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その前に


子狼は褒めてもらえたことに満足してのか、今度は鼻をひくつかせながら辺りの匂いを嗅ぎ出した。すると、何かの匂いを嗅ぎ分け、その匂いを辿るかのようにゆっくりと僕の方へと近付いて来た。そして、最初はフードのや僕の頭付近を嗅いでいたけれど、その鼻は僕の頭を周るように段々と下へと下がって行き、僕の胸の辺りまでやって来ると、目当ての匂いを見つけたように鼻先を入れた。


「ちょっと!止めなさいよ!」


生暖かい鼻息を感じながらティの焦った声が響く。僕にとっては小さくてもティには十分な大きさなようで、もぞもぞとローブの中で動く気配がした。どうやら、身動きがあまり出来ない僕のローブの中でそんな子狼に顔を近付けられるのは嫌なようで、早々にそこから脱出するように子狼が届かない上へと飛んで逃げる。だけど、まるでおもちゃを投げられた子犬のようにティに向かって跳び跳ねていた。その足音やキャンキャンと鳴く子狼の声とティの声が合わさって、外にも聞こえそうなくらいの大きさになっていた。


「ティ!ちょっと落ち着いて!」


「私のせいじゃないんだから、そっちの犬に言いなさいよ!」


この騒ぎを聞きつけ、さっきの男達が戻って来たら不味いと思って静止の声を掛けるけれど、興奮しきっているティは僕の声にも聞く耳を持たないようというように反論してくる。だけど、そんな僕の気持ちなんてお構い無しにお互いの声や鳴き声が段々と大きくなって行く。流石にこれは不味いと思うけど、この状況では声だけで止まるとは思えない。そんな僕の慌てる様子を見かねたように、ロウさんは小さなため息をこぼす。


「おい、そんなの食べても腹を壊すだけだぞ。こっち来い」


「失礼ね!私を食べたって腹なんか壊さないわよ!」


子狼と喧嘩をしながらも、ロウさんが言った事に少しずれたような事を返すティだったけれど、呼ばれた方の子狼はというと、素直にロウさんの下へと駆け寄っていた。その事でようやく自分も落ち着けると思ったのか、ティはゆっくりと僕の方へとやって来ると、何時ものごとく僕を盾にするかのように後頭部の後ろに隠れる。だけど、上半身だけを外に出している姿を横目で見ると、まだ油断出来ないとでもいうように子狼の方を見ていた。


「何処に潜んでいたのか知らないが、あの時にいた小さいのもお前と一緒にいたんだな」


ティの方を見ていたら、ロウさんが子狼を撫でながら納得したような声を上げていた。その落ち着いた様子に既視感を感じて、僕はロウさんへと声を掛けた。


「ティを見ても慌てないんだね?」


アドさんの時も思ったけれど、ティの姿を見ても全く驚かない様子に、こっちでは妖精は珍しくないのかと思っていれば、なんて事ないようにロウさんは言った。


「当然だろ。お前等がソイツを俺が働いていた店に連れて来た時に見ていたからな。最初は人形だと思っていたから疲れて幻聴でも聞こえてんのかと思ったが、ソイツが森の主の話しを平然と喋っていたのを聞いて、コイツ正気がと思ったら妙に冷静になってな。まぁ、今度からはあんな人が多い場所で不用意に大事な話をしない事だ」


でも、何処から情報が漏れたのかと思っていたけど、あの時のティの話がロウさんに聞こえていたらしい。本人も本当に誰かに聞かれているとは思ってもみなかったようで、ロウさんからの忠告を最初は聞こえない振りをしようとしていた。だけど、さすがに今回は自分に原因があるのが分かっているようで、最後はヤケでも起こしたように叫んでいた。


「もう!今回は私が悪かったわよ!今度からは、そういう時はなるべく大人しくしてるようにしてるわよ!」


「それなら、もう少しで良いから声を抑えてよ」


ティは謝ってくれているようだったけど、僕の耳の近くだった事もあり、その声の大きさに顔をしかめながら注意すれば、それを聞いていたロウさんが何の気無しに言った。


「もともと獣を運搬するために用意された馬車だったからな。煩い鳴き声が聞こえないよう、あらかじめ魔道具で防音措置はされているから、どんなに騒いだって外には聞こえてねぇから安心しろよ」


そう言われて、こんなに騒いでも誰も人が来ない事に納得する。そして、僕を起こすためにティが大声を出していても、さっきの2人組に気付かれていなかった事を思い出した。だけど、その事で注意されたティは納得がいかないようだった。


「それならそうと速く言いなさいよ!私が怒られる必要なかったじゃない!本当に人間ってのは、大事な事を速く言わないんだから!」


「お前の場合、ペラペラと喋り過ぎなだけだろう」


「そんな事ないわよ!」


「それが分かっているから、自分で大人しくしてるって今言ってたんだろうが」


「なっ!?……っ!!」


少し小馬鹿にしたような様子で言われて、ティも憤慨しているようだったけれど、自分よりもロウさんの方が口が回るせいで口では勝てないと思ったのか、声にならない声を上げながら膨れていた。だけど、いくら外に聞こえないとは言っても、何時戻って来るか分からない現状なだけに、僕はティに変わるようにロウさんへと話し掛ける。


「ねぇ?今って何処にいるの?」


「あのなぁ?誘拐犯の一味の一人が素直に教えると思ってるのか?」


僕に対しても、まるで冗談を言うなとでもいうような様子で言ってくるけれど、途中で何を思ったのか仕方なさそうな顔をする。


「はぁ…まぁ、知った所でどうにか出来るわけでもないからな。今いる場所は、あの町から見えていた北にそびえる山脈の麓にある森の中だ。だが、お前にはルーカスの国境線近くって言った方が分かりやすいか?それと、妖精ってわけじゃねぇけど、此処は地元の奴等から精霊が住む森って言われているらしい」


「げっ!って事は、ジジイがいる場所じゃない!」


ロウさんが何気なく言った一言に、ティはさっきまでの怒りを一瞬忘れたように嫌そうな声を上げる。


「ジジイって、前に言ってた精霊王の事だっけ?」


「そうよ!アイツ抜けている所があるから、何時もヘマをやらかしては周りに迷惑掛けてくるのよ!だから、関わっても良いことなんて何もないのよ!」


「少ししかいないが、お前も良い勝負だと思うぞ?」


「何か言った!?」


「いや、何も」


「だったら静かにしてなさいよ!こっちは忙しいんだから!ほら!アイツ等に気付かれる前に、早々に此処から逃げるわよ!」


ティの鋭い声に、ロウさんは鼻で笑いながらとぼけたように返事を返せば、その事に対しても不満そうな顔をする。だけど、余程自分と似たような存在とは会いたくないのか、僕に向かって声を掛けてくるけど、身動き取れないのに無茶を言わないで欲しい。


「そんなに嫌っているのに、何で今まで気付かなかったの?」


「あのねぇ!結構な頻度であちこちフラフラしてるのに、あのジジイが何処に住んでるかなんていちいち気にしないわよ!!」


時間の概念も曖昧なティだけに、誰が何処に住んでいるのかもあまり気にしないようだった。そんな僕達の会話を聞いていたロウさんは、しんみりした様子で言葉をこぼす。


「昔だったら精霊の存在なんて嘘くさいとしか思わなかったが、似たようなもんが目の前にいるからな。信じるしかねぇよなぁ…」


自分の常識が少し壊れて行く事に抵抗があるような含みのある声で小さく呟くロウさんだったけど、それとは別に何だか少しだけ物悲しそうにも見えた。少し焦っているティを尻目にどうしたんだろうと思っていると、扉を開けようとする音など一切していないのに、僕達以外の人のがした。


「何だ。ティターニアが捕まってたわけじゃないのか」


声の主を確かめようとそちらへ視線を向けると、そこにいる2人組の男性がおり、それぞれの髪の色に合わせたような茶色と青色の袖の付いた着物を着ていた。見た目は人のように見えるけど、足が僅かばかり宙に浮いて、明らかに人ではない雰囲気を放っている。でも、昼間で透けたりもしていないから、僕が苦手な幽霊というわけではなさそうだった。急に現れたそんな存在に、僕が誰だろうと思っていると、その間に向こうから話し掛けてきた。


「お前とはここ最近、満足に顔を会わせてはいなかったが、また人の子と一緒にいることにしたのか?」


「口では嫌いだと言っていたが、あれは嘘か?まぁ、頻繁に人の子の家に通っていたようだしな。それも道理か」


「ちょっと!本心では嫌ってなかったみたいに言わないでよ!誤解が生まれるでしょう!?それより何しに来たのよ!?」


どうやら、急に現れた2人とティは顔見知りのようで、僕と2人と中間くらいまで飛んで行くと、遠慮した様子もない様子で受け答えしていた。


「何しにって、お前の気配が人間が周囲を取り囲んでいる馬車の中から、てっきりヘマでもして捕まっているのかと思って様子を見に来たんだろう」


「私がそんなヘマするわけないでしょ!?みんなして私の事バカにしてるの!?」


騎士団の人からの誤解もあったからか、それを言った茶色の着物を着た方に憤っていた。でも、そんな事を知らない向こうは、何をそんなに怒っているのか分からないといった様子だった。


「アンタも黙ってないで、私の擁護くらいしなさいよ!」


事態に付いて行けないでいるロウさんと一緒にティ達の会話を聞いていた僕に、こちらを振り向きなが文句を口にする。けれど、ティを擁護する言葉を言う前に、僕には言いたい事がある。


「その前に、この縄をいい加減に解いて欲しいんだけど…」


すっかり僕が縛られている事なんて忘れたかのように話すティへと、僕は静かに懇願するのだった。

お読み下さりありがとうございます

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