書庫で(オルフェ視点)
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夕食の席で、両親からリュカが買って来た“お土産”について尋ねられた。
私の好みを両親は昔から知っているため、素直に喜んでいるが、あれほど露骨に喜んでいいものなのだろうか。
小さな弟から可愛らしい贈り物を受け取り、それを大事に飾っている兄……どこか胸がむず痒くなり、自然と考え込んでしまう。
そんな私の様子を、リュカが気付いたのかどうかは分からないが、話題が途中で街での出来事へと変えた瞬間、私は内心で安堵の息をついた。
リュカの話を聞いていれば、どうやらレグリウス家が街の人間にとって、どのような立ち位置にいるのか、本人はまだ理解していないらしい。
父上の言う通り、私達の家名は王都だけではなく他の街でも知られている。そのため、下町にいる者達が、わざわざレグリウス家相手に危害を加えるなど、まずあり得ない。
(だからといって、完全に安全というわけではないのだが…)
王都は人の出入りが激しいため、いくら目を光らせていても、愚かな者はいるものだ。だが、せっかく元気になりつつあるのに、余計な心配を増やす必要などどこにもない。そう思いながら、リュカが楽しそうに語る様子に、無闇に口を挟むのはやめておいた。
翌朝。
目覚めて窓を開けた瞬間、視界に白い景色が飛び込んできた。
「……雪、か」
予想以上に冷え込んでいたとはいえ、ここまで積もるのは珍しい。しかし、私にとっては“煩わしいもの”でしかない。朝から憂鬱な気分のまま、私は食堂へ向かった。
しかし、食堂に入ってきたリュカは、頬を赤くし、目を輝かせ、いつにもなく弾んだ声で雪について語り始めた。私からすれば、ただの冷たい障害物という認識だが、”リュカが楽しそうにしている”だけで、雪にも少し価値があるように感じてしまうのだから、我ながら単純だ。
時おり、俯きがちだったリュカが、今は身振り手振りを交えて雪の話をしている様子を見ていると、胸の奥がふっと軽くなる。
雪うさぎの話に触れた際などは、自然と昨日もらった白いうさぎの人形とリュカが選んでくれた“理由”を思い出してしまい、胸がじんわりと熱くなった。
リュカが嬉しそうに雪の話を続けているのを眺めながらも、兄としてどう振る舞うべきか、相変わらず答えは見つからない。けれど、リュカが笑っているなら、それでいい。少なくとも今は、それだけで十分だった。
(しかし、そろそろ屋敷を出なければ学院に遅刻してしまう…)
頭では十分理解していた。だが、今まで怯えたような目しか向けてこなかったリュカが、今日は私に楽しげな視線を向けてくる。その温かさが、胸に張り付いて離れない。
(……もう少しだけ、このまま見ていようか)
そう思う自分がいたため、もう学院に行かなくてもいいのではないかとさえ、ふと胸をよぎった。しかし、そのささやかな逃避は、すぐに遮られた。
「アルノルド様、オルフェ様。そろそろお時間です」
ドミニクの落ち着いた声が、その場の空気を締める。父上は諦め切れず、何やら交渉をしているようだが、その傍らで、ドミニクの視線は明らかに私にも向けられていた。
(……まずいな)
彼に本気で怒らせるのは、父上でさえ避けるほどだ。私は観念し、素直に学院へ向かうことにしたが、すれ違い様に小声で囁かれる。
「本日は、書庫で過ごされるようなことがありませんように……」
その一言で、昨日の件が完全にドミニクに知られていると悟った。学院に向かいながら、私はうっすらと頭痛を覚える。
(今日は、ろくな日にならなそうだ……)
案の定、学院ではレオンが、昨日の件もあって上機嫌で絡んできた。それのせいで、授業外の模擬戦を挑まれた私は、一日中、気が休まる暇がなかった。だが、その日の夕食で、リュカは朝と同じく、積もった雪について楽しそうに話しており、その小さな手振りや明るい声色で笑っているだけで、今日の疲れが取れていくようだった。
しかし、途中で話が新年祭に移ったとき、私は複雑な気分になった。
リュカは行けることを素直に喜んでいるが、新年祭など私にとっては、騒がしく、生産性もなく、何より“他者の思惑”が渦巻く場所。そして、婚姻相手を探すための舞台にもなっており、特に寄って来られる私にとっては迷惑でしかない。
誰にも会いたくもなければ、あの喧騒の中に身を置きたくもない。そのため、本音を言えば行きたくない。しかし、横を見ると、リュカが心底嬉しそうに笑っていた。
(……ああ。なら、いいか…)
リュカが楽しめるなら、私が牽制してやればいいだけであり、余計な虫が寄ってこないように、全力で守ればいい。そんな事を考えていると、父上が旅行の話を切り出した。しかし、今の時期に旅行。どう考えても、無理をしている。
父上は疲れているし、仕事もある。本来なら止めるべきであり、ゆっくり休むべきなのだ。だが、リュカの期待に満ちた瞳が、反対の言葉を奪っていく。
「……はい」
最終的にそう答えた自分に、諦めにも似た息を吐きつつ、それでも横で嬉しそうにはしゃぐリュカを見ていると、反対しなくて良かったと思う。何より、王都の外に出るのは、私にとっても好都合だ。
リュカとの距離を詰めるためにも、あの二体と一度話をして、問題を整理しておきたい。
そんな事を思った次の日、学院から戻った後、いつも通り書庫へ本を取りに行くと、リュカが本を枕にして静かに眠っていた。
こんなところで眠れば風邪をひく。だが、起こすべきか迷ってしまった。
(……リュカの寝顔を、こんなにも近くで見るのは本当に久しぶりだ)
昔は夜中に見に行く事もあったが、今では本人の許可なく部屋に入ることはない。だからこそ、こうして眠っている姿は見ていない。
そっと近づき、前髪にかかる影を指先で整えながら、試しに昔のようにそっと頭を撫でてみる。すると、幼い頃と同じように、ふにゃりと笑った。
(……やはり、寝顔は可愛いな)
私なら、魔法で部屋を暖めるくらい簡単だ。そのため、このまま寝かせておくことにした。しばらくすると、リュカが目を覚ました。
「に、兄様!」
(慌てた様子で本を見ているが……何かあったのか?)
「あ、えっと……兄様?」
こちらの反応を伺うような、どこか不安げな声。
(ここにいてほしくないのだろう…)
本を閉じて立ち上がるが、避けられているのか、と胸がわずかに痛む。しかし、怖がらせたくないため、そのまま書庫を出ようとした時、声をかけられ足が止まった。
「明日も来ていいですか!?」
予想もしなかった言葉に、心が跳ねる。
「……ここは俺の部屋じゃない。好きにしろ」
そう答えるのが精一杯だったため、逃げるようにその場を後にした。だが、部屋に戻ってから、なんであんな言い方しかできないのかと、自分の不甲斐なさに頭を抱えることになった。
父上が不在のせいかもしれないが、夕食の席で、リュカがどこか元気がなく見えた。しかし、話しかけたところで、また不器用な言い方しかできない気がして、言葉が出なかった。他人ならどう思われても構わないのに、リュカの前となると、どうにも臆病になってしまう。
翌朝。朝食後も、私は部屋で独り悩んでいた。
(今日も書庫に来ると言っていたが……私がいて良いのだろうか……?)
”私がいない方が気が楽なのでは”そう思うと、脚が重くなる。部屋で散々悩んだせいで、書庫に向かうのが普段より遅くなってしまった。すると、扉の前に小さな背中が見えた。
「……どうしよう」
「……入らないのか?」
「わぁ!」
普通に声を掛けただけだったのだが、盛大に飛び上がられてしまい、心の中で頭を抱える。
(また…何か間違えたのか……?)
私から距離を取るように、リュカは少しずつ後さずっていた。しかし、ここで無闇に追えば逃げられる。小動物から学んだ事を思い出しながら、私はできる限り平静を装って彼らの脇をすり抜けると、書庫へ入った。そして、いつもの席に腰を下ろし、静かに本を開いた。
しかし、扉の隙間からこちらを見るリュカが、どうにも気になる。
「……入るなら入れ。気が散る」
「はい!」
言った瞬間、自己嫌悪が襲う。今朝も後悔し、反省したというのに、何も成長がない。だが、リュカは気にした様子もなく、私の隣に座り、昨日と同じ本。魔物の図鑑を広げていた。
「兄様は、魔物って見たことありますか?」
可愛らしく質問され、またそっけない返事になってしまうが、それなのに、リュカは気にせず、私に話しかけてくれる。
その後も、図鑑を片手に質問をしてくるリュカに答えていると、ふとレオンの言葉が頭に浮かんだ。
『お前、人に教えるの下手!結論だけ言われても分かるかよ!最初から説明しろ!!』
その後は、注意して教えるようにはなったが、リュカには更に気を配りながら、最初からゆっくり説明するようにした。すると、食堂へ向かう私の後ろを、リュカが可愛らしく、短い足でちょこちょことついてくる。
(……まさか、レオンに感謝する日が来るとはな)
自分で思いながらも、リュカに隠れて少しだけ笑ってしまった。
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