影から(オルフェ視点)
アルファポリスで先行投稿中
リュカが儀式を受けた日。
私はいつもと変わらず、書庫で父上達の帰りを静かに待っていた。
ところが、父上が出てからしばらくし、屋敷内がどこか落ち着かず、空気がざわついているのを感じた。何か嫌な予感が胸の奥で膨らみ、私は一度自室へと戻ることにした。すると、部屋に着いてすぐ、ドミニクが知らせにやって来た。
「オルフェ様。アルノルド様から“落ち着いて話がしたい”とのことで……今から夕食を済ませたいと仰っております。よろしいでしょうか?」
普段と違うその言い回しに、屋敷全体に漂う不穏な空気。そして、その悪い予感は、すぐに確信へと変わった。
いつもなら当たり前のようにそこにいるはずのリュカが、食堂に姿を見せなかった。
「……リュカは来ないのですか?」
「本人がお腹があまり空いていないと言っていてな。それに、今は休ませてやりたいと思って、軽食を部屋まで運ばせた……」
父上に似合わないほど歯切れの悪い答え。その声音だけで、リュカに何かあったのだと察してしまう。
その後に運ばれてきた食事は普段通りだが、どこか味がしなく、リュカのいない食卓は異様なほど静まり返り、あたりに重苦しさが広がっていた。
食後、両親から“儀式で起きたこと”をすべて説明された。
そんな事が起きているとも知らず、呑気に本を読んでいた事や、傍にいてやることすら出来ない自分が恨めしい。
その後、一人で考える時間を得るため、裏庭に出た私は、冷たい夜気の中で月を仰いだ。
父上が提案した“件”には、異議などない。もし、この件で貴族としての立場が揺らいだとしても、リュカと比べればそんなものは些末な問題であって、宰相という職に拘る必要を感じない。そして、リュカを侮辱するような輩がいるなら、私も全力で排除する。ただ、心のどこかで、こうも思ってしまった。
(……私がリュカの“何か”を奪ってしまったのではないか?)
私に二体の召喚獣が来たのは、リュカが生まれる前のことだが、それでも異例の存在である彼らを思い返すたびに、胸の奥がざわつく。
(1体くらい、リュカの護衛に回せたら……)
そう思ったが、すぐ彼らの図体と性格を思い出し、頭が痛くなる。
「……はぁ」
屋敷へ目を向けると、執務室の明かりが漏れおり、今日も父上は遅くまで仕事をしているらしい。
本人は、隠しているようだったが、夜遅くに仕事をしている事を私は知っている。だからこそ、私の事を優先するよりも、まず自分の心身を心配してほしいものだ。
そろそろ日付も変わる。
月の位置でそれを察した私は、周囲の者を部屋へ戻ろうと歩き出したとき、廊下の向こうに小さな影が揺れた。
「誰も……いないよね……急に出てこないでね……」
緊張した小声。それがリュカのものだと気づいた瞬間、私は声をかけるのをやめた。
「うー…寒い…。何か上に来てくれば良かったかな…」
その姿を見れば、寝間着姿のままだった。寒さにふるえて歩く幼い後ろ姿に、私は指先に小さな火の種を灯し、廊下全体にふわりと暖気が広がるよう魔法を発動した。普段から、自身へと使用している事もあるが、火属性は得意なため、微調整で困ることもない。
そんな私の魔法に気付くこともなく、リュカは足早にどこかへ向かっていく。私は距離をとりながら、何処に行くのかと静かに後を追った。
厨房に入ったリュカは、何か食べれそうなお菓子を探しているらしい。しかし、リュカの視線では絶対に見えない死角の位置に木箱が置かれていた。どうやら、以前のつまみ食いの件で、ドミニクが手の届かない上に置いたようだ。
しかし、存在しない場所を一生懸命探す後ろ姿があまりに不憫で、私は苦手な風魔法を駆使し、そっと木箱を持ち上げると、後方の机に降ろした。だが、リュカはそれにも気づかないまま、しばらく“ない場所”を探し続けていた。
ようやく机の上に気づくと、ぱっと表情が明るくなり、夢中で食べている。だが、それを止めるべきか、喜ぶべきか迷ってしまう……。
結局私は黙って見守る選択をしたが、案の定、食べすぎて慌てて中身を均等に並べ始めていた。だが、遠目から見ても、無理があるのは一目瞭然だった。
リュカはごまかせていると思ったようで、私に気付くことなく部屋へ走り去って行った。私も入れ違いに中に入り、中を確認したが、誤魔化すのは無理そうだ。
「はぁ…」
軽くため息をつくと、発覚が少しでも遅れるよう、木箱を元の位置に戻して厨房を後にした。
翌朝、いつも通りの顔で朝食を食べ始めたリュカだったが、途中で明らかに箸が悪くなる。夜中にお菓子を食べた影響なのだろうが、根が素直なため隠しきれていない。私も注意して見ていた事もあり、両親も何かに気づいたようで、苦笑しながら視線を交わしていた。
僅かに視線をずらすと、食堂を抜け出そうとするドミニクの背中が見えた。おそらく、厨房に確認しに行ったのだろうが、その際に視線が合った。ほぼ間違いなく私の関与も知られているだろう。
横を見れば、未だに苦しそうにご飯と向き合っていたため、両親との会話に気を取られている間に、リュカの皿と自分の皿を入れ替えるが、それにさえ気づきもしない。
(……警戒心がなさすぎるな)
鈍いリュカの様子を見ながら、胸の奥に不安がじわりと落ちていく。このままでは、いつか誰かに簡単に騙されてしまいそうだ。
(その時は……私が対処すればいいか…)
過保護かもしれないが、そう考えると少しだけ気持ちが落ち着いた。
(それより、今は先にドミニクのところへ行って、小言を聞いていたほうが良さそうだな……)
リュカに悟られないよう、そっと席を立つと、外で待機しているだろうドミニクに会うため、その日はいつもより早く食堂を後にした。
お読み下さりありがとうございます




