表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/336

番外編 リュカのために(アルノルド視点)

アルファポリスで先行投稿中


「アルノルド様、急がないと遅れますよ」


「分かっている…」


ドミニクに急かされながら玄関へ向かう足は、いつもより僅かに遅かった。理由は分かっている。私の視線は、手すりに、うっすら積もった雪に吸い寄せられた。


無意識に手を伸ばし、ひとつまみすくうが、掌に乗せた雪は、私の体温に負けてすぐに形を失い、水滴となって指の間から滑り落ちていった。


(……雪とは、何なのだ?)


ただの自然現象。誰も気にも掛けない。だが、今の私にとってはそれでは済まなかった。


朝食の席でリュカが言った、あの一言。「雪で遊んでみたい」という、その言葉がずっと頭から離れなかった。しかし、私の能力では、天気という概念を操るのは不可能。ゆえに、私は別の方法を模索するしかない。


しかし、同じ白い粉状でも、氷を砕いたときに生じる鋭い欠片とは明らかに性質が異なる。氷は硬く、破砕すれば角が立つ。一方で雪は柔らかく、指先で容易に崩れ、触れれば溶けて水へと戻る。


(雪は水が冷えて生まれるもの……だが、氷と同じ“水”から生じるのに、形状も構造も全く違うのはなぜだ?)


水を凍らせれば氷になる。では、氷をさらに細かく砕けば雪になるのか?


(……いや、違う)


雪片は綿のような不規則さを持ちながらも、よく見れば結晶構造を前提とした形をしている。それに、ただ砕かれただけの氷では、あの“軽さ”も“空気の含み方”も再現できない。


(そもそも、あの結晶はどういう理屈で空中で形成される?なぜ空から降る?高度の気温差か、風の影響か……魔力の関与は?)


観察すればするほどに、疑問が雪のように降り積もっていく。


城へ向かう馬車の中でも、私はずっと雪のことを考えていた。だが、まずは確実な方法を得るために、私は城に付くと、真っ先にある男の部屋へと向かった。


「国王陛下、少しお願いがあります」


「却下」


開口一番でこれだ。


「まだ、何も言っていませんが?」


「お前が私を“陛下”と呼ぶ時は決まっている。休暇が欲しい時だ」


事実なだけに、反論する気はないが、分かっているなら話は早い。


「分かっているなら、さっさと寄越せ」


「今の時期に休みなんて、無理に決まってんだろ!!……はぁ。で、どれくらい欲しいんだ?」


ものは試しと、渋々といったレクスの言葉に、私は当然のように答える。


「雪が降る北の町まで行くから、2週間だな」


「さっさと仕事しろ!!!」


(……予想通りの反応か)


机を叩かんばかりの拒絶。その後も粘ってみたが、レクスは頑として休暇を出さなかった。たしかに昔、“働く”とは言ったが、私の仕事量が尋常ではないのだ。


(仕事をしろというが、学院時代から私はどれだけ働いていると思っているのか……)


「報告書です。ご確認をお願いします」


「……分かった」


レクスへの不満を抱えながらも、私は淡々と仕事をこなしていく。


部下から回ってくる報告書への承認や仕事の割り振り。不測の事態への対応策の作成、突発的に起こる問題の解決。どれだけさばいても、仕事は増えるばかりで減る気配がなく、本当に手がいくつあっても足りはしない。


「……昼だ。皆休め」


時計を見て宣言すると、部下達は仕事を片付け始めたので、それを見届けてから私は席を立った。上司の私が執務室にいては部下が休めないだろうと、私はいつも別室で休むようにしていた。


たしかに、仕事は山のようにあるが、休みも取らず働き続けても、作業効率は落ちるだけだ。それは数字で見ても明らかだ。だからこそ私は、どれほど忙しくとも“昼の休憩は必ず取る”という規則を自分に課している。


そして、部下達にも残業は認めていない。


そんなものを許せば、際限なく仕事を積み重ね、結局は私が家族との夕食に間に合わなくなる。夕食に同席できないのは、私にとって許容できる損失ではない。ゆえに、私は全員を“定時で帰す”と決めている。


私達が不在で困ろうと関係ない。定時を過ぎてから仕事を持ち込む方が悪いのだ。それに、各自で対応できるよう、私は詳細な手引書を作って渡してある。ならば、後は各部署で対応すればいい。


いつも休憩に使っている部屋で、私はひとり、淹れたての紅茶を口に運びながら一息付く。この部屋は応接でも執務室でもない、ただ“休むためだけ”の空間だ。


昔は、仕事に時間を割くことを苦痛だと思ったことはなかった。やるべきことを処理するだけで良かったし、誰に遠慮する必要もなかった。そのため、夜が更けようと構わず働けた。だが、家族ができ、子が生まれてからは事情が変わった。


仕事が長引けば、その分だけ “見られたはずの成長” を逃す。初めて触れるもの、表情の変化、些細な仕草。どれも今しかない。


それを思えば、私が仕事に追われている時間は、以前とは違う意味を持つ。正直に言えば、今は仕事そのものよりも、家族の時間を取り損ねることの方が、よほど堪える。


(私はそういう人間ではなかったはずなのだが……いつから、こうなったのか)


「……昔は、私がレクスに“仕事しろ”と言っていたのだがな」


今では自分が言われる側になるとは、何とも皮肉なものだと、紅茶からふわりと立ち上る湯気を見ながら思う。


最初の頃のレクスは、仕事から平然と抜け出すことが多く、注意するのは日常茶飯事だった。もっとも、それに関しては私自身が「働く」と約束していた以上、強くは言えなかったのだが、あいつなりに人脈作りという“必要な理由”があったというのも理由の一つだ。


(実際、遊び歩いている方が多かったが……)


それもあり、レクスは昔から、いい加減に見える言動が目立った。だがそれが“外側だけ”だということには、早い段階で気づいていた。本質的には、王家の中でも数少ない“まともな判断ができる人間”だった。だからこそ、私はレクスに付くことを選んだ。


父のような無能の下で働き、あいつらの尻拭いをし続ける人生を送る気など、考えるだけで反吐が出る。


(……とはいえ、死ぬならさっさと死んでくれればいいものを)


死んだという報告が、未だに私のところへ届かないということは、あの男はまだ生きているのだろう。まったく、あれが私の血縁だと思うだけで不快なうえ、あの無能共とまとめてさっさと朽ち果てていれば、どれほど世のためになったか。まあ、届いた報告書の中に、稀にだが興味深い資料が混ざっていたのは事実だ。死ぬ前に、ほんのわずかとはいえ、役に立ったと言えなくもない。


しかし、くだらない記憶を辿るだけでも不快になると判断し、気分を切り替えようと紅茶に手を伸ばしたその時だった。立ち昇る紅茶の湯気に、再び意識が向いた。


私は、無意識のうちに手を湯気へとかざすと、指先が柔らかい温度と湿気を帯びる。当然の現象だ。


湯気は水を熱した際に生じる微量な水分の集合だ。指先が湿るという事実が、その構造を何よりも雄弁に示している。つまり、湯気とは「空中に散った極小の水の粒」だ。


ならば、これは逆も可能ということだ。水を蒸発させれば湯気になり、湯気が水であるなら、凍らせれば氷になる。


私は、紅茶から立つ淡い白煙をじっと観察する。


(この粒子ひとつひとつを、瞬時に凍結させることができれば……小さな氷晶が生まれるはずだ。では、その氷晶を 「大量に」 作り出せればどうだ?)


水分を含む空気を、範囲指定して一気に凍結させる。あるいは、魔法で湯気の発生量そのものを制御し、凝縮させた後に凍らせる。


(……理屈の上では、雪に似た物くらいはできるということになる)


雪という自然現象が、温度・水分量・凍結条件 を満たすだけで発生する“結果”にすぎないのなら、それを魔法で再現できない道理はない。


遠い北まで行かずとも、リュカが望んだ“雪”を、この手で作り出せる仮説が頭の中で形になる。


(……やる価値はある)


そのために、まず条件を満たせる場所を探す必要がある。こうことは、自分で探すより、知っている者に聞いた方が早い。私は未飲の紅茶を置き、席を立つ。


「……レクスの所に行くか」


休暇は取り逃したが、雪を作る方法はまだ諦めていない。


”リュカのために”、その一心だけが、私を歩かせていた。

お読み下さりありがとうございます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ