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心が狭い


「お前!行く前にあんなはっきりと無理って言ってなかったか!?」


「だから急いで戻って来てあげたのに、私を嘘つきみたいに言わないでよ!私だって予想してなかったんだから!!」


ティ本人も本当に思っていなかったようで、思いの外速く戻って来た理由を説明しながらも、猛然とした勢いで抗議していた。


「それにしたって、あんなに頻繁に帰ってるんだったら予想くらい出来るだろう!」


「こんな短時間で変化なんて思うわけないんだから、そんなのいちいち確認なんかしないわよ」


「いや!1年は短くないだろ!」


「煩い。先ずはどういう事か説明しろ」


子供みたいな喧嘩を始めようとしていた2人だったけど、静かなのに良く通る兄様の声が部屋に響くと、途端に借りて来た猫みたいに静かになった。バルドの方は黙るだけで良かったけれど、説明を求められたティの方は、兄様から追求するような視線を向けられ、少し言い訳でもするかのような口調で話し出した。


「ほ、ほら、前にアンタ達が森に来た時に、召喚獣をそのまま置いていったでしょ!?ソイツが未だに森に居座っているおかげで、そこから漏れ出た魔力が森に蓄えられているってウルは言ってたけど、ソイツがいるのが森の外れだったから、私もまだソイツが森にいるなんて思ってなかったのよ!」


「あぁ、罰としてイグニスに待機を命じたままだったな」


まるで自分は悪くないとでもいうように、兄様の方を見ながら言えば、兄様も今まで存在事態を忘れていたとでも言うような顔をする。そんな兄様の様子を見て、ティは今が好機と思ったのか、畳み掛けるように言葉を続ける。


「それに、一緒に居座っているもう一方が餌として運んで来る獲物も全部が高位の魔物だったから、道を作れるくらいの魔力が貯まったのよ!そんなの私が予想出来なくてもしょうがないでしょう!!」


「……」


自分の行動が大きく関わっているからなのか、兄様はティの説明を無言で静かに聞いていた。でも、あの時のまま1年もあの場に放置されていた事を可哀想だと思えば良いのか、それともそこに居てくれた事を感謝すれば良いのか分からない。僕がそう思っていれば、ティは付け加えるように言った。


「でも、道はコイツが通れるくらいの大きさが限度だからね!」


そう言ってティが見たのは僕の方だった。でも、この中でも小柄で兄様の腰くらいしかない僕の身長だと、兄様はとても通れそうにない。僕がそう思ったように、兄様も同じ事を思ったようで、ティへと疑問を投げかけていた。


「距離はあるのか?」


「うーん?その時によるかしら?」


「では、そこまで歩いて行けるのか?」


「さぁ?私は飛んで移動しているから、歩いて移動した事なんてないもの」


兄様の態度が和らいだからか、ティも普段の調子を取り戻したように砕けた口調で返すけど、不確かな事しか言わないティに、兄様はさっきとは別な意味で苛立ちを覚えているようだった。だけど、怒ったところで何も変わらないのを理解しているからなのか、頭が痛そうにするだけだった。


「だけど、これで自由に移動出来るようになれば、色々と出来ることが増えそうだな」


「そうだね!」


「ちょっと!なに勝手な事言ってるのよ!そんな何個もなんか無理だからね!出来たとしても1つか2つよ!!」


「ケチな事言うなよ」


「ケチじゃないわよ!1個でも作って上げるだけでもありがたいと思いなさいよね!」


「そうですね。感謝すべきかもしれないですね」


「ふん!それで良いのよ!」


コンラットが素直に感謝の言葉を伝えれば、それに得意げな顔をして答えるティ。そんなふうに僕達が楽しげに話していると、それに水を指すような声が響いた。


「残念だが、その案は却下だ」


「何で!?」


「安全が確保されていないような物をリュカに使わせるわけがないだろう」


「でも、これで父様の件が解決するかもしれないでしょう!!」


「父上の容疑が晴れず、この家紋が潰れるようなことになったとしても、リュカが危険を犯す必要はない」


「でも!!」


僕の言葉に聞く耳を持とうとしない兄様に強く抗議しようと声を荒げば、傍に居たネアが、それに助け舟でも出すように僕達の会話へと割って入って来た。


「安全も何も、この屋敷から森に帰るためにルイが前に使っているんだから、俺達も問題なく使えるだろう」


「あぁ!そうだったね!」


ルイと初めての出会いを思い出し、僕がネアの言葉に納得したような声を上げるけど、それでも兄様はまだ納得出来ないようだった。


「そうだとしても、リュカ一人で行かせるわけには行かない」


「だったら俺が一緒に付いて行くって!」


渋る兄様の言葉にバルドが元気な声を上げるけれど、それを止めたのは兄様じゃなくてコンラットだった。


「行くって!貴方はまだ学院があるでしょう!」


「だけど、俺達が一緒に行けば一人じゃないだろう?」


「おい…何で急に複数人の単位になっているんだ…?」


「それはそうですけど…私達が付いて行った所で何の役にも立ちませんよ…」


「でも、1人で行くよりはマシだろ!」


「…聞けよ」


僕に付いて行こうとするバルドを止める事に意識が行き過ぎて、コンラットの耳にもネアの声は届いていないようだった。そのせいで、段々と場が混乱したような雰囲気に成り始めると、今にもため息でも付きそうな声で兄様が僕の事を呼んだ。


「リュカ」


「なに?」


「召喚陣による召喚は何処まで使える?」


「えっ?送還はまだ失敗するけど、召喚するくらいなら出来るよ。でも、なんで?」


なんでそんな事を急に聞いてくるのか分からなくて聞き返せば、兄様は少し言いたくなさそうにしながらも、その理由を口にした。


「リュカがあちらに着いた際、召喚陣で私を呼びだせば、私も問題なく付いて行けるだろう」


「あぁ!!」


普段から手袋で隠しているのもあるけれど、契約しているという実感がないせいで、僕はすっかりその事実を忘れていた。兄様に言われて、ようやく大事な事を思い出した僕だったけど、兄様がそう言ってくれたという事は。


「行って良いの!?」


「ここで止めたとしても、勝手に行ってしまいそうだったからな。それなら、許可を出して共に行った方が安全だ」


さすがに僕一人では行かないだろうけど、バルド達の様子を見て、どこか危ういものでも感じたのか、渋々といった様子で許可を出してくれた。でも、僕さえ思い出させなければ、何とか説得も出来たとでもいうような顔をする兄様だったけど、僕が喜んでいる姿を見たら、まるで勝てないものでも見るような苦笑地味た笑みに変わっていた。


「ちょっと!私はまだやるなんて言ってないわよ!!」


「お前、さっきやるって言っただろ!?」


「言ってないわよ!ケチじゃないって言っただけよ!!」


「同じ事だろ!?」


「同じじゃないわよ!こっちだって、無償でやって上げるほど安くないのよ!!だから、条件があるわ!!」


せっかく纏まりそうだった事に水を差され、それについてバルドが怒鳴れば、ティも負けじとそれに言い返す。そうして、兄様をビシリと指差して言った。


「内容にもよるが、こちらが出来る範囲の事ならば飲もう」


結局は僕に甘い兄様が、指を差しながら言ったティの言葉に聞く姿勢を見せれば、途端に気を良くしたかのように条件を口にした。


「なら、そこまでの道を作ってあげる変わりに、あのドラゴンをしばらく借してくんない?」


「何だ?そんな事で良いのか?だったら、好きなだけ借りれば良い」


僕の時と違って、兄様は当人達の意見を聞くこともなく、あっさりとティの条件を飲んでしまった。あまりのあっけなさに、何だか不憫すぎて、此処にはいないはずの二匹の悲しげな声が聞こえるような気すらする。だけど、兄様にはその声は聞こえないようで、問題にすらしていなかった。


「後は、非常時に誰が知らせに来るかだが……」


「あっ!だったら俺が知らせに行く!」


「だから、貴方は学院があるでしょう…」


売り渡した存在など忘れたように、他の懸念材料に付いて兄様が呟けば、それに対して直ぐに元気な声が上がった。だけど、またもやコンラットによって阻まれてしまった。


「だけど、他に誰もいないだろ?」


「そんなの、日頃から何もしてないルイにでもやらせれば良いじゃない?」


自分も何かしたいのか、どこか期待がこもったような目でバルドは言うけれど、それすらもティの言葉によって提案が通る事がない。


「でも、ルイが何処にいるか分からないよ?」


自分の事は完全に棚に上げて、ルイの事を居候のように言うティだったけど、そのルイにお願いしようにも、何処にいるかも分からないから頼みようがない。そう思って僕が答えれば、ネアが今日一番のやる気を見せた。


「それなら、俺が見つけて来る」


神出鬼没なルイの事を唯一見つけられるネアが、教室でも見たことがないくらい綺麗に伸びた手を高々と上げていた。


「では、ルイの捜索は任せたぞ」


「はい!」


兄様から声を掛けられれば、ネアとは思えないような元気な返事しており、違和感で一歩引きそうになる。だけど、兄様は特に気にならないようで、ネアの返事に満足した兄様はティへと視線を向けた。


「リュカに怪我などさせようものなら、お前を許さないからな…」


「アンタって、本当に心が狭いわね……」


威圧感を放ちながら言う兄様に、ティが大人げない人間を見るような目を向けていたけど、それを聞いていた僕の後ろでは、少し拗ねたような声が聞こえていた。


「なぁ?俺等何もすることなくないか?」


「……それが普通なんですよ」

お読み下さりありがとうございます

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