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迷子の後のダンス

アルファポリスで先行投稿中


父様たちのそばを離れ、お菓子が並べられたテーブルへ向かって歩いていると、途中で何人かの来客とすれ違った。


テーブルの前に着いてから、そっと後ろを振り返ると、さっきすれ違った来客達が父様の周りに集まっていて、父様はその相手をしているようだった。その近くでは、兄様がまだ殿下と言い合っているようにも見える。


この場所なら母様たちのいるところからも”僕の姿は見えるはず”と思って、安心するようにお菓子の方へ向き直った。


テーブルには、見たこともないほど綺麗に飾り付けられたお菓子が並んでいた。


薄い氷砂糖のように透けた飴。宝石みたいな果物ゼリー。小さくて丸いクッキー。


「チョコのお菓子もあるかな?」


僕が好きなチョコのお菓子を探しながらテーブルを移動するけれど、種類が多すぎて、なかなか見つからない。


ようやく目当てのお菓子を見つけて手を伸ばし、幸せな気持ちで頬張っていた。けれど、ふと周りを見渡せば、父様達の姿が見当たらなくなっていることに気づいた。


「ど、どうしよう……」


さっきまでの嬉しさが嘘のように胸が冷えていき、途方に暮れるしかなかった。


戻ろうとしても、来た時に周囲をあまり見ていなかったせいで、帰り道がどちらなのか分からない。周りを見渡しても、知らない大人ばかりで、誰に声をかければいいのかも分からず、焦りがじわじわと胸を締めつけていく。


その場から動こうと、一歩踏み出した瞬間。小さな僕の姿が周囲の視界に埋もれていたのと、僕自身も辺りをよく見られていなかったせいで、すれ違った大人とぶつかってしまった。


転ぶ、そう覚悟した瞬間。後ろからそっと腕が伸び、倒れかけた身体を支えられた。


「気をつけろ……」


聞き慣れた、低くて落ち着いた声。驚いて見上げると、兄様がほんの少しだけ眉を寄せながら、心配そうに僕を覗き込んでいた。


「……ごめんなさい」


小さく謝ると、兄様はわずかに視線をそらしながら、言葉を選ぶようにして答えた。


「無事なら……良い」


さっき、少し怒ったように聞こえた声のことを気にしてくれたのかと顔を上げれば、兄様の視線は、僕がぶつかった相手へと鋭く向けられていた。


睨まれた相手はびくりと肩を揺らし、まるで兄様に怯えるように足早にその場を離れていく。兄様の立ち姿は変わらず静かで、声も荒げていないのに、その場の空気がきりりと引き締まったように感じられた。


「……父上達の所に戻るぞ」


そう言って、兄様が僕の手を握って歩き出した、その時。場に響くように音楽が変わり、ゆるやかで華やかな旋律がホール全体に広がった。


音楽がホールいっぱいに響き渡り、人々が次々と踊りの輪へと入っていった。背の高い大人たちの間を、色とりどりの衣装が流れるように動き、光を反射してきらきらと輝く。兄様の手を握ったまま、僕は初めて見る光景に見入っていた。


「……踊りたいのか?」


僕が目を輝かせながら見ていれば、兄様の低い声が頭の上から降ってきた。


「でも……相手がいないし……」


僕が答えると、兄様はわずかに眉を寄せた。


「周りにいくらでもいるだろう?」


ホールの端に目を向けると、僕と同じくらいの年の子たちが大人の影に隠れるように、ちらちら踊りの輪から顔をのぞかせているのが見えた。


「でも……知らない人と踊ったことないし、足、踏んじゃうかも……」


気持ちを誤魔化すために言い訳を口にしていると、兄様が小さくため息をついた。


「……来い」


そう言うと、兄様は僕の手をぐっと引いた。そのままホールの中心近くまで行くと、“大人と幼児”くらいの身長差があるからか、兄様は膝を少し折り、僕の目線に近づけるようにして構えた。


「動きはゆっくりだ。俺に合わせろ」


兄様の掌が僕の腰にそっと添えられる。


大きな手に触れられると、まだ小さい僕の体は簡単に方向を導かれ、一歩、また一歩と兄様がステップを踏むたび、僕の体も自然とついていく。


「……兄様、すごい……!」


「別に難しくもない」


淡々とした声とは裏腹に、兄様の動きは正確で、乱れが少しもない。


兄様が軽く手を引けば、僕はふわりとその動きに乗って回転し、腕の角度ひとつで僕の動きを整えてくれる。身長差があるはずなのに、不思議と踊りにくさはなく、安心感がある。


気がついた時には、ホールに流れていた曲が終わっていた。


「……ダンスなど簡単だ」


兄様はそう言って手を離したけれど、僕の手のひらには兄様の温もりがまだ残っていた。胸がどきどきして、踊れた嬉しさと、兄様にリードしてもらえた嬉しさが混ざり合っていた。


「……はぁ……」


兄様に手を引かれたまま踊っていた時は気づかなかったけれど、体を動かしたせいで、顔も耳も火照っており、冷たい空気で熱を冷まそうと、静かにため息をつく。次の曲が始まる前に、ホールの端の方まで、兄様の後ろをとことこ歩いて移動しながら、まだ弾む呼吸を整えていると、兄様が立ち止まった。


「……なにか飲み物を取ってくる。絶対に、ここを動くな」


兄様の声はいつも通り無愛想だけど、どこかさっきよりも静かで、僕の様子を気遣っているように聞こえた。


「う、うん!」


僕が返事をすると、兄様はわずかに目線を下げ、すっと人混みの中に消えていった。僕が“動くな”と言われたその場で大人しく待っていると、しばらくして背後から気さくな声が降ってきた。


「こんな所にいたんだね。アルが君を探していたよ?」


「レクス陛下!」


振り向くと、あの肩までの金髪を揺らした国王陛下が、屈託のない笑みで立っていた。けれど、王族の姿が視界に入った来客たちの視線が、一斉にこちらへ向かうのが分かった。まるで逃げ場のない、光の真ん中に放り出されたようで、何だか居心地が悪い。


「君のことはアルから聞いて知っているし、これからは、私とも顔を合わせる機会が増えるだろう。だから、本当に様付けはいらない。それよりも、君の兄は、この辺りにはいないのかな?先に君の事を探しに行ったはずなんだが?まぁ、とりあえず今はアルの所まで行こうか?」


「えっと…兄様に、ここを動くなって言われたので…」


僕の手を引いて歩き出そうとした陛下に、兄様との約束を慌てて伝える。


「そうか、それなら仕方ないね。迎えが来るまで、一緒に待つことにしよう」


そう言って、陛下は当たり前のように僕の横に立った。その瞬間、周囲の視線がいっそう濃く集まってきて、肩がこわばるけれど、何故か周囲の人達は近寄ってくることがなかった。それでも、肩身の狭い思いをしていると、そんな僕の様子に気づいたのか、陛下が気軽な調子で話しかけてきた。


「それにしても、二人が喧嘩したってレオンが言っていたけれど…こうして待っているってことは、仲直りしたのかな?」


「喧嘩しているというか……僕が……兄様を怒らせるような事をしてるから……」


自分でも何と言っていいか分からず、つい声が小さくなれば、それだけで何かを察したようだった。


「まぁ、彼もアルと同じで不器用そうだからね。私だって、アルとは色々と苦労したよ」


「陛下も、最初から父様と仲が良かったわけじゃないんですか…?」


「最初は普通に嫌いだったよ。いつも無表情で愛想もないし、偉そうだし、王族に対する敬意もゼロだったし」


「え!? そうなの……?」


僕の驚きに、陛下は当然のように頷く。


「そうだよ。アルの父親の件もあって、なるべく関わりたくなかったけど……必要に迫られて顔を合わせたら、意外と噂や見た目通りじゃないと気付いてね。それに、利害も一致したから、お互いに協力することになったんだ。それ以来、彼とは長い付き合いだよ」


父様にも、僕の知らない色々な過去があるんだと思ったからこそ、僕も聞いてみたくなった。


「父様の父様は……今、なにしてるの?」


「ん?今も南の島でバカンスを楽しんでいるんじゃないかな?」


その瞬間、背後から冷たい声が落ちた。


「余計な事を言うな……」


「父様!!」


その声に振り向けば、母様と並んで立っている父様の姿が見えた。でも、僕のことは優しげな笑みで見ていたが、陛下に向ける目だけは鋭かった。


「リュカ。どこに行ったのかと探したよ。今度からは、一人で遠くへ行ってはだめだ」


「見つかって良かったわ」


「怖い保護者が来たみたいだから、私は退散するよ。じゃあね」


父様と母様が僕に声を掛けている間に、レクス陛下は父様の視線に怯むように肩をすくめ、そのままあっという間に人混みへ消えていった。そして、それと入れ替わるように、兄様が飲み物を持って戻ってきた。


「父上もいらしてたのですね。ですが、何かあったのですか?」


「いや、少し招かれざる客がいただけだ…」


未だに警戒したような様子を見せていた父様に、兄様は疑問を抱いたようだったが、詳しく聞くことなく、僕へと飲み物を渡してくれた。


「さて、そろそろ帰ろうか?」


兄様の持って来てくれた飲み物を飲み終えた、僕が一息つけた頃、唐突に父様がそう言った。


「え、もう帰るの……?」


少しだけ不満げに言うと、父様は優しく微笑んだ。


「挨拶回りは終わったからね。それに、明日は朝から出かける予定だろう?」


「!!なら早く寝ないと!!」


さっきまでの不満なんて一瞬で消し飛び、明日からの旅行の期待で胸がいっぱいになる。こうして僕たちは、心弾ませながらパーティー会場を後にした。

お読み下さりありがとうございます

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