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学院へ


兄様の休みが終わり、学院へ通う日々が始まった。それに合わせて、僕の日常も、ほんの少しだけ形を変えた。


休みの日は今まで通り一緒に過ごすけれど、兄様が学院に行っていて、僕の授業がない日は一人で過ごしていた。それは前と何も変わらないはずなのに、兄様が屋敷にいないだけで、思った以上に寂しさを感じてしまった。


母様達に相談すると、「仲良くなれて良かったわね」と言われた。どうやら、ずっと僕達の関係を心配していたらしい。でも、それはそれで、母様も少し寂しいようで、僕と似たようなものを感じているようだった。


そんな日々の中で、嬉しいこともあった。あれ以来、兄様が笑うようになったのだ。


僕がお願いしたからか、最初は分かりにくかった兄様の笑顔も、だんだんと分かるようになってきた。初めのうちは、その様子に驚いて使用人達も手を止めてしまうことがあったが、今ではそれにも慣れてきたようだ。


そんな日々が続き、春の陽気が訪れる頃。兄様が学院を卒業する日がやってきた。


本当は学院まで一緒に行くはずだったのだが、兄様は卒業生代表の挨拶の件で呼ばれたらしく、先に学院に向かっていた。でも、学院の代表に選ばれるなんて、やっぱり兄様はすごいと思う。


もっとも、僕達がそれを知ったのは、一週間ほど前になってからだった。


「オルフェ。レクスから代表挨拶に選ばれたと聞いたが、本当か?」


「それは……」


「兄様!代表なの!?」


「え……いや……」


「オルフェ、すごいわね。卒業式には皆で行くから、楽しみにしているわね」


「兄様!僕も、卒業式で話す兄様を見るのを楽しみにしています!!」


「うっ……そ、そうだな……。レオン……後で覚えていろ……」


「?」


途中、何度か口ごもっていたけれど、僕達の勢いに負けたみたいに答えていた。でも、最後にも何か言っていたけれど、それは声が小さすぎて、よく聞こえなかった。


それもあって、学院に行くのを楽しみにしていたけれど、初めて見る学院に思わず声が出た。


「わぁ……」


学院の門をくぐると、目の前には広い中庭が広がり、そこには色とりどりの花が丁寧に植えられていた。風が吹くたびに花の香りが混ざり合い、ほんのりと甘い匂いが鼻をくすぐる。


その中庭を囲むように、左右対称の建物が並んで立っており、高い位置から差し込む光は白い壁に反射し、中庭全体を明るく照らしている。そして、それらを繋ぐ正面の渡り廊下は、アーチ状の構造がいくつも連なった造りで、まるで吹き抜けのように、奥まで見渡せるようになっていた。


周囲を見渡せば、他にも来賓者らしき人々の話し声や足音が今も重なり合っているが、それでも騒がしすぎることはなく、その音は広い空間に溶け込んでいた。


その景色を前に、僕はしばらく立ち尽くしていたが、はっとして気を取り戻し、父様に声を掛けた。


「父様!兄様がいる講堂は、どこですか!?」


学院は、多くの人が過ごす場所だけあって、王都一の広さを誇っている。


そのため王都の外れに建てられており、聞いた話では、敷地の一部は森と繋がっていて、建物と森との境目が分からなくなる場所さえあるらしい。けれど、僕が今いる場所からは、それらの建物は見えなかった。


僕が勢い込んで尋ねる様子に、父様は苦笑を浮かべて言った。


「リュカ。少し落ち着きなさい。講堂はもう少し奥だ。迷子になるといけないから、ちゃんと付いてくるんだよ」


「はい!」


父様に言われたけれど、それでもつい周りをきょろきょろと見渡してしまい、どうしても僕の歩みは遅くなってしまう。両親は、そのたびに立ち止まって待ってくれていたが、その時、賑やかな声が聞こえてきた。


「お父様~!早く!早く!」


楽しげな女の子の声に、僕は振り返ろうとした。けれど、その時にはすでに遅く、背後からの衝撃で、前につんのめてしまった。


「うわっ!」


「きゃあ!」


お互いの悲鳴が重なる中、僕は地面に倒れそうになったが、前にいた父様がとっさに支えてくれた。その一方で、ぶつかってきた相手は、そのまま尻もちをついたようだった。


「いた~い。ちゃんと前を見て歩いてよ!!」


振り向くと、僕と同じくらいの年の女の子が、お尻を押さえてこちらを睨んでいた。その子は青い瞳に、薄いピンク色の髪を二つに結い、赤いリボンで留めていて、睨んでいなければ、可愛らしい印象だった。


「そっちが……!」


その物言いに少しムッとして言い返そうとしたけれど、僕が口を開くよりも早く、父様が女の子へ手を差し出していた。


「大丈夫?手を貸そうか?」


「え!?は、はい……。手を、お借りてもいいですか……?」


父様を見た途端、僕の時とは違って、女の子は顔を赤らめ、しおらしくし始めた。さっきまでとは別人みたいだった。


「アリア!大丈夫か!?」


そんな女の子の態度に不満を覚えていると、グレーの髪に緑の瞳をした、二十代後半ほどの男性が駆け寄って来るのが見えた。すると、父様に差し出された手を握って立ち上がった女の子が声を上げる。


「お父様!!」


そう言うと、女の子は父様の手を放し、父親の元へと走っていった。


駆け寄ってきた女の子を迎え入れた後、その男性はこちらへと視線を向けた。その時になって初めてこちらに気付いたのか、わずかに驚いた表情を浮かべながらも、口元に小さな笑みを浮かべる。だが、それも一瞬のことで、すぐに静かに僕達の方へ歩み寄ると、父様に申し訳なさそうな声を掛けてきた。


「レグリウス公爵、申し訳ありません。娘がご迷惑をおかけしました」


「アルテルガ辺境伯か……。今後、気を付けてくれるなら、それでいい」


父様は相手が誰なのか分かっているようだったが、会いたくない相手だったのか、どこか嫌そうな表情を浮かべながら答えていた。けれど、相手の方は父様の態度など気にした様子もなく、世間話でも持ちかけるように、父様へと声を掛ける。


「今日は、ご子息の卒業式でいらしたのですか?」


「それ以外に何がある。……貴公は、なぜここに?」


「娘が学院に通う前に、学院を見学したいと言いましてね」


「卒業式が開かれ、多くの者が集うこの日に……?」


「今日であれば、わざわざ学院に許可を取る必要もないかと思いまして」


「関係のない者は、あまりうろつかないことだ。場所によっては……誤解される」


「肝に銘じます。では、失礼します」


軽く一礼すると、その男は女の子の手を引いて去っていった。そして、その背中が小さくなってから、僕は父様に声を掛ける。


「父様?知り合い?」


「……一応な。最近、家督を継いだ若い貴族だが、あまりいい噂は聞かない。あまり近付かない方がいいだろう」


立ち去る間際まで、女の子はこっそりと僕を睨んでいた。でも、父親の側にいる時にはその表情を消し、可愛らしい笑みを浮かべている。ただ、その隣にいる男の笑顔は少し違っていた。顔は笑っているのに、目だけが笑っていない。そんな印象で、少し怖い。


(だけど……その若い貴族と並んでも、同じくらいの年に見える父様って……いったい何歳なんだろう……?)


少し不穏な空気が流れる中、母様の横で僕は少し呑気な事を考えていた。

お読み下さりありがとうございます

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