運がない
今さらながらお互いの自己紹介をすませるという事をしたからか、アドさんとの間に何とも気まずい空気が流れる。そんな中、兄様はこの流れを断ち切るかのように軽く咳払いをすると、話しを前に進める事にしたようだった。
「早速で悪いが、お前の方の準備は整ったか?」
「はい。既に済ませておきました」
「例のお店に行くの?」
本題を切り出した兄様に、アドさんも意を唱える事なく返事を返すけれど、前置きもなく話し始めた内容に付いていけず、僕は確認するように兄様に問い掛ける。そうすれば、兄様は凄く深刻な顔をして答えた。
「あぁ、状況だけを先に確認してくる。商品として売るため、あまり酷い扱いはされていないだろうが、この町での扱いを見る限り、あまり楽観視も出来ないからな」
「確かに、小さいものほど体力もありませんので、早急に確認だけはしておいた方が良いかもしれません」
僕達が誰かも分からなかったため、あの時は興味も感心もないような態度を取ってはいたけど、内心ではやるせない気持ちを抱えていたのか、今は決意を秘めたようなやる気に満ちた眼をしていた。
「でも、夜じゃなくて今行くの?」
「夜よりも、昼の方が返って警備が手薄だったりもするからな。それに、この見取り図を見る限り、そこまで侵入するだけなら問題なさそうだからな」
「先ほど忘れ物でもしたと言って、私の方でも店の者の注意を引けば、更に容易になるかと思います」
「あぁ、頼んだぞ」
お互いの役割を確認しながら話しを進めていく2人だったけど、僕は一つ気になった事を問い掛けた。
「ねぇ?僕達は?」
「此処で留守番だ」
当然と言えば当然なんだけど、きっぱりと兄様から言われた一言に落ち込んでしまう。だけど、僕が一緒に行っても足手まといになるのは、この前の事で分かり切っているだけに、それに反論する事が出来ない。それに、王都から遠く離れた土地勘もない場所では、危険を犯してでも僕を連れて行く理由もないうえに、今回は一緒に同行してくれる殿下もいない。此処まで付いてこれたのだって、それしか他に手がなかったからでしかなかったからなのを理解出来ているだけに、大人しくそれを受け入れようと思っていたら、落ち込んでいる僕を励ますようにティが声を上げた。
「そんなに落ち込まなくても、私が側にいてあげるから安心しなさいよ!」
「……不安だ」
胸を張るティの様子を見て、急に僕達を此処に残して行く不安が増したのか、兄様はポツリと小さく呟くと、懐に手を入れて、そこから取り出した物を僕へと渡して来た。
「私が側にいられない変わり、コレをリュカに渡しておく」
「なに?これ?」
兄様が僕に手渡して来たのは、白い魔石が付いた見るからに高そうな腕輪だった。だけど、それは僕の腕に付けるには大き過ぎるうえ、どうしてコレを渡して来たのかも分からない。僕が疑問符を浮かべながら兄様を見上げれば、兄様はどこか言いにくそうな顔をしながら口を開いた。
「これは、魔力を込めた分だけ強固な結界を張る事が出来る魔道具で、学院時代に父上から課外授業に行く前に身を守る物として貰った物なんだ。だが、必要性を感じなかったのもあって、特に使う機会がなくてな。そのまま戸棚にしまったままになっていた物なんだが…」
せっかく父様から貰った物を要らない物みたいな扱いしていた事に罪悪感があるのか、最後の方だけは少し歯切れが悪かったけど、僕に使い方を説明するためなのか、そんな自身の気持ちに蓋をするように言葉を続ける。
「身に付けてさえいれば、装備者が危険を感じた際にも自動で発動するようになっているそうなのだが、整備もせずに放置していた事もあり、いささか不安だったため、私の魔力も込めながら発動するか確認をすれば、問題なく発動はしたため、意識すれば問題なく使えるようだった。ただ、危機感を感じれば発動するかどうかまでは確認出来なかった…」
兄様は申し訳なさそうな顔で言うけれど、兄様が危機感を覚える程の事態なんて、余程の事が起きないと思う。下手すると、街一つなくなる程じゃないと駄目なんじゃないかなと僕が勝手に思っていると、そんな様子の僕を見た兄様は何を勘違いしたのか、さらに申し訳なさそうに目尻を下げた。
「それと、効果は変わらないはずだが、私の魔力を込めたら魔石の色も緑から白へと変わってしまってな…。そんな事もあり、渡すべきかと迷っていたのだが、念のため私が戻るまでは肌身離さずに持っていて欲しい」
「うん、分かった」
僕が返事を返すと、それを聞いた兄様は此処から出ないようにと最後に言い残し、後ろ髪でも引かれるような様子でアドさんと一緒に部屋を出て行った。僕達だけで部屋に一人残され、ベットに寝転びながら、暇を潰すように身に付けるように言われた腕輪を見て見るけれど、腕にはめたら落としそうだ。何もする事もなく、僕がどうしようかと悩んでいたら、そんな僕の様子を見ていたティが、何でそんなに悩んでいるのか分からないといった様子で聞いてきた。
「何してんの?身に付けないと意味ないでしょ?」
「でも、腕に付けたら落としてそうだなってと思って」
「だったら足にでも付ければ?」
ティは何気ないつもりで言ったんだろうけれど、昔にいた奴隷の足かせの印象が未だに強く残っていて、貴族は絶対にそんな所に付けたりしないし、町の中でも装飾品を足に付けてる人なんて見た事がない。
「こういうのって、足に付けたりしないんだよ」
「何で?」
「外聞が悪いから…かな…」
「そんなの裾に隠せば見えないし、この部屋から出るわけじゃないんだから、そんなの別に良いでしょう?それに、アンタに甘いあの男がそんな事で怒るとも思えないしね」
ティに詳しく説明するのを躊躇って、僕が言葉をぼかして話したせいか、何とも軽い答えが返ってきた。だけど、改めて説明するも気が引ける。本当に良いのかなと思いながらも、兄様から身に付けているように言われているうえに、落として壊したり、失くしたりするよりは良いかと思い、外から見えないように裾で隠れるようにして右足に付けていると、窓から外を覗いていたティが僕へと声を掛けて来た。
「ねぇ?アレってアイツのバイト先にいた奴じゃない?」
魔道具を付け終わると、僕はティに呼ばれるようにして窓際まで行って、そこから下の通りを見下ろす。そうすれば、バルドがバイトの先輩だと紹介してくれたロウさんが歩いているのが見えた。
「王都にいるはずなのに、何で此処にいるんだろう?」
「本人に聞いてみたら良いじゃない?」
「えっ…でも…兄様から此処にいろって言われているし…」
「ちょっと下に行って知り合いに声を掛けて来るだけなんだから、直ぐに戻って来れば大丈夫でしょう?」
「う、うーん…そうかな…?」
自分でも分からないけど、どうしてこんな場所にいるのかが何故か凄く気になった僕は、ティの言葉の誘惑に負けて、兄様が戻って来る前に戻って来れば大丈夫かと思って、軽い気持ちで外の通りへと出てみる事にした。
「……もういないね」
急いで通りに出てみたものの、僕が来るまでにその姿は影も形もなくなっていた。いないのなら仕方がないと部屋に戻ろうとしたら、フードの中に隠れていたティが、僕の気を引くように髪の毛を引っ張ると左側の通りを指さしながら言った。
「あっちよ」
「何でそんなはっきりと分かるの?」
窓から見た時、そちらの方へと進んで行くのは見ていたけれど、それとは別の確信に満ちた物言いに、不思議に思って問い掛ければ、堂々とした答えが返ってきた。
「だってアイツ、魔力持ちの人間だったから」
「魔力持ちなら探せるの?」
「当然よ!相手の魔力の質さえ分かっているなら、何処に居たって私の探知で簡単に探せるわ!」
父様の居場所を見つけられずに僕達の所に来た事は、すっかり記憶から消えているようで、得意げな様子で語っていた。
「でも、あんまり遠くには行けないよ?」
「大丈夫よ!直ぐそこだから!」
そんなに時間も経っていないから、とりあえずティが指示する方向へと早足で歩いて行くと、少ししたらロウさんの後ろ姿が見えた。だけど、人通りが少ない路地の方へと入って行くのが見えて、奥へと行ってしまう前に声を掛けようと、僕は急いで後を追いかけた。
「あ、あの!?」
「あっ?誰だ?お前?」
「えっ…えっと……」
言葉使いが少し荒いのはバルドと一緒にいる時の会話で気付いていたけれど、その時は気さくな様子も見せていたから怖くはなかった。だけど、威嚇でもするかのような低い声で返されてしまい、そのうえあまり親しくもなかった事に今さらながらに気付いてしまった僕は、何と返して良いか分からずに言葉を詰まらせしまう。すると、そんな僕の怯えた様子を見たロウさんが、如何にも面倒くさそうに頭をガシガシ掻きながら、さっきよりも若干声を和らげた声で言った。
「はぁ、今のは少しピリ付いていただけで、俺は弱い者イジメするほど暇じゃねぇから安心しろよ。それと、お前が誰を探しているのかは知らねぇけど、こっちに俺の知り合いなんていねぇから、完全にお前の人違いだ」
一度しか会った事がないうえに、今はフードで顔を隠しているからか、僕だという事に気付いていないようだった。
「お前みたいなガキが近付く所じゃねぇから、さっさと此処から離れた方が身のためだぞ」
どこか突き放すような態度で忠告めいた事を言うと、そのまま身を翻してその場を去ろうとする。だけど、僕はそんな背を引き留めるようにして、此処まで来た理由を問い掛けた。
「あ、あの!?バルドの先輩のロウさんですよね!?何でこんな所にいるんですか?」
「何だ?お前、アイツの知り合いか?俺の顔と名前知ってるって事は、俺と一度くらいは会った事があるんだろうが、悪いけどお前の事は覚えてねぇ。だが、まぁ、アイツの知り合いのよしみで一つ教えてやるが、今の俺には関わらない方が良い。お前だって、痛い目に合いたくねぇだろ?」
「どういうこと?」
「どうもこうもねぇよ。王都から此処まで子連れで来れる金がお前の家にあるなんてアイツ等に知れたら、無事に帰れねぇって意味だ」
「?」
脅しめいた事を言っても、首を傾げるだけの僕を見て、全く意味が伝わっていないと思ったのか、どこか焦れったそうに言った。
「言っとくが、俺は冗談なんて言うほど気さくでもねぇんだぞ」
「え?でも、バルドと一緒にいる時、僕達が貴族だって知っても気にしないで気さくに話してくれたよね?」
「はぁっ…?きぞくって…まさかおまえ…レグリウス…か…?」
あの店に来る貴族なんて限られているうえに、髪の色しか変えてないこともあってか、ロウさんはようやく僕が誰だか分かったようだった。でも、ずっと僕を下町の子だと思っていただけに、そうじゃないと気付いたその衝撃は大きかったようで、凄く混乱しているようだった。だけど、そんな姿を他人に見られるのは自身の矜持が許さないのか、ロウさんは直ぐに気丈に振る舞うと、何でもないような声色で僕へと声を発してきた。
「へ、へぇー、何でこんな場所にお前一人でいるのか知らねぇけど……」
僅かながらに泳いでいた視線がある一点で止まると、途端に口を噤むように黙ってしまった。そうして、僕がそれに疑問を口にする前にため息を一つ付いてから言った。
「お前、運がなかったなぁ…」
何処か哀れみが籠もったような声を最後に、誰かが布で僕の口を塞いだと思ったら、驚く暇もなく意識が遠のいて行ったのだった。
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