伝えはした
急いで被り直したおかげで、他の人には気付かれてはいないようだけど、目の前にいる男はしっかりと見てしまったようで、顔色を悪くして黙り込んでいた。兄様も厳しい目を向けていたけれど、僕の食事が終わっていないのに気付くと、少しだけ目線を和らげて声を掛けてくる。
「食事がまだ途中だな。残りは部屋まで運ばせるか?」
「でしたら、俺が宿に確認を取って運びますけど…?」
「ううん、そんなにお腹も空いてないから大丈夫」
僕1人をこの場に残して行くのも心配なようで、兄様は部屋で食べれるように配慮しようとしてくれたけど、さすがにそこまで手間を掛けさせるわけにはいかないから丁寧に断ったけれど、急に従者みたいな態度を取り出した男に疑問しか湧かない。
僕達に割り当てられた部屋へと戻る途中も、後ろを黙って付き従うようにして付いてくるその姿は、僕の屋敷で見かけるような使用人達の佇まいと重なって見えるから違和感を感じる。気になって注意深く見てみても、グレーの髪にありふれた容姿をしていて、それ以外に目立つような所はない。兄様も、そんな男の様子を見ながら、無言で何か考え込んでいる様子だった。
「ちょっと!いつまで私を待たせるのよ!ちゃんと私の分のご飯は持って……っ!!」
先を歩いていた兄様が部屋の扉を開けるなり、ティが待ちくたびれたように大声を上げるけれど、僕達の後ろに知らない人間がいるのに気が付くと、途端に驚いたような顔で動きが止まる。そんなティの姿を見られ、僕も焦って振り返るけれど、その視線の先にいる男は特に騒ぐような様子もなく、ただ初めて見る存在を観察でもするかのような視線を向けているだけだった。
「……コレを見ても、お前は驚かないのだな?」
「えっ!?あぁっ!妖精なんて初めて見たなぁ!架空の存在だと思っていたから、驚き過ぎて声も出なかった!!」
兄様に言われてから、ようやく驚くような声を上げるけれど、何だか少しわざとらしい感じがする。だけど、初めてあった人がティの事を知っているわけもないので、本当に驚いて声も出なかったのかもしれないと、一人で納得しようとしていると、兄様は意地悪そうな笑みを浮かべる。
「架空の存在で見た事がないというのに、良く妖精だと分かったな?それで、コレをさっき話していた横暴な雇い主に報告でもするのか?」
「い、いいえ!そんな事はしないです!それに、俺の良い雇い主です!!」
「気にするな。なんなら、私からお前の雇い主に先程の発言も含めて報告してやろうか?」
「それだけは勘弁して下さい!」
兄様が男の雇い主の話を振った途端、さっきまで不平不満を言っていたのが嘘のように、男は必死になって兄様に頭を下げていた。どうやら、男の雇い主が誰なのか兄様には検討が付いたようで、萎縮して少しだけ小さくなったように見える男へと、警戒してたのが馬鹿馬鹿しくなったかのような視線を向けていた。必要がなくなったフードをおもむろに脱いだ兄様は、部屋にあった椅子に腰掛けると男へと向き直る。
「では、ハルシャイという店について知っている事を全て話せ」
足を組みながら、まるで直属の上司でもあるかのように命令を下す兄様が資料に乗っていた店の名前を出せば、男はそれに反抗する素振りもなくその店の情報について喋り出したが、どこか言いづらそうにしていた。
「その店の事なら知っていますが……あの店は…アルテルガ辺境伯とも長年関係が深い店のようで、そう簡単には手は出せない店なんです…。後処理の関係もあるため、少し前にこちらからお伺いを立てる手紙を急ぎで出したのですが、どうやら貴方と入れ違いになったようで、返事がまだ届いていないのです…」
「期待しているところ悪いが、いくら待った所でその返事は来ないぞ。何故なら、その相手は騎士団に連行されて、城に拘束されている最中だからな」
「へっ!?あ、あの方に限ってそんな事になるはずがありません!?」
「そうでなければ、私達は此処にはいない」
「確かに…」
自分の雇い主が捕まった事を知って絶望したかのような顔をしながらも、兄様の言葉に納得したような声を上げていた。2人の話しを聞いていると、まるで父様の事でも話しているようにも感じるけれど、男がさっき下で話していた内容と父様との印象が全く違うから、たぶん別人の話だと思う。だからこそ、いったい誰の事を言っているんだろうと僕が一人で考えていると、男がもう成す術がないとでも言うように小さく零す。
「では…あの店を調べるのはもう無理そうですね…」
「その心配はない。これがある」
そう言って兄様が懐から取り出したのは、手書きで書かれた一枚の紙だった。そして、その紙を男に見えるように差し出した。最初、男は訝しんで見ていたけれど、その視線が徐々に下に行くに連れて、驚いたような顔へと変わって行く。
「こんな物をどうやって!?」
「此処に来る前、騎士団の息子から預かった物だ」
「というと…副団長であるブライト様ですか…?ですが、あの方が用意するものだとはとても……」
「それに関しては、そこまで詳しく説明する必要はないはずだ。重要なのは、その店に堂々と出入り出来るかどうかだろう?それで、これを使って何処まで調べられる?」
グラディウス家と聞いて、男は真っ先にバルドのお兄さんを思い浮かべたようだったけれど、アリアの名前が入っているだけに、どこか納得できていないようだった。だけど、兄様はそれを特に否定するわけでもなく、名言を避けるようにして話しを進めて行く。男の方も兄様に問われれば答えないわけにはいかないのか、自身の疑問を脇において静かに話し始めた。
「アルテルガ辺境伯が娘を可愛がっているのは周知の事実ですので、その代理として来た事にすれば、一部の上客にしか見せない品がある場所までも入り込めそうです。なので、明日の昼までには店の中の大まかな間取り図や、非合法な品が隠されていそうな場所の場所を探れると思います」
「そうか」
「アンタにしては随分信用しているようだけど、ソイツは本当に信用できるの?」
男の答えに満足したように兄様が頷けば、それまで男の様子を窺うように黙っていたティが、自分はまだ納得していないとでも言うように声を上げる。だけど、兄様はそれを気にした様子もなく、はっきりと口調で断言した。
「その点に関しては大丈夫だろう。さすがにこちらを裏切るほど馬鹿ではないはずだ。それに、裏切ったらどうなるかは、既に下でも説明したからな」
「はい…新めて肝に命じます…」
兄様がジロリとした視線を向ければ、青白い顔をしながら今にも冷や汗でもかきそうな顔で返事を返していた。そんな様子に、ティもそこまでの警戒はいらないかと態度を少し軟化させたようだった。
「ふ~ん。まぁ、アンタが責任を取るって言うなら別に良いけどね」
兄様は責任を取るなんて一言も言っていないのに、ティの中では勝手に兄様が責任を負うことになっているようだった。でも、兄様もそれに対して異論はないのか、無視でもしているかのようにティを相手にもしていない。
「あの…」
「何だ?」
そんな兄様に、男は恐る恐るといった様子で手を上げながら小さな声を上げた。その声に、兄様は少し不機嫌そうな声を出せば、その身体が一瞬ビクッと震えるも、それにめげる事なく問いかける。
「いえ…あの方は、何の容疑で捕まったのでしょうか…」
「お前が追っていた荷の容疑を掛けられた」
「えっ…?だから、俺に急ぎで向かわせたのか…?だが…それなら捕まるはず…」
「その話しは後にしよう」
一人で考え込むようにブツブツと何かを話し始めた男の声を遮るように兄様が話しかければ、直ぐにその口を閉じて静かになった。そんな男に、兄様がこちら側の事情を少し説明し始めた。
「父上が連行されたのもあり、私が使える手駒も限られていてな。今まで満足に動けなかったのだが、今回は抜け道とも言える方法を使って此処まで来れたのだ。だが、あまりその方法は公にも出来ない。だから、動くのは主にお前に任せたい」
「そうですか。確かに、グラディウス家の家紋が付いた馬車を引き止めて中を調べる者などいないでしょうが、何時露見するとも限りませんので、その方が良いかもしれませんね。それで、この町の衛兵の方々の中にも、その協力者はいらっしゃるのですか?」
「いや、そんな者はいない」
本当に抜け道と呼べるような物を使って来たとは思わないようで、男はバルドの家からの協力を得て、此処まで来ていると思っているようだった。だけど、兄様がそれを直ぐに否定してしまったから、意味が分からないと言った表情で戸惑っていた。
「私達を此処まで手引したのは、コイツだ」
「えっ…この方の…?」
「そうよ!1番頼りになるこの私のおかげよ!!」
疑問符を浮かべている男にティを紹介すれば、途端に胸を張りながら得意げな顔をしていた。けれど、男の方はコレが?という半信半疑な顔をしており、本当に役に立つのかといった感じで兄様の方を見る。そんな男の様子に、兄様は少し共感めいたものを感じたのか、さっきよりも態度が和らいだみたいだった。
「コレが頼りになるかは言及出来ないが、グラディウス家の協力は今後もないと思ってくれ」
「ですが、これを用意していただく程で協力的であるならば、こちらの要求も多少は聞いて下さるのではないですか?」
机に置かれたままになっているアリアの署名が入った書面の方へと視線を向けながら男が疑問を投げかければ、兄様は首を左右に振って否定した。
「駄目だ。これ以上は相手方の迷惑になり、それはリュカの本意ではない」
「アンタって、そこだけは本当に甘いのね」
「家族を1番に考えるのは当然だが、他を蔑ろにした結果リュカが悲しむならば、その周囲の人間もそれと同様に守らなければ意味がない」
若干の呆れを滲ませた笑みを浮かべながら言ったティに、兄様がつまらない事を聞くなとでもいうような態度で答えた。なるべく周囲に迷惑を掛けないよう気を遣ってくれる兄様はやっぱり優しいと僕が思っていると、そんな僕達の話しを聞いていた男が、まるで確認事項を確認するかのような気軽さで疑問を口にした。
「ところで、お2人の奥様はお屋敷に1人で残して来て大丈夫なのですか?」
「「……」」
その問い掛けに、僕を含めた兄様の視線も無言のまま下へと下がって行き。部屋の中に何とも言えない沈黙が下りる。
「……兄様?」
「……ドミニクに伝言は頼んである」
僕が何がとは聞かなくても、それだけで全てを察したかのように、兄様は暗い顔で小さく呟いた。ひょんなことから手掛かりが手に入ってしまっただけに、僕もそこまで気が回らず、兄様も準備に気を取られていて、その点に関してはあまり深くまで考えていなかったようだ。だから、少し外出でもするような感覚で伝言を頼んだんだろうけど、母様がそれで良いと言うとは思えない。
「……言い訳を考えておいた方が良さそうだな」
もしかしたら1番の難題になるかもしれない問題を前に、兄様と一緒に頭を抱えるしかない。屋敷に帰ったら、間違いなく2人一緒に母様から物凄く怒られそうだ。
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