。そう思って答えると、レオンは呆れを含んだ苦笑交じりの視線を向けてきた。それに深い意味などないと理解してはいるが、私には馬鹿にされているようにしか思えない。しかし、この話題をこれ以上掘り下げても得るものなどない。そう判断した私は、不快さを飲み込みつつ、話を少し戻した。


「それにしても……お前、私の右手の件を、他の連中みたいに聞いてこないんだな?」


「オルフェが盗賊相手に怪我するなんてありえないだろ。だったら訳があるんだろうし、俺は話してくるのを待つだけだ」


周囲には「盗賊との戦闘で負った傷」だと説明しているが、それを素直に信じる者ばかりではない。興味本位で詮索してきたり、目立ちたいだけで真似をする愚か者も増え、正直うんざりしていた。


(……同じ馬鹿なら、まだレオンの方がマシか)


こういう時に限って、配慮という名の気遣いを見せるから、どうにも憎めない。


(もっとも、普段からその勘の鋭さを活かしてくれれば、私の負担も随分減るのだが……)


そう考えながら講堂の外へ出ると、レオンが意外そうな声を上げた。


「なぁ……人、多すぎじゃないか?」


もうすぐ卒業式が始まる時間帯だ。本来なら人が減っていてもおかしくない頃合いだが、講堂前には大勢の人だかりができていた。だが、集まっている者たちの視線の先を見れば、原因にはすぐに察しがついた。


「レオン。卒業式が始まるまででいい。家族を探すのを手伝え。


「私はあっちを探す。お前は……反対側を頼む」


「おう!あっちだな!」


レオンを連れて行く気などなかった私は、家族とは逆の方向を指した。するとレオンは、何の疑いも抱かず、そのまま駆け出していく。


(……少しは疑えばいいものを)


私の言葉をあっさり鵜呑みにする姿を見ていると、これで本当に王位を継ぐつもりなのかと、不安とともに頭痛までしてきた。いっそ、この卒業を機に、”レオンとの関わりを減らすべきか”と、そんな考えも一瞬よぎる。だが、無理だろう。屋敷に突撃してくる未来しか、想像できない。


「……はぁ」


人混みの先に、確かに感じるリュカの気配。私は家族がいる方へ歩きながらも、これから先の事を思い、また一つため息をついた。

お読み下さりありがとうございます

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