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番外編 終わらない夜(アルノルド視点)


エレナから昼間言われた言葉は、普段であれば魅力的な言葉であったのだが、このような無様な姿を晒すだけで終わるのであれば立つ瀬がない。


これまでも叱責される事は何度かあり、傍で使えている者達にもその件で意見を求める事はあったため、それ事態は珍しいものとして扱われないだろう。だが、床に正座し、反論する事なく淡々と叱責されている今の私の姿を配下の者達が見れば、二度見ではなく三度見されたあげく、蜂の巣でもつついた騒ぎになる事だろう。アイツ等に至っては、その騒ぎを面白がるか、自業自得とでもいうような冷めた視線しか向けて来る未来しか予想できない。


「それで?何時から知っていたの?オルフェからは、随分と先に貴方が手を打っているようだったと聞いたのだけれど?」


「いや…色々と対応はしていたのは事実だが、この件に関しては私にとっても急な事だったのだ…」


「本当でしょうね?」


「……嘘ではない」


審議でも問うように疑わしげな目で見て来るが、予期せぬ事で対応に追われていたのは嘘ではない。何故なら、今回の事を知っていたというよりも、予想していたと言った方が正しい。密輸の件が発覚した事で、目障りな帝国が大人しくなった分、あちらが何かしてくる事は分かっていたため、そこに最初から罠を張っていただけの事だ。だが、その件に他の要素が絡んでくるとは思っていなかった。


あの青年を含め、あの契約を持ちかけていた者達は総じて監視対象であり、その者達は事あるごとに報告を受けていた。そのため、あの男よりも速く、子供達が接触している事は把握していたし、リュカ達と共にいたアレが不用意な発言をしたのも知っていた。しかし、それだけであれば問題はない。だが、偶然手に入れただけの幸運だけでは良しとせず、さらなる欲望をつのらせ、自身の身の丈以上の欲で簡単に道を踏み外す者達がいる。そのため、あの条件での契約であるならば、破滅するか身の程をわきまえて堅実に生きるかの二択が多いが、愚かな者は既にオルフェの学院時代に両親共に処理が終わっており、もはやこの国にいるのは数名だけだ。


自ら破滅の道を進んでいた肉親とは違い、アレは真面目な様相を見せていたため、あと数年、様子を見た後に監視対象から除外するかと検討もしていたのだが、まさか今になってそれが裏切られるとは思っていなかった。既に証拠となる物は回収してはいたため、発言力がない者がいくら言い触らした所でそれを信じる者など皆無ではあろうとは予測は出来ても、何で足をすくわれるか分からない。


ただでさえ細心の注意を払って対応しなければならなかった案件に、余計な仕事を作ったアレの言動をその日のうちに咎めようとも思ったが、その件を何処で知ったのかと聞かれれば、答えようがなかったために罰する事も出来ずに放置するしかなかった。


「ふ~ん…。でも、こういった事は前々から隠さずに話すという約束もしていたわよね?それに、貴方が約束の一つも守らないから、あの子達も無茶をしたのよ?そのうえ、出かける時でさえも私に一言も声を掛けないで、いったい誰に似たのかしら~?」


私が今回の件を振り返っていれば、貴族らしい愛想笑いを浮かべ、的確にこちらの痛い所を突きながら遠回しに私の事を皮肉る言葉を投げつけてくる。しかし、この辺で風向きを変えなければ、本当に日が登る頃までこの話が続きかねない。


睡眠時間がなくなること自体は大した事ではないが、私達が休まなければ休む事が出来ないドミニクからの小言が待っているのは確実で、私への対応が格段に下がる事は目に見えている。だからこそ、それらを出来るだけ阻止したいのもあるが、なによりも私の不手際でエレナの時間を無駄にするわけにはいかない。


「今回の件に関しては、近日中に控えている催しと同時に進める必要があったため、私としても後手に回らざるを得なかったのだ」


「アルが忙しかったのは、私だって理解はしているわ…」


屋敷内でそういった姿をあまり見せた事はないが、この件に関してはエレナも新年祭の準備と平行して進めていただけに、私の立場を顧みて一定の理解を示してくれた。本来であれば、この件は下の者に適度に任せ、私は今後も適度に手を抜いていこうと思っていた煩わしい催しだったのだが、意外な所で私の役にたった。


「私の仕事柄、エレナに対して話せない事も多く、そのせいで今回も不安な思いをさせてしまった事には改めて謝罪する。すまなかった」


アイツ等であるならば、機密情報や国の内情を理解しているため、多少の情報さえ回していれば事足りる。だが、それらに関わっていないエレナに対しては、どこまで話して良いものかと、毎度の事のように迷ってしまい、どうにも口が重くなる。そのうえ、隠し事があまり得意ではないエレナに、秘密を抱えながらも普段通りに過ごさせるような生活をさせたくはない。その思いを込めて私が座ったまま深々と頭を下げれば、その姿に多少はこちらの心境が伝わったのか、エレナの声が少しだけ和らぐ。


「それは…私だって分かってはいますけど…」


「今後も言えない事はあると思うが、嘘だけは口にしないと約束する」


「アル…、まぁ…それを約束してくれるなら…」


エレナの怒りが収まってきた事を感じた私は、今ならば子供達の事も許してくれるのではないかと、擁護する言葉を口にした。


「それに、子供達の行動にも悪気はなかったのだろうし、そう目くじらを立てても可愛そうだよ」


「アル?それは、私が言うべき言葉であって、貴方が言える言葉ではないわよ?全く、すぐに自分の事を棚に上げて!」


「す、すまない」


冷やかな笑みと共に叱責され、慌てて謝罪の言葉を持って答えるが、それでもエレナの小言が再び再開してしまった。しかし、何故、私がこんな目に遭わなければならないのか…。私は上から聞こえるエレナの声に耳を傾けながら、こうなってしまった原因に思いを馳せる。


もし、アイツがしっかりと子供の様子を注視していれば、あの青年と接触する事もなく、私がこのような目に遭うような事もなかったと思うと、子の動向くらいは把握しておけと言いたい。だが、私的な事で兵を使うのを良しとせず、正面から尋ねる事しかしないような男では、それも難しいだろう。仮に動くとするならば、以前に少し手を貸したような明らかに後ろ暗い者達が相手の時だろうと、半ば諦めに似た感情のままにため息を飲み込む。


今回もそれに似たような連中がこの件を降って湧いたような好機と捉えたようだが、私にしてみればそれは悪手としか言いようがない。例え綿密に計画を立てたとしても、その間に突発的な行動をしてしまえばそこから綻びが出やすく、相手に付け入る隙しか与えない。だからこそ、私としては簡単に決着が付いてしまいそうになり困ってしまった。


あちらとしても、下の者がそこまで馬鹿な行動をするとも思っていなかったようで、その事態を把握できていないようだった。しかし、相手方にそれを知らせようにも、知らせに行かせた者があまりに深入りし過ぎて、こちらの思惑に気付かれては面倒な事になる。もし、最後にそれらを全て一掃してしまうのならば、誤魔化しが効くため問題にはならないが、あの子の知り合いが関与しているならば、適度な所で手を打つ必要がある。


そのため、過ぎた好奇心を出さず、疑問を挟まずにこちらの任務をこなす者を急ぎ向かわせたが、アレは身の程を理解しているため本当に使い勝手が良い。今回も、不自然だと疑われても仕方がないような指示も忠実にこなしていた。それは簡単な事のようで、なかなかそれが出来ない者が多いため重宝しているが、最近は働かせ過ぎていると自覚している。アレの方からも、自宅に帰れていないと嘆願が届いていた。しかし、その家は私が管理を任せているだけの家であり、あの者の家というわけではないのだが、家を引き払い私物を持ち込んで住んでいるだけに、本人としては自身の家という認識なのだろう。だが、あそこは重要な場所でもあるため譲るわけにはいかない。


しかし、今回もアレがこちらの意思通りに動いていた事もあり、至難の技であったレクス達の目を欺くのは出来た功績を加味して、例の青年たちを連れて王都に戻った際には休暇と共に屋敷の一つくらいなら与えてやっても良いとは思っている。裏切らせないためにも、使える者には適度な報酬は必要な事であるため、既にそちらの方にも手を回しているが、こちら側の者達に手間と時間をかけ過ぎてしまったため、他の事が後手に回ってしまい、あのような粗雑な者達に遅れを取り、結局は皆に不安と迷惑をかけてしまったのは、私としても何とも不甲斐ない限りだったと反省はしている。


「アル?聞いているの?」


「あ、あぁ…聞いている…」


エレナを含め、迷惑を掛けた者達に対して懺悔していたとはいえ、別の事に意識を向けているのに気取られてしまい、先程よりも冷ややかな声が降ってくる。だが、周囲からも私の表情が読みづらいと言われ、アイツ等でさえも気付かれない時があるというのに、何故かエレナなどは目ざとくそれに気付く。女の感というのは恐ろしいものがあると、レクスが愚痴のようなものをこぼしていた事があったが、こういう時だけはそれを実感させられる。しかし、真摯な態度と謝罪。そして、共感を持って寄り添う姿勢を見せる事が大切だと言われていたというのに、ここに来てさらに対応を間違えてしまった。


「私と話すよりも、若い子と話した方が話が弾むのかしら?」


「それは…何の話だ…?」


何故だろうか、国の機密に関係しそうな話よりも、さらに不穏になったような気がする…。私の本能が警鐘を鳴らすなか、エレナは仄暗い笑みを浮かべながら、静かに私の問いの答えを口にする。


「新年祭の時、年若い子達と、とても楽しそうにしていたでしょう?」


既に終わっているあの日の出来事を持ち出してきたが、エレナは私の事を何だと思っているのだろうか…?自身の半分も生きていない者にみだりに手を出そうなど、ただの不埒者ではないか。それに、エレナがいるというのに、それ以外に好意を寄せる事などありはしないし、飢えてもいない。


「その件に関しては、エレナも合意していたはずだが…?」


「頭で理解していても、納得はしていないのよ?」


その件は事前に通達したうえで許可を取り、その後の報告も上げていたのだが、感情論で諭されてしまえば、そうなのかと納得する術しか私にはない。


「貴方の場合、逆の立場になっても分からないかもしれないわね」


「ぎゃく…」


嫌味でも言うかの如く不機嫌そうな様相で言われたため、私も自身の立場に置き換えて考えてみる。


それが嫉妬心であるかは分からないが、エレナに対して好意を示し、不用意に手を触れたならば、間違いなくその手首を切り落として殺すだろうと自身の行動を予測する。しかし、手を下してしまえば記憶の片隅に残る程度でしかなく、これだけの期間が開いているというのに、未だに引きずっている事に関しては理解できない。そんな私の空気をも察したのか、エレナの眉が徐々に吊り上がっていく。


「やっぱり貴方とはもう一度、一から話し合う必要がありそうね…」


最初よりも仄暗い笑みを浮かべ出したエレナを前に、私の夜はまだ終わりそうにない事を悟った…。


そして後日、報酬を約束していたにも関わらず、家の私物が全て処分されていたと抗議が届き、人生とは予想できない事の連続であると実感する事をまだ知らない。

お読み下さりありがとうございます

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