乱入者
「何をそんなに怒ってるの?」
今まで姿が見えなかったのに、当然やって来たティは何故か凄く怒っているようだったから、何に怒っているのか気になって聞けば、まるで怒りの矛先が僕に向いたかのような勢いで怒っている理由を口にした。
「聞いてよ!アイツが珍しく王城でしか出ない特別なお菓子をお土産に持って来たって言うから、私はみんなに自慢しに行ったのに!シェリアの所にも持って行ったら、何処にでもある普通のお菓子だって言うじゃない!!だから、私を騙したアイツに文句言ってやろうと急いで帰って来たのに、王都で魔力の気配を探しても痕跡一つ見つからないなんて!!アイツは何処行ったのよ!」
物凄く怒った様子で父様に騙されたと叫ぶティだったけど、昨日から姿が見えなかったのは、父様から都合よく屋敷から追い出せていたからのようだ。だけど、それに気付いていないティは、直ぐに父様を探したようだった。
「父様、王都にいないの?」
「えっ?なに?アンタ知らなかったの?てっきり、アンタ等には行き先言ってると思ったから、居場所を聞きに来たんだけど?」
僕の問い掛けに、ティは意外そうな顔をしながら首を傾げるけど、父様が屋敷を出て行った状況が状況なだけに、父様がその後何処に行ったかまでは分からない。だけど、ティの言う通り本当に王都にいないのだとしたら、父様は何処にいるんだろうと不安に陥りそうになっていると、それを察したように兄様が直ぐにティの言葉を否定した。
「父上なら、ちゃんと王都にいるはずだ」
「何言ってるのよ!?今回はちゃんと魔力を探って探したのよ!!だから、王都にいるなら絶対に見つけられるわよ!?」
余程自信があったのか、自身の言葉を否定した兄様へと食って掛かる。兄様の方は、ティから少しでも距離を取るように体を少し後ろへと傾けると、煩わしそうな顔をしながら言った。
「父上ほどの人間を収容出来る場所など、この王都にしかない。探せないのだとしたら、その部屋が特殊なだけだ。なにせ、逃亡防止を含めて、何処に要人がいるか外から分からないよう、部屋事態に魔力遮断と封印の措置がされているからな」
「なに?アイツとうとう捕まったの?でも、そんな所にいるって言うなら、私が見つけられなかったとしても仕方ないわね」
どうやら父様が捕まったという事にそこまでの驚きはないようで、ティは自分自身が間違っていなかった事に納得するように何度も頷いていた。だけど、その態度に何処か納得出来なかった僕は、ティに愚痴に似た文句を口にする。
「ティは父様の事が心配じゃないの…?」
「はぁ?アンタこそ何言ってるのよ?殺したって死にそうにないあんな人間を心配する方がおかしいでしょう?それに、私みたいに普段から気を付けてないのが悪いのよ」
まるで心配するだけ無駄
みたいな態度を見せながら得意げに胸を張るティだったけど、それに同意する人は誰もいない。何とも言えない無言の空気が流れるけど、そんな空気にも気付かないティは、今さらな事を口にした。
「だけど、アイツ何をやらかしたのよ?」
その言葉に、兄様は半ば呆れ顔でこれまでの経緯を簡単に説明すると、父様が捕まった時の話しにはそこまで興味を示さなかったのに、騎士団が来た理由を話をすると、途端に憤ったような声を上げた。
「私も甘く見られた物ね!アンナ奴に誘拐なんてされるほど私は落ちぶれてないわよ!その騎士団って奴等は何も分かってないのね!良いわ!私が直々に抗議して上げる!!」
「やめろ」
「私が直々に助けてやろうって言ってるのに、何よその態度は!!」
「お前は何もしないで大人しくしていろ。その方が助かる」
「人がせっかく助けて上げようって言って上げたのに何よ!ふんっ!!」
善意で言っただろう言葉を兄様からきっぱりと拒絶しまい、すっかり拗ねてしまったのか、ティは飛んでいたのを止めると、机の端に腰を掛けてそっぽを向いてしまった。そんなティに、僕達はため息でも付きそうな顔で顔を見合わせるけれど、兄様が言っている事が間違っていないだけに掛ける言葉がない。だけど、ネアだけは何かを考えているような目で、黙ってティの後ろ姿を見ていた。
「兄様はどうするの?」
ティの提案を断った兄様に、この後どうするのかと問い掛ければ、兄様はどこか渋い顔を浮かべながら言った。
「足取りを追わせていた者に、この店を調べるよう文を出すしか今は出来ないな」
「えっ!?行かないの!?」
「そこに行くまでの手段がない」
せっかくネアが調べて持って来てくれたのに、それでも全く動こうとしない兄様の態度に納得が出来なくて声を上げれば、思いも寄らない返事が返ってきた。意味が分からず混乱していると、バルドが変わりに疑問を口にしてくれた。
「でも、ドラゴンがいるよな?それなら、馬よりも速く行けて、簡単に向こうに着くんじゃないのか?」
「そうだな。確かに、馬よりは速く行けるだろう。だが、何処から飛び立つつもりだ?」
「何処からって……」
兄様から疑問を疑問で返されたバルドは、それになんと答えて良いか分からず、戸惑ったように立ち尽くせば、少し大人げなかったかのように、兄様が理由を口にした。
「こちらの動きを監視されている中では、仮に夜に行動したとしても、あの巨体では人目を避けて王都から出るのは不可能だ。だからといって、王都の外から行くにしても、この王都から出るにはまず検問を通る必要がある」
「でも、この前みたいに変装していけば!!」
「中に入る際には身分証が必要だというのに、それでどうやって戻って来るつもりだ?」
「それは……」
「仮に偽装の身分証を用意できればそこを突破できるかもしれないが、警備の目を誤魔化せる程の身分証など、そんな直ぐに用意できる物でもない。それに、そういった物を作るのには、父上などの上位にいる者の協力があってこそ用意できる物だ。だから、今の状況で用意できる物ではない」
バルドを擁護するように僕も声を上げるけれど、僕達が考えるような事なんて子供が考えた浅知恵だと言うように、一つ一つ順番に論破された僕達は、二の句が継げずに黙り込むしかない。だけど、少し言い過ぎてしまったと感じたのか、兄様は少しだけ声を柔らげながら、僕達へと声を掛けてきた。
「不用意な期待をさせてるのも悪いと思い厳しく言ったが、普段であれば悪くない策ではあった」
「本当?」
「あぁ、他にも考えなければならない点はあったがな」
落ち込んでいる僕を慰めるような言葉に顔を上げれば、先ほどまでよりも少しだけ表情を和らげた兄様がいた。そのおかげで、部屋の中に流れていた空気も少しだけ和らぐと、コンラットが兄様へと疑問を投げ掛けた。
「あの、今後の参考のために聞きたいのですが、問題点というと他に何があるのですか?」
「先ず、日数の問題がある。いくらイグニス達を使えば速いとはいっても、往復だけで数日は掛かる。そして、街に付いたとしても、そこで上手く事が運ぶとも限らない。それだけの長い期間屋敷を不在にすれば、昨日のように立ち入りの検査が急にあった際などに対応出来ない。それに、近年、この屋敷の使用人をまともな者に入れ替えたとしても、その全てが信用できると言うわけでもないからな」
屋敷を長期間不在にする事も出来ないうえ、何処から情報が漏れるか分からない今の状況では、動こうと思っても思うように動けないようだった。
「長距離を自由に行き来する事が出来れば、多少なりとも打てる手立ても増えるのだが…」
不可能だと分かっていても、それを軽々とやってのけている存在が近くにいるだけに、思わず本音が漏れたとでも言うような呟きだった。そんな兄様の呟きを受けて、ネアは未だに不貞腐れたように座るティに目を向ける。
「お前なら、何とか出来るだろう?」
「はぁ?出来るわけないでしょう?それに、ソイツから大人しくしておけって言われてるんです」
ティの機嫌はまだ治っていないようで、バルドから問い掛けにも拗ねたような口調で返す。だけど、そんなのはおかまいなしに、どこか確信でも持っているかのような口調でネアが言う。
「お前等が使っている道は、自由に行き先を決めて作る事も出来るだろう?」
「何でアンタがそんな事知ってんのよ?」
「今はそんな事どうでも良いだろ。それで、どうなんだ?」
「無理よ」
ネアの言葉に訝しげな顔をするも、ネアからまた同じような事を聞かれると、きっぱりとした態度で否定していた。でも、ネアの方はそれを信じていないようだった。
「無理だと言うだけで、出来ないわけではないんだろう?」
「まぁ、出来なくはないけど、場所を指定して意図的に作るなんて、自然に出来る奴の何倍もの魔力が必要になるのよ。森にそれだけの魔力の蓄えもなければ、そんな魔力の宛もないんだから、無理に決まってんでしょ」
「魔力があれば出来るのか?」
「言っとくけど、いくらアンタの魔力が高くても、必要な魔力が溜まるのに1年くらいは掛かるから」
ティの言葉を受けて兄様が問い掛けるも、その思惑を否定するかのようにばっさりと切り捨てた。だけど、そんなティに対して、ネアは問い詰めるかのような態度を見せた。
「そこまではっきり否定するって事は、森に帰っている際に魔力量とかは毎回確認はしているんだよな?」
「それりゃ……してないけど……」
ウルに任せきりにしているのか、ネアからの問い掛けに言葉を濁しながら、居心地悪そうに答えていた。
「なら、確認だけでもして来い」
「はぁっ!?何で私が!?」
「そもそも、それがお前の仕事だろう」
「うっ……!それは……そうなんだけど……」
自分の仕事放棄して遊び呆けている自覚はあるのか、非難するような視線に反論できないようだった。ティは無言で素知らぬ振りをしようとしたけれど、みんなから注がれる自分への視線に耐えられなくなったのか、ティはこれみよがしに大きなため息を付いた。
「はぁ……昨日今日みたいな短い間に何か変わってるとも思えないけど、私は優しいから聞くだけ聞いて来て上げるわ」
まるで重い腰でも上げるかのように立ち上がると、ゆっくりと窓の方へと飛んで行き、最後は八つ当たりでもするように窓を大きく開け放って出て行った。
「私の魔力で事足りるならそれで良かったのだがな……」
ティが部屋を出て行った後、振り出しに戻ってしまった事を残念に思うように、兄様は何とも苦々しいような声を上げていた。だけど、どうにもならない事を考えても始まらないと思ったのか、話しの矛先を変えた。
「それにしても、お前はよくそんな事を知っていたな?」
「前にそうった話しを聞いた事があるだけです」
「その情報は、いくら商人達の情報網でも知る事が出来るものではないだろう。お前はその情報を何処で知った?」
はぐらかすように言うネアに疑念を抱いたようで、またもや問い詰めるような視線を向けるけれど、今回は隠す必要がないからか、ネアは少し余裕そうに答えていた。
「妖精女王である本人から聞いた」
「アレに?」
「はい」
すんなりと答えたネアに、兄様は少し拍子抜けしたような様子を見せていた。だけど、大事そうな情報も簡単にポロリと零してしまいそうなティなだげに、僕は自然と納得出来た。でも、兄様だけは何か引っかかるような物を感じながらも、それが何か確信が持てずに何も言えないような顔をしていた。
「こっちの情報だけ聞くんじゃなく、少しはそっちの情報をくれても良いんじゃないか?」
質問ばかりしてくるのは不公平であるかのように、ネアが兄様へと聞き返せば、兄様はそれもそうだなと小さく呟き、静かに今の状況を話し始めた。
「こちらとしても、王都を出た足取りも途中までは追跡出来ていたのだが、その後の足取りがなかなか掴めずにいてな。昨日リュカに説明した後からは、目立った進展はない。だが、先ほども言った通り、裏付けを兼ねてこの場所を調べるように文は出す。だから、何かしら進展するはずだ」
まだネアの情報を疑っているような事を兄様は言うけれど、ネアの方はそれを気にした様子もなかった。でも、昨日今日で何か変わるような事は、こっちでもないようだった。
「リュカ。こういった事は、慎重に事を運ぶ必要がある。だから、多少なりとも時間が掛かるのは仕方がないんだ。だが、いざと成れば事実をねじ曲げてでも解決させるつもりではある。だから、そこまで気を張る必要はない」
気落ちしている僕に兄様は優しい声を掛けてくれるけど、どうしても気落ちしてしまう。人の励まし方が分からない兄様は、どんな言葉を掛ければ良いか分からず、眉間にシワを寄せたまま無言になってしまった。バルド達も、そんな兄様の雰囲気に釣られたように黙り込んでしまった。
「聞いてきたわよ!」
「うわっ!」
何処となく重い雰囲気になりつつある中、突然聞こえてきた大きな声に驚いて振り向くと、今帰って来ただろうティが、窓から部屋へと入って来るところだった。あまりにも帰りが速かっただけに、やっぱり駄目だったのかと思いながらも、それでも淡い期待を込めて問い掛けた。
「それで…どうだったの…」
「大丈夫だったわ」
「あぁ…やっぱりだいじょ……えぇー!!?」
あっさりと言われたその言葉に、僕を含めてみんな驚いていたような顔をしていたけど、ネアだけは驚いていないようだった。
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