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一番強いのは


まだ少し薄暗い部屋の中で目を覚ませば、微かに紙をめくるような音が聞こえてくる。何処から聞こえてくるのかと、その音が聞こえて来る方へと寝ぼけ眼を向ければ、そこには見知った人物の影があった。


「兄様、帰って来たの?」


僕の眠りを妨げないためなのか、灯りもつけずに窓の傍にある椅子に腰掛けながら紙の束に視線を向けている兄様へと声を掛ければ、手に持っていた紙の束から目線を上げる。そうして持っていた物を脇にあった机へと置くと、静かにその腰を上げて僕の側へとやって来た。


「日が昇る前には戻って来たのだが、疲れて眠っていたようだったのでな。なるべく邪魔にならないよう声も掛けなかったのだが、よく休めたか?」


「僕は休めたけど、兄様は?」


兄様は宿へ戻ってからも出かけただけじゃなく僕が寝ている間も動いていて、今も休んでいる様子がない兄様へと声を掛ければ、心配する僕を安心させるかのような柔らかな笑みを浮かべた。


「私は普段からあまり休まずとも平気だからな。それに、休息なら戻って来た時に一息ついた」


そう言った兄様を改めて見れば、昨日着ていた汚れた服も着替えたようで、町の人が着るようなシャツにズボンというラフな服に変わっていた。だけど、着ているのが兄様だからか、それすらも正装のような上品な雰囲気を放っていた。


「兄様が大丈夫なら良いけど…。あの人達はどうなったの?」


怪我をした様子もなく、どこか機嫌も良さそうだったから、僕を襲った人達がどうなったかを尋ねれば、僕にどこまで話して良いのか少しだけ考えるような顔をする。だけど、普段よりも機嫌が良かったからなのか、何時ものように渋る様子もなく、昨日の事を話してくれた。


「リュカが気にする程の相手ではないのだが、有り難い事に逃げ足が早かったからな。思ったよりも他国の内部へと入り込んでくれていたおかげで、周囲への影響を考えずに戦う事が出来た」


ストレス解消を終えた後のように満足そうに笑いながら言う兄様を前にして、少しだけ言葉の内容に不安を覚えた僕は、兄様に一つだけ確認するように問い掛けた。


「ねぇ、兄様?森で誰かに会わなかった?」


「誰かとは?その者達以外でか?」


「ううん!会ってないなら良いんだ!それで、これからどうするの!?」


その人達以外の人に誰にも会っていないなら、森に大した影響は出なかったんだと思っていれば、そんな僕の様子を不思議そうに見ながらも、どこか探りでも入れようとしているような様子で聞いて来る。そんな兄様を前に、僕はそれを必死にそれを誤魔化しながら今後の方針について聞けば、慌てている様子に怪しげな視線を向けていた兄様は少し気まずそうな声を上げる。


「…そうだな。今回の案件が思いの外速く片付いてしまったからな…。もはや此処にいる理由もなくなってしまったな…」


「昨日、騒動を起こした人がいたからだよね?」


「あ、あぁ…」


用事が速く片付く事になった理由を作った人の話題を出したら、何故か兄様が急に歯切れが悪くなった。どうしたのかと思って見上げていれば、兄様はその視線に耐えきれなくなったかのように声を発した。


「それでなのだが、昨日の騒動の影響で町の至る所で怪しい者を探しているようなのだ。この宿に該当するような髪の色の者が泊まっていなかった事もあり今は静かだか、人相書きが出るようになってしまえば、それに似た者達の捜索が始まると思う…。そうなれば、また周囲が騒がしくなりそうなので、今日にでも町を出ようと思うのだが、リュカはそれで良いか…?」


「僕は良いけど、そんなに速く出る必要があるの?」


「あまり屋敷を空けておきたくもないからな…。既にいる理由がなにのならば、速く戻りたいのだ…」


「それなら、アドさん達に一言挨拶してからの方が良い?」


「そうだな…。私も迷惑を掛けてしまった自覚はあるからな…。此処を去るにしても、挨拶くらいはしておいた方が良いか…」


どんな迷惑を掛けたかは分からないけれど、屋敷がどうなっているのか不安なようで、どこか焦っているような雰囲気があった。でも、その気持が分かる僕は、今も隣で寝ている人へと視線を向ける。


「じゃあ、ティを起こした方が良い?」


「挨拶をしに行くだけだ。わざわざ起こす必要もない」


気持ち良さそうに寝ているティに冷たい視線を向けると、そのまま見向きもしないで部屋を後にしようとする。僕も起こすのも忍びないと思ってその後を追えば、兄様は何の迷いもなく宿の廊下を歩いて行き、一つの部屋の前で足を止めた。誰の部屋なのか視線を上に上げれば、その部屋のドアをノックする所だった。軽くノックする音が響くと、暫くしてそこからアドさんが顔を出し、その後ろにはこちらを窺うように立つロウさんの姿があった。どうやら、2人は一緒の部屋に泊まっていたようだ。


「どうかなされましたか?もしや、先程の報告書にどこか不備でもありましたでしょうか!?あっ!と、とりあえず中へとどうぞ!」


兄様がやって来た事で焦った様子を見せたけれど、廊下に立たせたままなのは失礼だと判断したのか、道を譲るように部屋へと招き入れると、一番近くにあった椅子を僕達へと勧めだした。だけど、手だけでそれを断るそんな兄様の様子に、アドさんは本格的に何かヘマでもしたような顔で兄様の機嫌を伺う。


「何か不満でもありましたでしょうか…?」


「いや、その点に関しては不満などない。ただ、此処での用も終わってしまったからな。私達は今からでも王都に戻ると伝えに来ただけだ」


「今からですか?町の様子を考えても早いうちに離れた方が良いとは思います。しかし、宿にそれらしい馬車の用意なども見受けられませんでしたが…」


兄様の言葉に戸惑いながらアドさんが声を上げれば、それは当然だろうとでもいうように兄様がそれに答えた。


「馬車は使用して来たのではない」


「あぁ、召喚獣でいらしたんですね」


兄様が即座に否定すれば、何かに思い至ったように納得したような声を上げる。だけど、兄様はその声さえも直ぐさま否定した。


「そんなわけないだろう。あんな目立つもので来たのなら、その日のうちに町で騒ぎになっている」


「確かに、そんな話しは聞こえて来てはいませんが…。でしたら、何を使って此処までいらしたんですか?」


「屋敷の庭から、森を経由して歩いて来た」


「「はっ?」」


2人揃って何を言っているのか分からないとでも言うような驚きの声を上げる様子を見て、僕は兄様の方へと視線を向けながら尋ねた。


「兄様?説明してなかったの?」


「此処で動くうえで、そこまで重要な情報ではないと思ったからな」


意味が分からないと困惑している2人に、兄様が此処に来た方法を軽く説明すれば、ロウさんは開いた口が塞がらないとでもいうような顔をしていたし、アドさんもそれは聞いてないとでもいうような顔で驚いていた。だけど、それでもロウさんは何とか絞り出すように、平然とした様子でいる兄様へと言葉を発する。


「侯爵家ほどになると、それが普通になるのか…?」


「そんなわけがないだろう」


「…だよな」


お伽話でしか聞かないような転移魔法を普通のものでもあるかのように言う兄様に疑問の声を上げれば、呆れたような声でそれを否定され、自分の常識は間違ってなかったとでもいうような安堵の表情をしていた。そんな会話の間に、アドさんも気を取り戻したようだった。


「ということは、お2人はそれを通って来たのですね…?」


「いや、それを使用出来るのはリュカだけだ」


「じゃあ、お前はどうやって来たんだよ?」


「リュカに召喚されて来た」


「「はぁっ…!?」」


2度目の何言ってんだコイツみたいな顔で驚く2人を前に、兄様はいちいち驚くなとでもいうような様子で顔をしかめると、淡々とした様子を崩す事なく僕の事情に付いて説明しだした。だけど、それを聞いたアドさんは、口には出さなくても本当の事なのかと疑うように、話しの途中で視線が何度も僕と兄様の間を往復していた。でも、兄様がそんな嘘を付くとは思えなかったようで、自身を無理やり納得させようとしているようだった。


そんなアドさんの横で、実際にその時と似たような場面を目撃し、自身も同じ体験をしたロウさんはさり気なく僕の側へ身を寄せると、兄様に聞こえないよう小さな声でポツリと僕に言ってきた。


「……俺が隠す意味とかあったのか?」


「えっーと…うん…」


兄様に睨まれながらも庇ってくれただけに、ある程度の事情を知っている奴にわざわざ秘密にする必要があったのかと視線でも僕に問い掛けられ、僕はそれに曖昧な返事しか返せなかった。僕がそれで困った顔をしていたからか、兄様は急に不機嫌そうな声でアドさんへと指示を出した。


「お前は昨日の連中の関係各所を潰しながら王都まで戻って来い。そして、それをコレに片付けを手伝わせろ」


「はぁっ?おい、俺は何時からお前の部下になったんだ?」


「貴様の罪が軽くなるよう口利きしてやるんだ。それぐらい働け」


「そんなの頼んでねぇよ!!」


「リュカの知り合いでなければそんな面倒な事などしない。感謝しろ」


「感謝なんてするわけねぇだろ!お前に借りを作るくらいなら喜んで罰を受けわ!」


「ほぅ、ならばその召喚獣込みで罰を受けて貰おうか?」


「てめぇ、来たねぇぞ!!」


弱点を巧みに突いてくる兄様に、ロウさんが口汚く罵るけれど、痛くも痒くもないといった様子だった。でも、殿下とのやり取りを見ているからか、この2人も何だかんだで気が合いそうに見える。その後、昨日の魔法薬の効果が切れたのを確認して貰うと、急ぐ兄様と町を出て森までやって来たけれど、そこまで来てあることに気がついた。


「あっ!ティのこと宿に置いて来ちゃった!!」


部屋へと戻る事なく宿を出てきてしまったため、ティを起こすのを忘れていた。僕がティがいないと帰れないと思っていると、兄様も嫌そうに眉を寄せていた。


「いない方が平和だったせいで忘れていたな…。今から町に戻るのは…。かといってリュカ1人に行かせるのも…」


そんな大事な事を忘れるなんて兄様らしくないなと思いながらも、今も町に戻りたくなさそうな事を呟く様子に、何かあったのかと考えていると、頭上から聞き覚えのあるのんびりとした声が聞こえてきた。


「戻る必要なんかないにゃ」


「えっ?何で此処にいるの!?」


上を見れば、此処にいるはずのない存在が木の枝の上でのんびりしている姿に驚きながらも問い掛ければ、隣にいた兄様もさっきとは違った真剣な面持ちで問い掛けた。


「何か問題でも起こったのか?」


「行けば分かるにゃ。そんにゃことより、案内人がいにゃくて困ってるにゃ?それにゃら、ルイがしてやるにゃ」


特に焦った様子もないから大したことではないのかもしれないけれど、マイペースな性格のルイだから、完全に安心する事は出来ない。だから、僕達は急いで屋敷に戻ることにした。


「見たところ、何か問題が起こっているようには見えないが?」


ルイの案内もあって無事に屋敷まで兄様と帰って来ることが出来たけれど、出た時と変わらず静かな屋敷の様子に、兄様は状況が読めずにルイの方を見るけど、僕の足元でのんびりとした様子を見せているだけだった。だけど、誰かの気配を感じたように耳を動かして後ろを振り返った。すると、僕達が来るのを待っていたかのように、ドミニクがそっと立っていた。


「おかえりなさいませ。迎えを向かわせはしましたが、思ったよりもお早いお帰りで本当に助かりました。なにせ、こちらで対処が困難な事がありまして、如何したものかと困っていたものですから」


「何かあったのか?わざわざ連絡を寄越すような事が起きているようには見えないが?」


連絡係にはしていたルイを使ってでも知らせなければならなかった問題に、兄様が緊迫したような様子で聞き返せば、深刻そうな顔を浮かべるドミニクが静かに口を開くのを僕も緊張感を滲ませながら待った。


「……奥様が大変お怒りです」


「「……」」


間を空けながらその重い口を開けば、その内容に僕達の間に暗い沈黙が下りる。危機的な状況を前に僕達が黙り込んでいれば、ドミニクは僕達にさらに非情なる一言を告げる。


「ですので、お2人には今直ぐ奥様の所までご一緒していただきます」


「母上にはまだ、私達が戻って来た事を知られてはいないはずだが…?」


「はい。ですが、お2人がお戻りになりましたら、直ぐにお呼びするように奥様に言われておりますので」


兄様が少しでも時間を稼ごうと言葉を発するけれど、この家で一番の権力者に従うドミニクは、僕達を前にしても何の慈悲もなく、忠実な家臣のような振る舞いで死刑判決に似たような事を平然と言って来る。


「私に協力し、止めなかったお前も同罪だろ…?」


「はい。私が伝言をお伝えした事もあり、大層お叱りを受けましたので、お2人にも同じ目にあっていただこうかと」


兄様が反論を口にすれば、にっこりと笑いながら答えたドミニクの顔は、自分も罰を受けたから僕達にも罰を受けろとでも言っているような雰囲気があった。


「ルイへのご褒美は何時貰えるにゃ?」


「お2人をお連れした後に、ちゃんと差し上げますよ。ですので、それまで少しだけお待ち下さい」


「分かったにゃ」


物で釣っていたルイに声を掛けているそこだけは、僕達とは違ってのんびりとした空気が流れる。それだけに、逃げ出したい要求が出てくるけど、それを察したかのように釘を刺された。


「逃げても罪が重くなるだけですので、自首された方が身のためですよ」


その言葉に観念しながら、連行されるようにして母様が待つ部屋へと向かったけれど、いざその前までやって来ると、入りたくないのもあって何時も何気なく開けていた扉が重厚感がある物に見えてくる。だけど、そんな僕の覚悟が固まるのを待ってくれる事もなく、ドミニクがそっとその扉を開ければ、音はしないはずなのに何だか重苦しい音が聞こえて来る気がした。


「あら?やっと帰って来たのね?」


こちらをゆっくりと振り返った母様の顔は笑顔なのに、ヘビに睨まれた蛙のような気分になってくる。下手すると、親狐と初めて会った時の恐怖よりも上かもしれないと思いながら、兄様と断頭台に登るような気持ちで部屋の中に足を踏み入れた。後ろで扉が閉まった音は、無情を告げるように大きく聞こえた。


この後、怒れる母様の機嫌をなんとか取りながら、多くの小言を貰ったのは言うまでもない…。

お読み下さりありがとうございます

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