待ってる間
「森に戻って準備が終わるまでの間、ちょっと此処で待ってなさい!」
ティは僕達にそう言うと、何もない空間へと飛んで行き、その姿はたちまち見えなくなってしまった。
「うぁー!本当にあったんだな!!」
「うん!」
今までは内緒だと言って、いくら聞いても道が何処にあるかは教えてくれなかった。だけど、今回は僕が使うとあって、もう隠しても仕方がないと思ったのか、みんなにも道がある場所を教えてくれると言うので、ティの後に付いて中庭にやって来ていた。
今までは知識として知っていたけれど、いざ目の前で実際に使っている所を見ると、やっぱり感動にも似た感情が沸き起こる。だから、バルドと一緒に興奮した様子で話していると、普段ならそんなに興味を示さないコンラットも興味深げにティが消えた空間を見ながら、試しに手を伸ばしてみたりしていた。でも、それで何か起きるなんて事もなく、ティが目の前で実際に使ってなかったら、そこに道があるなんて誰も気付かないと思う。
「どういう仕組みになっているのでしょうか?」
「ティが戻って来たら、どうなってるのか聞いてみたら?」
「アイツの場合、聞いても知らなそうだけどな」
「確かに、あの様子を見るとその可能性が高そうですね……」
兄様に色々と聞かれても、どういう仕組みになっているのか答えられなかった事を考えると、使っている本人も分かっていなさそうだった。
「兄様が此処にいたら、何か分かったかもしれないね」
「それは仕方ないでよ。私達と違ってやる事があるみたいですからね」
ティの準備に少し時間が掛かるという事で、それが終わるまでの間に色々とやっておきたい事がある兄様は此処にはいない。その事を残念に思っていれば、コンラットが何処か慰めるかのように声を掛けて来て、バルドもそれを受けて少し明るい声を上げる。
「でも、行きたい所に自由に行けるって便利だよな」
「そうですね。色々と条件はあるようですけれど、それを考えても利益の方が大きそうですからね」
森を起点にしか作れないなどの条件はあるみたいだけど、魔力さえあれば何処にでも道を作れるのは便利だと思う。それに、何処に行くにも馬車で長時間の掛かるから、お尻とかの痛みがなくなるのも凄く助かると思う。
「やっぱり、俺も使ってみたいな」
「駄目ですよ」
「でも、コンラットだって中がどうなっているのか、実際に使って確かめてみたいだろう?」
「それは…まぁ…」
バルドから問い掛けられれば、コンラットでさえも好奇心には勝てないのか、はっきりと否定する事が出来ないようだった。だからこそ、普段からそういった気持ちが強いバルドが、その誘惑に勝てるわけがなかった。
「なぁ?この件が終わってからでも良いから、俺も一度使ってみたいんだけど?」
「うーん…?それは僕には決められないから、ティに聞いてみてからじゃないと…」
流石に今は無理でも、落ち着いた後なら大丈夫かと聞いてくるバルドに、僕が勝手に決めるわけにもいかなかったから曖昧な返事を返す。僕が道を広げるために森に戻っているティの名前を出せば、バルドは少しだけじれったそうに聞いてきた。
「じゃあ、ティはどれくらいで戻って来るんだ?」
「兄様がおよその時間は聞いていたみたいだけど、正確な時間までは分からないみたい」
「まぁ、ティだしな…」
バルドがボソリと呟いたけれど、ティに対する信用度が低いからか、みんなその一言だけで納得出来てしまっていた。
「でも、そんなに速くは戻って来れないんじゃないかな?」
兄様が準備にどれくらいの時間が掛かるかをティに聞いていたけれど、それまでにやる事を終わらせておくと言っていた事を考えると、ある程度は時間が掛かると思う。だから、バルドにそれを伝えれば、少しがっかりしたような顔をしていた。
「俺もやる事があるから、俺はもう行くぞ」
義理で僕達に付いて来たかのようなネアだったけど、もう自分がいなくても良いとでも判断したのか、僕達に軽く声を掛けて去ろうとしていた。そんな冷たい対応のネアに、バルドが少し羨んだような様子をみせる。
「ネアは良いよな。頼まれた仕事があって。俺等なんか何もする事なんてからな」
「何言っているんだ?お前だってやる事ならあるだろう」
「えっ!やる事って何だ!?」
ルイを探しに行こうとしていたネアがそう告げれると、少し拗ねたような態度だったバルドが、急にやる気に満ちた顔に変わった。だけど、ネアの次の言葉でそれは直ぐに落胆に変わる。
「アリアから一筆書いてもらった物を貰って来い。他人に証明出来ない口約束なんて、何の意味もないからな」
「……またアイツかよ」
何度も同じに日にアリアの事を思い出したくないのか、もの凄く嫌そうな顔をしていた。だけど、ネアの方は、何でそんなに嫌そうなのか分からなそうだった。
「何がそんなに嫌なんだ?授業の時とかも、お前等仲良くやってるだろ?」
「それは、お前がまともに俺の相手してくれないからだろ!」
剣術の授業を例に出して言えば、まるで心外だとでも言わんばかりの勢いで反論する。でも、ネアの方もそれは当然だとでも言うような顔をしていた。
「当たり前だろう。お前にいちいち付き合ってたら、いくら身があっても足りないからな。それより、直ぐに必要になるかもしれないんだから、今すぐ行って貰って来い」
「行って来いって!アイツは寮暮らしだろう!学院も終わったこんな時間に、女子寮なんか行けるかぁ!!」
「あぁ…大抵の人は既に寮に戻っているでしょうからね……」
面倒な話しはさっさと切り上げて、追い払うように言ったネアの一言に、バルドは渾身の叫びかのようか声を上げて返す。その様子に、コンラットは何かを察したかのように、1人小さく呟いていた。
ある程度の爵位がある人は、王都にある屋敷から学院に通っているけど、そんな中で、王都に屋敷があるのに、アリアは学院の寮暮らしを選んでいた。だけど、そこまで嫌がる理由が分からない。
「どうしてそんなに嫌なの?」
「そんなの決まってるだろ!今行ったらただの見世物にしかならないからだよ!!」
その言葉を聞いて、僕はようやく何でそこまで嫌なのかが分かった。夏場でまだ日はあるから、街へと出掛けている人もまだいるだろうけど、方近くになった今頃は殆どの人は寮に戻っていると思う。
王都に家を持っていない地方の人達は殆ど寮に入るため、そんな大勢がいる中で呼び出しなんかすれば、確実に周りの目が集まるのは確実で、次の日には色々と噂になっていそうだ。それが分かっているからこそ、バルドもそんな所に行きたくないと頑なに拒否しているようだった。
「一緒にいる事も多いんだから、今さらそんなの誰も気にしないだろう」
「はぁ?俺、アイツと一緒になんていた事ないぞ?」
ネアの言葉に全く身に覚えがないような顔をするけど、剣術の授業では一緒に手合わせしている事が多いし、授業以外でもたまに話している姿を見る事があるから、十分に一緒にいると思う。だから、2人が一緒にいたとしても、そこまで違和感はないかもしれない。
「それにしても、何で寮ぐらしなの?」
「ん?あぁ、自分の事は自分でする必要があるから大変だけど、本性を隠して生活する必要がない分、寮暮らしの方が楽なんだってよ」
今まで聞いた事なかったなと思いながら問い掛ければ、どうしようもない相手の事を語るように、バルドは軽く肩をすくめながら答えていた。何ともアリアらしい理由に僕が納得していると、そんなバルドに対して、ネアはさらに意味が分からないといった様子で首を傾げる。
「そんな個人的な話をしている時点で十分仲が良いだろ?今さら何をそんなに気にしてるんだ?」
「仲良くない!」
2人は意外と仲が良いと僕も思うけど、本人としては仲は良くないらしく、きっぱりとネアの言葉を否定していた。
「はぁ…仲良くないにしても、別に部屋の中にまで入るわけでもないのに、何をそんなに騒ぐ事があるんだ…?」
「あのなぁ!部屋まで行くとか普通に駄目だろう!」
あり得ないとばかりに首を振るけれど、面倒くさそうにな顔をしながらも平然としているネアの姿を見て、まさかという顔になる。
「お前…女子の部屋とかに行った事あるのか?」
「行った事くらいあるが、それがどうかしたのか?」
ネアから直ぐに肯定の返事が返ってきたけど、僕達の中でも一番交流関係が広そうなバルドでもないみたいなのに、それが大した事でもないかのようにネアは言う。しかも、特にそれを誇った様子もなく、さも平然と言ってのけるネアの姿が、なんだか急に大人びたように見えてくる。
「ど、どんな感じなんだ?」
「どんなって聞かれても、普通だとしか言い様がないぞ?」
「いや、姉や妹もいないのに普通なんて言われても分かんねぇから。だから、具体的に何かないのか?」
「具体的って、お前だって母親の部屋くらい入ったりするだろ?」
「それとこれとはまた話しが違うだろ!」
普通だと言われても、誰も女の子の部屋になんて入った事がないから、その普通が分からない。だから、なんとも味気ない返事するネアに、バルドが詳しく聞いてみるけど、全くの見当違いみたいな発言しかしない。何処か期待していただろうがバルドが反論すると、何をそんなに熱くなっているのか分からないとでもいったような顔でその様子を見ていたけれど、やっぱり考えても分からなかったのか、少し困惑したような表情をしながら、逆に聞き返してきた。
「お前は何がそんなに知りたいんだ?」
「な、何って…こ、こう…部屋の空気感…みたいな…なぁ…?」
顔を赤らめながら、たどたどしく曖昧に答えるバルドに、最初は面倒くさそうな顔をしていたけれど、途中で何かに気付いたのか、何かを面白いものでも見ているようなニヤリとした笑みを浮かべた。
「あぁ、そういう事か。部屋の空気感っていうと、そうだな……」
少し考え込むような仕草をしながら、どこかもったいぶるかのようにゆっくりと話すネアの態度に、僕は興味ない振りをしようとしたけれど、どうしても気になってしまう。僕達が揃ってネアの言葉に耳を澄ませていると。
「そんな所に集まって何してのよ?」
「「「……っ!!」」」
後ろから急に声を掛けられ、僕達は驚いて飛び上がりそうになりながら振り向けば、さっき消えて行った場所に、変なものでも見るような目を向けたティがいた。
「あっ、うん。ちょっとね…」
別にやましい事は話してないけれど、思ったよりも速く戻って来たティに、僕達は気まずい空気で答える。そんな僕達の様子に、ティはますます意味がわからなそうな顔で首を傾げていた。
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