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番外編 アリアへの交渉 (バルド視点)


ネアから言われて仕方なく勢いで此処までやっては来たが、過去最大の壁にぶち当たっていた。


リュカの屋敷から学院へと向かっている途中で、ちょうど街の方からやって来るアリアの姿を見かけた。それだけなら良かったが、アリアは一人じゃなく、クラスの他の女子と一緒に帰っていた。そのせいで、近付くどころか、声を掛ける事すら出来ない。


何度も機会を窺っては踏ん切りがつかず、建物の影に隠れながら此処まで後を付けるようにして来たが、既に街を通り過ぎて学院の敷地の中にまで入ってしまったため、寮までの道のりはあまり残ってない。もし、寮の中へと入ってしまうような事があれば、もう追いかける事も出来ずに、他の誰かに伝言を頼んで呼び出してもらうしかない。


「それだけはなぁ…」


俺にとって最悪の事態になることは、どうやっても避けたい。だが、あの中に割って入って連れ出す勇気なんかない。もしそんな事をすれば、明日の学院で揶揄われたうえにしばらく噂になる。そんなのは、例えもうすぐ夏休みで学院が休みになるとしても絶対に嫌だ。


「あぁ!どうすれば良いんだよ!」


建物の壁を背にしながらしゃがみ込み両手で頭を抱え込むが、頭を使う事が得意でないの俺1人では、解決策なんて思い付かない。こんな時、コンラッドがいればいつものように相談できたかもしれないけど、馬車なんか使ったら確実に無駄に遠回りになって余計に時間も掛かると思って、急いで走って来たのが失敗だった。


俺がこうして頭を抱えている間にも、アリアは友人達と着実に女子寮へと近付いており、時間がない。それに、このまま行けば、俺が追い掛けられる線を超えてしまう。


「何でアイツの書面なんかいるんだよ!?」


俺よりも頭の良いネアの事だから、俺なんかが考えつかないような理由があるんだろうが、そんなの説明されないと分からない。だから、本当に俺がするこの行動に意味があるのかと疑う気持ちと、このまま帰っても別に良いんじゃねぇかという誘惑など、やらなくても良い言い訳が浮かぶ。だが、友達としてリュカの手助けにはなりたいという思いは嘘じゃない。だからこそ、ここは男らしく下手なプライドを捨て、もう覚悟を決めるしかないと立ち上がろうとした時、向こうの方でアリアの声が上がる。


「ごめんなさい!さっきの店に忘れ物したみたい!だから、少し戻るわね!」


「私達も一緒に取りに戻りましょうか?」


「ううん、一人で大丈夫だから先に戻ってて!」


一緒にいたクラスメイトにそう言って別れを告げると、寮に背を向けてこちらの方へとやって来た。これは絶好の機会と思って目で追っていると、そのまま来た道を引き返すと思っていたが、その道から僅かに逸れて、何故か俺がいる方へと真っ直ぐやって来た。


「アンタは、さっきから何してんのよ…?」


座り込んでいる俺を真っ直ぐ上から見下ろしながら、まるで不審者でも見つけたかのような視線を向けてくる。


「べ、別に!ちょっと用があって声を掛ける機会を狙ってただけだ!」


「あのね。女性の後をコソコソと付いて来るなんてただの不審者だから。はっきり言って、衛兵に通報されても文句なんて言えないわよ?」


売り言葉に買い言葉みたいな感じで啖呵を切ったが、コイツの言い分を聞けば、それもそうかと頭を掻きそうになる。だが、俺にも言い分があるため、それを素直に認められず、かと言って情けない理由だったのもあって無言のまま不貞腐れたような顔でいれば、まるで子供の相手でもするような呆れ顔をする。


「はぁ…、声が大きいうえに気配を隠す気もないみたいだったし、気付いたのが私だけだった事に感謝しなさいよ。それで?私に何の用だったのよ?」


「いや…ちょっとお前に頼みがあってさ…」


「頼み?」


「その…ちょっとお前の名前を借りたくってさ…」


「はぁ?何で貸さなきゃいけないのよ?」


「それは…言えないんだけどよ…」


「あのねぇ、理由も言わない相手に名前なんて貸すわけないでしょう?そもそも、何で私がそんな利益にならなそうな事しなくちゃいけないのよ?」


「いや…俺も言われて来ただけだから、何でかまでは知らないんだよな…」


「はぁ…」


格好が悪いと思いながらも、言われてやって来た事を正直に告げると、呆れを含みながらも何とも小馬鹿にしたようなため息が返ってきた。ある程度の事情さえ話せば協力はしてくれそうではあるけど、俺の一存でリュカの件を喋って良いのかと口が重くなる。だけど、いつも通りの調子で根掘り葉掘り聞かれでもしたら、勢いで全部喋ってしまいそうなのは、自分でも少しは自覚していたため、聞いて来るなよと祈りながら口を噤んで下を向いていれば、向こうからは俺が思っていたのとは違う言葉が返ってきた。


「それで?それは私の名前だけで良いの?」


「……今すぐ聞いて来いとか言わないのか?」


全く何も聞いてこようとしないコイツの言動に思わず聞き返したが、聞いてからしまったと後悔した。いつも思った事を迂闊に言っては、そのまま言ってはいけない事まで言うため、コンラットからも止めろと言われているのに、つい言葉が口から出てしまった。だが、焦ったように視線を泳がせていた俺の様子を見たアリアは、何ともつまらないものでも見るような視線を向けてきた。


「そんな顔しなくても、そんな事言わないし聞かないわよ」


「えっ…?」


「全部顔に書いてあんのよ。この前だって下町の連中の困りごとに首を突っ込んでたし、どうせまた何かやらかしたか、面倒事にでも関わってるんでしょう。本当にお人好しも程々にしなさいよ。それと、今度からは理由くらい聞いてから来なさいよね」


「書いて…くれるのか…?」


「言っておくけど、変な事に使ったら承知しないからね!」


こちらが何も話せなくても、ある程度の事情を察したかのように小言だけしか言って来ないアリアの姿に、俺は呆けたように聞き返せば、向こうからは強気な言葉が返ってきたけれど、少し照れ隠しが入ったように見えた。だからなのか、それを否定するかのようにアリアが強い顔と口調で言葉を発する。


「それで、私の名前を使って何がしたの?それによっては、色々と違うんだけど?」


「あ、あぁ、何か常連しか入れないような店の奥に入りたいんだってよ。だから、そこに顔が利くお前の名前を借りるのが、一番簡単らしくってさ」


「確かに、私の方がそういった店とかの人付き合いも良いし顔が広いから、私を頼るって点では間違ってないわね。まぁ、私は自分の力量以上の頼み事を引き受けるような馬鹿な事はしないけど。でも、それくらいなら直ぐ書き終わるわね。ちょっと待ってなさい」


俺が答えれば、アリアはそう言ってさっさと女子寮の方へと背を向けて行ってしまった。いつもはわがままで自分勝手、それでいて人の話なんて聞こうともしないくせに、こういった時だけ妙に気遣ってくるから、どうにも嫌いになれない。おそらく、店に忘れ物をしたというのは嘘で、俺が後を付けているのに気付いたから言った言葉だと思う。そうでなければ俺なんか無視して、忘れ物を取りに店に戻っていると思う。


「はい。これで良いでしょう」


「あぁ…ありがと…」


そう待つこともなくアリアが戻って来ると、自身の関係者である事を証明する内容を書いた紙を差し出してきた。だから、俺が礼を口にしながら手を伸ばしたが、何故かその手を離さない。


「…離せよ」


「報酬は?」


「はっ?ほうしゅう…?」


「当たり前でしょう?私がただでアンタのために何かするわけないじゃない?」


「いや…そんなの準備も何もしてねぇけど…」


当然でしょうと言わんばかりの顔で笑うが、急いで来たから今は何も持ってない。そうすれば、それを見越していたかのように、アリアの笑みがニンマリとしたものに変わる。


「そう、それならしょうがないわね。じゃあ、誰かいい人を紹介するってことで手を打ってあげるわ」


「はぁっ!?何で俺が?」


「何処へ行くかは知らないけど、下手すると私の得意先が駄目になるかもしれないんだから、私にもそれくらいの利益がないと割に合わないじゃない?ちゃんと見返りは貰わないとね」


知り合いの奴らにコイツに会うように声を掛けて回るのか!?俺が!?


ただで動く奴じゃない事くらいは知ってるが、こんなの安いものでしょ?という顔で言ってくるが、こっちとしては冗談じゃない。


「無理に決まってんだろ!?」


「やる前から無理なんて決めつけてないでよね!アンタも無駄に交流が広いんだから、こういう時くらいそれを活かしなさいよ!あぁ、なるべく金と権力を持っているような人をお願いね!」


「お、おい!!」


こっちが言い返す前に言いたい事と無理な注文を平然と言ってのけると、こちらが反論を口にする前に逃げるようにして寮の方へと去って行く。


「お前、ふざけんな!!」


やっぱりコイツは嫌いだ!そう思いながら叫べば、俺の叫び声を聞いた奴らが、何事かというように、部屋の窓から外の様子を覗き始めた。


「やべっ!」


一方的に俺が怒鳴っていたようにしか見えないような場面で顔を見られたらまずいと思って、その場から急いで立ち去ったが、アリアからしてやられた感があって何か腹が立つ。


「あぁ!もう!ネアのせいだ!!」


八つ当たりだと分かっていても、手ぶらではない証拠を手に持ちながら、こんなことになった原因のネアへと怒りつのらせる。


「絶対文句言ってやる!!」


後ろから複数の視線を感じながらそんな決意を胸に抱くと、その日は暗くなりかけた道を走ってリュカの屋敷へと戻った。だけど、そこでルイを抱いたネアからはまともに相手にされる事はなく、1人と1匹に鼻で笑われただけだった。

お読み下さりありがとうございます

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