新年祭まで
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今週の授業を終えて、部屋でのんびりしていたら、母様の部屋へ来るよう呼ばれた。なんだろうと疑問に思いながら扉を開けると、見慣れない二人の女性が母様のそばに並んで立っていた。メイド服ではなく、おしゃれな外出着を身に着けているので、お客さんかと思ったが、そうではなかった。
「採寸?」
「そうよ。来週の新年祭の服の仕上げのために、あらためて測る必要があるの。」
聞けば、新年祭の服はすでに、みんなの分を前々から注文していたらしい。急に大きくなっても対応できるよう少し余裕を持たせて作ってあるけれど、最終調整だけは当日に近いほうがいいのだとか。
僕は言われるままに立って大人していると、テキパキと手際良い動きで採寸を終わせると、二人の仕立て師は頭を下げて、あっという間に部屋を後にして行った。
「母様、新年祭って何をするの?」
あまりの無駄のなさに感心しながらも、髪を整えている母様へと尋ねた。すると、少し言いづらそうに言った。
「そうね……新年祭は…ほとんど挨拶回りで終わってしまうわね…」
「えー!」
毎年僕だけ留守番で、屋敷の豪華な料理を食べて終わるだけだったから、初めて行ける新年祭に胸を踊らせながら、苦手な歴史の授業も必死に頑張ったのに、挨拶だけで終わるなんて……。
僕が明らかな不満を漏らすと、母様はすぐに優しく付け加えた。
「でも、リュカは私達に付き合う必要はないわ。パーティーには美味しい料理もたくさん並ぶから、基本は自由にしていいのわよ。ただ、迷子にならないよう、私達の目の届く範囲にはいてね?」
「はい!」
(美味しそうな料理って何が出るんだろう?チョコのお菓子も出るかな? )
「本当に分かっているのかしら…?」
考えるだけで胸が弾んでいた僕は、母様が心配そうな目でこちらを見ていたことに、まったく気付いていなかった。
昼食を終えてから、なんとなく部屋に戻る気になれなくて、今は学院に行って兄様がいない書庫に行く事にした。
「はぁ……」
さっきまで部屋の前で聞いた話を思い出したけれど、この部屋に来たら、今度は兄様のことを考えしまう。
食事のときも、兄様に無視されているわけではない。けれど、あの件以来書庫に顔を出せていなかったせいか、どう話しかけていいのか分からず、言葉が喉の奥でつかえてしまう。さらに追い打ちをかけるように、最近は父様が遅くまで帰ってこない日が続いていた。
今まで、こんなに屋敷にいないことなんてほとんどなかったから、その変化が胸にずしりと響いて、気持ちはますます落ち込んでいく。
少し気分を変えようと思い、本棚の前に立つと、前は植物や魔物の図鑑ばかり並んでいた場所に、今日は見慣れない本が並んでいた。動物の図鑑、神話の生き物、挿絵の多い児童書まである。
「いつからこんな本あったんだろう……?」
不思議には思ったけれど、書庫の本の管理はドミニクがしていて、定期的に入れ替え変えているのを知っていたから、ドミニクが変えたんだと思って、気にしないことにした。
試しに数冊、手に取って読み始めてみたけれど、どれも面白く、気づけば夕食の時間になっていた。続きは明日読もうと、その日は胸を弾ませながら書庫を後にした。
翌日。昨日の続きを読むために、意気揚々と書庫へ向かっていた時だった。曲がり角の向こうから、使用人同士のひそひそ声が聞こえてきた。
「今後、リュカ様はどうなるのかしらね……?」
「儀式の後も変わらず溺愛されてるけど……成人まで、じゃない?」
昨日も自分の部屋の前で聞いたのと同じ内容が、また耳に飛び込んできて、思わず足が止まった。一部の使用人たちの態度が変わってきていることには薄々気づいていたけれど、こうして言葉にされると、胸の奥に冷たいものがひとかけら落ちていく。
それでも、書庫に行くにはこの廊下を通るしかない。
でも、使用人たちのおしゃべりは一向に終わる気配がなく、ましてや僕の陰口を話している最中だ。姿を見せたら、どんな顔をされるか分からないと思うと、足がすくんで動けなかった。
出ることも戻ることもできず、ただ廊下の片隅で立ち尽くすしかない。そんな僕の横を、誰かが足早に通り過ぎていった。
「オ、オルフェ様! し、失礼します!」
兄様を見るなり、さっきまで噂話をしていた使用人達は、僕の存在に気付くことなく、青ざめた様子で蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げていった。そんな様子を、兄様は一言も発さず見届けると、僕に視線すら向けないまま書庫の方へ歩いていった。
兄様の背中を追いかけるようにして、僕も書庫へ向かえば、兄様はもう席に座り静かに本を読んでいた。僕も入っていいかと、扉を少し開けて迷っていれば、そんな僕の気配に気付いたように兄様が視線を向けてきた。
「前にも言ったが、入りたいならさっさと入れ。」
「う、うん……!」
兄様の邪魔にならないよう、静かに書庫へと入り、急いで昨日の本を取り出して、前と同じ場所に座る。兄様は、そんな僕の事など、特に気にする様子もなく読書を再開していた。
無言なのに、不思議と今は嫌ではなく、昨日と同じように、本に夢中になっていれば、自然と穏やかな時間が過ぎていった。
昼食の後も、二人で静かに本を読み続けたけど、兄様は、本当に僕に対して態度を変えない。
儀式の後で、屋敷の人達の目が変わっても、兄様は何も言わないし、変わらない。だけど、その“変わらない”が、少し嬉しかった。
ただ、少しだけ。さっきの使用人達に、ひと言でも怒ってくれたら良かったのにな……というワガママも胸に残った。
その翌日も、他の人が来ない書庫で一緒に過ごしていたけど、週末から再開する授業を思うとため息が出てしまう。
「はぁ……」
「……どうした?」
ため息を付けば、兄様が本から顔を上げ、僕に声を掛けてくれた。
「えっと……明日からの授業が嫌で……」
自分で言いながらも、兄様には呆れられる未来しか見えなくて、言葉がしぼむように小さくなっていった。だけど、兄様は少し黙ったあと、淡々と言った。
「……何をやっているんだ?」
「ダンスと……貴族の家名を覚える授業……」
「ダンスなど、無理に踊る必要はない。それに、覚えるのは嫌な貴族だけで良い」
「嫌な……貴族?」
「あぁ、お前は不快なことを言った相手の名前だけ覚えていればいい。」
(そのは……どうなんだろう……)
現実的に無理があると思うのに、言った本人だけは、”問題は解決した”というように、もう本へ視線を戻していて、言い返すタイミングを失ってしまった。
そんな事に悩みながらも、その後の授業も先週と同じで、歴史と名前の暗記に頭を抱える日々が続いていたおり、ダンスの練習も欠かさず行っていた。
「ダンスは、もう問題ないと思います。相手さえいればいいのでしょうが……私は女性パートが踊れなくてですね…」
フェリコ先生が少し困ったように笑った。たしかに、ワルツは相手が必要だ。
「兄様の時はどうしてたの?」
「オルフェ様の頃には、女性の教師もいたんですよが……アルノルド様に近づこうとする方が現れまして。中にはオルフェ様目当ての方まで出始めたので……」
そこで一度言葉を濁し、控えめに続ける。
「アルノルド様が全員クビにされて以来、女性の家庭教師は雇われていませんね…」
「あぁ…」
未だに一番上の兄で通じそうな父様だから分かる。それに、兄様も……父様とは違った格好良さがあるから、分かるような気がする。でも…流石にそれは駄目だと思う…。
「じゃあ、男の人は?」
「オルフェ様が、"お世辞しか言わないような男はいらない" とおっしゃってですね……」
(だから、家庭教師がフェリコ先生だけなんだ…)
一人しかいなかった理由が腑に落ちた。だけど、この話題は気まずかったのか、少し話題を変えた。
「なので、ダンスの相手役をオルフェ様に頼むという手もありますけどね?」
「に、兄様に!?」
「オルフェ様なら、女性パートも完璧に踊れると思いますよ。身体の使い方を覚えるのも上手い方ですし」
(たしかに、何でも出来そうな兄様なら、女性役でも、たぶん出来ちゃいそう…。でも本人に言ったら絶対嫌がるよね……)
「兄様、学院に行ってるから……」
「おかしいですね?学院は先週までで、今週からお休みのはずですが?」
「でも、今日の朝も馬車で出掛けて行きましたよ?」
フェリコ先生は少し不思議そうな顔をして、それから静かに頷いた。
「それなら、今日はオルフェ様にお願いするのは無理そうですね」
(兄様がいなくて良かった……)
もし屋敷にいたら、フェリコ先生が本当に頼みに行きかねない。
(でも……どこに行ったんだろう…?)
疑問は残るけれど、今は聞ける雰囲気でもなくて黙ってしまった。
「新年祭は今週なので、あともう少しだけ頑張って下さいね」
「はい……」
その日も、嫌いな家名暗記を何とかこなしつつ、そしてついに、新年祭の日がやってきた。
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