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冒険者ギルド(べナルト視点)


私は、王都の冒険者ギルドでマスターをしている。


昔は、それなりに名の知れた冒険者だったが、歳を重ねるにつれ、全盛期のようには体が動かなくなっていった。そろそろ引退を考え始めた頃、「ギルドマスターをやってみないか」と声がかかった。


当時は、各地のギルドで不正が次々と明るみに出て、マスターが首になる騒ぎが続いていた。そして、この王都も例外ではなく、マスターが不在になっていた。だが、各地との情報を繋ぐ王都のギルドマスターが、さすがに不在というのは拙い。


今まで、ギルドには散々世話になってきた身だ。だからこそ、悩みはしたが、何か役に立てるならと、私はその話を引き受けることにした。だが。冒険者をやめたとはいえ、今でも体は鍛え続けている。


書類仕事に嫌気がさせば、息抜きで王都の外に出て魔物を狩ることもある。だが、今の私の主戦場は、剣ではなく机の上なため、その時間が思うように取れないのが難点だ。そして今日も、私は執務室で山のような書類に埋もれていた。


これらの書類の大半は、とある一件の依頼から発生したものだ。この依頼が出る時、王都と周辺の街は、決まって大きく賑わう。


依頼主は、この王都を代表するような名門。レグリウス家。


彼らが王都の外へ出る時、必ず行き先とその周辺、そこへ至る街道に出没する魔物と盗賊の討伐依頼をギルドにまとめて出してくれる。そして、その依頼に参加するだけで、冒険者には金貨一枚が支払われる。しかも、討伐した魔物次第では、さらに追加報酬が出るうえ、依頼中に武器が破損した場合も保証してくれるという破格の条件だ。


だから冒険者達は、目の色を変えて魔物や盗賊を狩りに行き、魔物と盗賊が減れば、商人は護衛費をかけずに簡単に移動できる。そして物流が盛んになる。


そして、冒険者達が修理に出す武器で鍛冶屋も儲かり、その稼いだ金は飲み屋や宿屋に落ち、街全体が街は潤い活気づいていく。そのため、レグリウス家が旅行に出るという、ただそれだけで多くの金が動き、多くの人間がその恩恵にあずかるのだ。


だからこそ、各地の領主から「ぜひうちの町へ」と特産品が贈られてくるようだ。そのため、彼らは街の連中にとって、ほとんど“福の神”のような存在になっている。しかし、今回は王都から近く、人の往来の少ない時期のラクスが目的地だったため、前回ほど下から上がってくる書類は多くなかった。


ようやく冒険者への支払いの精算に目処がつき、次の書類へと手を伸ばそうとした、その時だった。扉の外で、騒がしい声が上がった。


「お待ち下さい! 私が先に……!」


バーンッ!


凄まじい音と共に勢いよく扉が開く。そして、そこに立っていたのは、アルノルド・レグリウス。その人だった。


「私がお前達に依頼した内容は何だ…」


開口一番に発したのは、その言葉だった。


「アルノルド様!!」


私は慌てて椅子から立ち上がり、急ぎ傍による。部屋に入った瞬間から、肌を刺すような鋭い“殺気”が空気を切り裂き、胸の奥に嫌な汗がじわりと滲む。だが、それを表に出さず喉の奥に押し込め、いつもどおりの声を作って問いかけた。


「わざわざお越しいただきありがとうございます。それで……依頼、とはいいますと?」


今まさにその件を処理していたため、どこか不備があったかと頭の中で確認する。だが、アルノルド様は静かな怒気をまとったまま、低く重い声で言葉を繰り返した。


「……二度も言わせるな。依頼は、なんだ……?」


その声音は怒鳴り声ではないのに、背筋を氷で撫でられたように冷たかった。そして、一歩、彼が踏み出せば、部屋の温度も下がっていく気がし、慌てて依頼された内容を答える。


「ま、魔物と盗賊の討伐依頼です!」


「なら……なぜ、盗賊がラクスにいる?」


「へ?」


あまりにも予想外過ぎる言葉に、冷ややかな声であるにも関わらず、思わず間抜けな声が漏れた。だが、不味いと思うよりも前に、部屋の空気が凍りついた。


「ヒッ!」


アルノルド様の赤い瞳が、冷たい光を宿して私を射抜き、喉の奥で悲鳴が漏れる。


「私は、幾らお前等に渡した?」


「前金で金貨一千枚……!経費も別途で頂いております!!」


この依頼から発生する膨大な下請け依頼のおかげで、新人冒険者たちでも安定して稼げるようになり、高ランクの危険な依頼に無理をして手を出す必要もなくなった。その結果、依頼の失敗率も死者の数も大幅に減った。だが、だからこそ、ギルドは前金として莫大な額を受け取っており、そこから各冒険者へ、依頼を達成するたびに報酬を支払っていたのだ。


「それだけの金では足りなかったか?それとも……私に喧嘩を売りたかったか?」


「滅相もありません!!」


レグリウス家を敵に回す。それは、冒険者にとって“終わり”を意味する。最近も、レグリウス家を裏切った使用人が何人かいたが、彼らは王都で、悲惨な末路を辿っていた。


街の住民は、レグリウス家から多大な恩恵を受けている。だからこそ、そんな彼らに害をなす者に、容赦などしない。そのため、店では食べ物すら売ってもらえず、貸し家であれば家主から追い出される。


例えスラム街に逃げようとしても、そこにいる者達のためにレグリウス家は孤児院を作り、働ける者には仕事まで回している。その恩を受けた連中が「彼等の裏切り者」を受け入れるはずもない。


裏社会の人間ですら報復を恐れて関わることすらなく、レグリウス家を敵に回した者は、王都から完全に居場所がなくなる。かといって、この王都を出ようにも、冒険者は誰も護衛依頼を引き受けないため、魔物がうようよいる森や平地を一人で移動しなければならない。だが、無事に抜けられる保証などなく、運よくどこかの町にたどり着いたとしても、商人達の情報網は恐ろしく早い。


レグリウス家の恩恵を一度でも受けた街なら、そこにも居場所などない。そして、この国でレグリウス家の恩恵を受けていない町など、今は存在しない。そのため、一度的に回してしまえば、残るのは飢え死にするか、森で魔物に喰い殺されるかの二択だけだ。


それを知っているからこそ、此処で対応を間違えるわけにはいかない。


「冒険者達が……この依頼以外で破損した武器や、新しく買い替えた装備の金まで、不正に請求していることを……私が気づいていないとでも?」


「っ……」


私も、その状況には気付いていた。


武器は冒険者にとって命そのものだ。だが、修理も買い替えも安くはないため、常に金が足りない。中には刃こぼれしたままの剣で依頼に出る者など珍しくなく、それが原因で命を落とす者もいた。


だが、この依頼が出されるようになると、彼らは皆、新品同然に整えた武器で挑み、結果として、その後の依頼達成率まで上がる成果を出した。そのおかげで、冒険者の暮らしが向上し、町での犯罪率も減った。


私自身も元冒険者であるため、彼らが抱える事情や苦労はよく理解していた。だからこそ、その“余剰資金の使い道”に気付いていながらも、あえて黙認していたのだ。しかし、本来であれば、私はそれを咎めるべき立場にある。そして、今までそれが問題視されなかったのは、”相手側の黙認”があってこそ成り立っていたに過ぎない。


「申し訳ありません!!直ちにその分のお金は返却させていただきます!そして、このような原因になった理由を直ちに調査いたします!!」


気がつけば、私はアルノルド様の足元で土下座をしていた。


暖炉の火はとうに消え失せ、部屋中の壁や床には白い霜と氷が張りつき、吐く息を白くしていた。


「それには及ばない。原因となったラクスのマスターはすでに捕らえた。……お前には、再発を防いでもらう。いいな?」


「は、はい!!承知いたしました!!」


拒否という選択肢など存在しない命令に、私はただ頭を下げて従うしかなかった。だが、その姿勢の上から、まるで突き刺すような警告が降りてくる。


「……二度目は、ないぞ」


その一言は刃よりも鋭く、冷たい切っ先で私の背筋を真っ二つに裂いたかのようだった。


アルノルド様は踵を返し、開け放たれた扉から出て行くが、取り残された私は、氷に包まれた執務室で、その背中を呆然と見送るしかなかった。


それでも、震える足で立ち上がり、改めて部屋を見渡せば、ドアは壁ごと氷漬けになり、窓も開けられそうにない。

机の上では、インク瓶が中身ごと凍ってひび割れている。


(これが、もし人間の体だったら……)


言い知れぬ恐怖で背筋がぞくりとしたが、それと同時に胸の奥から熱いものが込み上げてくる。


(ラクスのマスターめ……余計な真似をしてくれた!!)


冒険者は「信用」があるからこそ、依頼を貰えるのだ。街の住民から絶大な信頼を得ている”レグリウス家の依頼を疎かにした”そう見なされれば、ギルドへの信頼は地に落ちる。


そうして依頼が来なくなれば、冒険者は食っていけなくなる。そして仕事を失えば、治安は悪化し、街全体が荒れる。そうならば、その矛先は必ず、真っ先に冒険者ギルドへ向く。


(たった一人の馬鹿のせいで、この国の冒険者全体が損害を出すわけにはいかない…)


「……何としてでも、信頼を取り戻さねばならん」


そう覚悟を決めたところで、扉の向こうから控えめな声がした。


「マスター……見送らなくてよろしいのですか?」


先ほど止めようと声を掛けていた受付嬢だろう。恐怖がまだ完全には抜けていないはずなのに、それでもこうして声をかけてくるのだから、だてに荒くれ者ばかりの冒険者を相手にしてきていない。


しかし、彼女の言う通り、このまま何もせずに送り返すわけにはいかない。少しでも心証を良くするためには、家族にも謝罪せねばならない。だが、正直、アルノルド様にもう一度会うのは、恐怖以外の何物でもない。


それでも、“冒険者全体”のためだと思えば、背筋を伸ばすしかなかった。私は身を奮い立たせ、ギルドを飛び出した。


まず、ご子息お二人に謝罪させてもらった。


上のご子息であるオルフェ様は、前に見た時と変わらず、何を考えているのか読めない冷めた表情に、静かな怒りを滲ませており、こちらが頭を下げても、波ひとつ立たない静かな湖のような冷たい目をしていた。だが、もう一人のリュカ様は違った。


「え!あの、その、ひとまずは大丈夫だったので、頭を上げて下さい!!」


心底戸惑いながらも、必死にこちらを気遣ってくださる。私は、その言葉に胸を打たれた。


「どうか、そのままでいてくれ……」


本心からそう願った。この子だけは、この二人のような人間ではなく、このまま真っ直ぐに育ってほしい、と。だが、その願いは、すぐに裏切られる。


私達の話を聞いたリュカ様が、何を勘違いしたのか、突然、馬車から身を乗り出すようにして言われた。


「僕、強くなって父様や兄様を守れるようになる!!」


アルノルド様も、私と同様に驚かれたようで、少し目を見開くも、それから直ぐに笑ってこう答えた。


「なら、私はもっと強くなろうかな?」


その瞬間、私の血の気は、音を立てて引いていった。


(……勘弁してくれ。ただでさえ、十分恐ろしいというのに……)


その一言は、今まで聞いたどの言葉よりも、背筋の凍る宣告だった。だからこそ、私は心の中でそっと祈るしかなかった。


(どうか、これ以上“強くなる”と言わないでほしい…)


天に届くことを願って。

お読み下さりありがとうございます

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